ゴブリンの救出 その50
鏡屋部長が、「どうした?」と再び聞いて来たので、「彼、瀬戸山が襲われたと言う理由だけで、幽霊船を一隻、浜に引っ張り上げてボコボコに壊した男ですよ。今、どう見ても我々が瀬戸山の敵ですよ。殺すのに躊躇しませんよ」と部長に栃原先輩は撤退の理由を述べた。
(どうして我々が瀬戸山の敵なんだ?)そう思いながら、鏡屋部長は撤退の命令を出す。
「商業、下がれ! 撤退! 下がって集合!」体育祭の時の林田の惨状を思い出して、鏡屋部長が撤退の指示を出した。
相模原商業の生徒が後ろに下がりだしたので、他の校の生徒は浮き足立った。が、しかし、前衛の生徒は、一瞥して相手にしなかった。
たった一人の男に何ができるものかと思って居たのだ。
俺は、一回「ブン!」と鉄刀を右手で空振りさせて、構えなおした。
鉄刀に赤い光る線が走っている。魔刃だ。ドラゴンの牙を練り込んだためか、魔力の通りが良くなっている。
もちろん、ドラゴンの心臓を喰ったサザンの魔力なので、人間にとっては無限に近い魔力が勝手に鉄刀を伝って溢れ出ているようだ。
相模川の白本さんは、倶楽部の仲間や先輩の隙間から見ていた。確かに、先月の大会に出ていたあの男だ。
今までどこに隠れて居たのか? 遅れて来たのか? 探しても居ないと思って居たら、空から舞い降りてゴブリンの味方をしている。
(一体、奴は何者なんだ?)疑問だらけの目で勇人を見ていた。
一歩、一歩、追っ手の前衛連中に近づいて行くと、前衛で追いかけていた連中が慌てて魔法障壁や物理障壁を張り出して行く。
前衛の一人が、バトルスタッフに光弾の呪文を唱えて魔力をチャージし出した。光弾は「溜め」が短い魔法だ。その為、戦闘には良く多用される魔法なのだ。しかし、今はその魔法のチャージがきっかけになった。
俺は、鉄刀を振り上げ、そいつの前腕に叩きつける。サザンの魔力で俺のステータスは上がっている。筋力も敏捷も人外だ。大地と靴の裏のミュウ以上の力は出ないが、それでも人にどうこうできるレベルではない。
大地を蹴って、鉄刀の間合いに詰める。少し横に逸れて小手を叩き込む。両手を同時に切り落とすためだ。
「速い!」妙法寺の生徒は動く事も出来ないまま両腕を切り落とされた。
なすすべも無く、構えている手と掴んでいるバトルスタッフが静かに落下し出したのを見送った。
身体は逃げる為に大げさに後ろに仰け反って倒れた。人は、切られたり、銃で撃たれると後ろに大きく仰け反ってしまうのだ。銃で撃たれると、弾丸が持っているエネルギーでは説明できないぐらい派手に吹き飛ぶのはその為だ。
そして、倒れて心臓が二拍ほどした頃に痛みを感じた。
勇人は、一人目の手を切り落とした後、すぐに次の追っ手の手を切り落とした。その動きに躊躇はない。
連続、四人ほどの腕を切り落とした頃に、離れた所から先生がファイヤーボールを撃ち込んだ。
俺は、左手を突き出して、飛んで来るファイヤーボールを受け止めた。
そして、手首を下に動かしファイヤーボールをはたき落した。地面に落ち、砕け散った炎の破片が四方に散って行く。
妖魔最強レベルのスライム「サザン」にとって、人間の出すファイヤーボールなど、蚊が止まった程にも感じていない。
「魔法障壁? でも何か違うわ」
白本さんは、驚いた。ファイヤーボールを素手で受けて叩き落としたのだ。
俺は右手片手で鉄刀を持ち、離れた僧侶に向けて振り下ろす。
鉄刀の魔刃が、僧侶の右肩に向かって飛んで行く。刃自体は細く三日月のようだ。身長の高い勇人が振り下ろすので、刃渡りは3mは有りそうだ。ただ、刃厚は理論上無いはずだ。
僧侶の右鎖骨の外方1/3辺りから脇にかけて切り裂き、右腕を飛ばして、後ろの杉の木二本を切って消えた。
バギバギバギーッ!
一部が切れた幹は自重を持ち切れなくなり、切れていない幹の部分を裂きながら崩れ落ちた。
枝も払っておらず、ちゃんと切れていない幹を引きちぎるので、倒れながら回転し、倒れたらバウンドして弾み、止まった。
どうやら、何人かの生徒が怪我をしたらしい。幹の直撃こそ無かった物の、回転しながら暴れる枝にしばかれ、下敷きになった者が何人か居たらしい。
「もう一度聞こう、このゴブリンを許してやって欲しい」と俺は再度聞いた。
「あ? ああ、解った。我々は引き上げよう。そいつの事は忘れよう」
今度は快く良い返事をしてくれた。相模川高校の部長は全員の代表として返事をした。
妙法寺の部長は両腕を落とされているし、相模原商業の鏡屋部長は、すでに逃げてその場にはいなかった。
彼らは手を落とされた生徒を担ぎ、落とされた手を持って、木々に挟まれた生徒を引きずり出して、山を下っていった。
手を縛って止血をし、回復魔法を掛けるが、元には戻らない。HPが減って行く中、時間との戦いであった。
俺は安全を確認し、振り返り瀬戸山さんに話しかけた。
「もう行ってしまったよ」と俺は、ゴブリンの親子と瀬戸山さんに微笑んだ。
「助けに来たよ」
「うん」
「怪我は無い?」
「多分、もう治ったと思う」
「良かった」
俺は、なぜこのゴブリンを助けたかったのか聞きたかったが、瀬戸山さんからは何も言ってくれない。
「ああ、なぜかこんなに買ってしまったんだ。食べられるか?」と、ゴブリンに話しかけ、背中のリュックから、水を二本とチョコレート、カロリーメイト、おにぎり4個、トウモロコシ2本、メロンパン、チョココロネ、ビーフジャーキー、卵焼き、サラダ用チキンを取り出す。
「塾で勉強するのに、なんでそんなに食べるの?」と瀬戸山さんは笑っている。
「勉強するには、脳が糖分を求めるんだ」
ゴブリンの子は、パンなど甘い物を食べている。彼らに鞄と言う文化はない。有るものは食べないと持ち運びは出来ないのだ。出される物を不安げに食べているだけだ。
食べ物を食べて、水を飲んで、そして、どこか森の中に消えて行った。
ゴブリンに、人に理解できるような「礼をする」と言う文化は無い。野良犬に餌をやったら、食べ終わったら何処かに消えたと言うか、まあ、そのようなものだ。
ゴブリン自身はどう思ってるのか解らないが、それは人には理解出来ないのだ。
「きたよ」
「うん」
この後、沈黙が流れたので、
「帰ろうか?」
「うん」
突然、森の中を一陣の風が駆け抜ける。木々の枝葉を揺らし、風が吹き抜ける。
俺は瀬戸山さんを抱き寄せて、俺の風下に廻す。
(なるほど、風の表現に「どっどど どどうど どどうど どどう」と言ったのは宮沢賢治だったか? 確かに、「ドウドウ」だわ)と思っていると、桜の花びらが一枚右手の甲についている。
「あ、ごめん」
「ごめん……、ううん、う……、ありがとう……」瀬戸山