転送 その51
リュックをウエストポーチに収納して、浮いている箒を下ろして、瀬戸山さんを座らせる。瀬戸山さんはおねえさん座りだ。箒にはまたがっていない。俺は、その前に、足を前に振り上げて箒に跨る。
人が座ると、箒はゆっくり沈み込んで、元の高さに浮き上がる。
瀬戸山さんは、俺の腰に手を回しているが、バトルスタッフを持ったままなので腹を絞められる感じだ。
ゆっくりと箒を前後左右に動かし、右左に回転させて、木々の枝に当たらないように上空に上る。
山の上から、さらに上空に登ったので、東に八王子から東京都内が見える。
光の洪水とはこのことを言うのか。足下を中央線か京王電鉄が走って行く。まだ、終電の時間にはなって居なかったようだ。
残念ながら、空は都内の明かりのために、光で星々は見えない。
ゆっくり、道場の方に箒を進める。
瀬戸山さんは、俺の背中に体を密着させて来ていた。
「私、箒で空を飛ぶの初めて」と背中から声を掛ける。
(胸ぇ、胸ぇ、胸が当たってるよぉ)
「俺も初めてだよ」自分を落ち着かせて、普通に答える。
瀬戸山さんは、(ああ、この背中だ。私が知っている、あの大きな背中だ。私を助けて、海から引っ張り上げ、担いでくれた大きな背中だ)と頭を背中につけて思い出していた。
10分程の二人のツーリングは終わりに近づいていた。道場に向けて、箒の高度を徐々に下げて行く。足元の森の中を懐中電灯の列が続いている。
上空を直線で飛ぶと、山の中を蛇行している道に比べて、早く着くのだ。
道場前の広場にそっと箒を下ろし、彼女の降車? 降箒を促す。
ランタンを地面に置き、箒をウエストポーチに仕舞う。
二人で椅子に座って話した。
瀬戸山さんが、自販機で買ってくれた微糖コーヒーを飲みながら、くだらない話を続けた。
「所で、瀬戸山さんは、なんであのゴブリンを助けたかったの?」と聞いてみた。
「え⁈ 私は別に……。」
「え?」
(えええぇぇー? 誤解だったのか? 助けるから呼んだんじゃないの?)
「じゃあ、助けなくても良かったの?」
「あの人達に悪いことしたねぇ」
「うん」
「私は、藤波君が助けたいんだと思ってた」と互いに誤解だったことが分かった。
「逃げましょう。早く! 皆殺しにされますよ!」栃原先輩は撤退を進言して来た。
鏡屋部長は、栃原先輩に言われて、よくは分からないが、撤退を決意した。
「商業、下がれ、下がれ! 撤退!」と指示を出した。
そこへ、
バキッバキッバキッバキッドォーン!
大木が二本倒れて来て、バウンドしながら暴れている。
普通、木を切る時は、事前に切れ目を入れて、倒れる方向をコントロールするのだ。そして、十分準備してから切って倒すのだ。無秩序に倒木すると危険だからだ。
今回の二本は、完全に切れていないので、幹の縁の方は裂けて折れている。その為、捻れ回転しながら倒れる方向が変わり、管理されずに放置されていた枝が辺りを薙ぎ払う。
あのまま側にいたら、部員の何人かは被害に遭っていただろう。それが証拠に、相模川と妙法寺の生徒が何人か下敷きになっている。
幸いにも幹の直撃は無かったようだが、枝にシバかれて飛んで行った者もいるようだ。
何人かを引っ張り出し、回復魔法を掛ける。全ての部員が魔法使いという訳ではないので、あくまでも応急処置程度だ。
終わると、相模原商業の部員を集め、下山を始める。
森の夜道を懐中電灯のみで歩くので、逸れたものがない様に確認しながらの下山になった。
要救護者がいない分、相模原商業の移動速度は速い。孤立したり、逸れたりしない様に監視しながら、慎重に下山した。
先頭の森田副部長は、森から抜け視界が開けた。その時、道場前の広場のベンチに、例の二人が座っているのを見つけた。二人はベンチ前の地面にランタンを置き、缶コーヒーを飲んでくつろいでいた。
「あ、」
「あ、」
「ああぁ〜」
口々に非難めいた叫びが上がる。指を指す者も居るぐらいだ。
「あ、お帰りなさい」瀬戸山さんは、部長達を見つけると立ち上がって挨拶をし出した。
俺は、魔法部とは関係が無いので、座ったまま頭だけを下げて会釈しておく。
「相模原商業は集合!」と鏡屋部長の号令が出たので、瀬戸山さんは部員達の方へ走って行った。
座って見ていると、点呼を取って、
「今日は、全員自室に戻って宿舎から出ない様に。再度、入浴も済ませておく様に」と指示を出して、解散させた。
瀬戸山さんがこちらに戻って来て、「もう戻るね。あの……。」と何か言いたげで、はっきり言わないでいる。
「ああ、またね」俺も別れの挨拶をする。
「瀬戸山! 急げ!」上級生だろうか? 声が掛かる。
「また今度、今度……、ううん」やはり、何も言わないで振り向いて走って行った。
「んん?」
俺は、ウエストポーチから転送シートを取り出して、地面に広げた。
「コンピュータ、上陸班一名転送」転送シートに命令を出した。
もちろん、瀬戸山さんが付けているコミュニケーターを探して、転送させたのだ。
俺の前に、光の粒子が集まって、人の姿の実像を作っていく。
「え?」驚いて、瀬戸山さんが悲鳴を上げる。
「瀬戸山が消えた!」道場の中から声とも悲鳴ともつかない叫びが上がる。
「今度、何?」俺は瀬戸山さんを抱きしめる。
「うんん、……、なんでもない」
俺は瀬戸山さんの頭を抱えるように抱きしめる。
上顎を瀬戸山さんの頭につけて押さえる。
「お願い、頭の匂いを嗅がないでください」
俺は「ガジガジ」と言いながら、大きく口を開け、上の前歯を瀬戸山さんの頭に当てる。
「クフ、お願い、頭をかじらないでください」と笑っている。
右手で瀬戸山さんの前髪を上げ、額を出して、「ハムハム」と言って鼻をかじった。
「ふふふ、なんで、お願い、鼻をかじらないでください」と言って笑っている。
俺は、瀬戸山さんの上唇をかじった。そして、「今度、橋本神社のお祭りに行こうか?」と聞いた。
「アフ、お願い、キスする時は黙ってください」と笑って来たので、唇を吸った。
口が少し開いたので、お互いに舌で深くキスをした。
ゆっくりと唇が離れると「今度、橋本神社のお祭りに行きますね」と返事を貰った。
「耳、かじっていい?」
「ダメ!」
「右耳だけならいい?」
「ダメ!」
俺は、もう一度唇を重ねた。
「どうして、耳はダメなの?」と聞くと。
「キスの最中は喋らないで」と言って笑っている。
最後に、もう一度頭を強く抱いた。身長差があるので、どうしても瀬戸山さんの顔は俺の胸の位置になるのだ。
「あいつら、もう少し部長の目を盗んだらどうなんだ。合宿中だぞ。『人目をはばかれ』と言っておけ!」と鏡屋部長は呆れている。
「じゃあ、また今度ね」俺は、瀬戸山さんを抱いたまま、「コンピュータ、上陸班一名転送!」と命令する。
すると、腕の中で瀬戸山さんが光の粒子になって消えていく。
「うわあぁ、瀬戸山さん、大丈夫? 何かされたの? どうしたの?」と道場の中では大騒ぎになっている。
「森田ぁ、私は魔法学科の1組には手出ししないことを誓うよ」
「彼は、1組では落ちこぼれらしいですよ」
「あれでか? すげぇな、一年一組は」
「瀬戸山は、この前、失踪した女性の遺体を見つけていますけどね。一年一組ですね」
「……。」
一人の学生が、血相描いて道場から出て来た。「瀬戸山が消えて、また現れて! それで泣いています」
「気にするな! ケイコがチーフ・オブライエンに会っていただけだ」部長が意味の分からない返答をする。
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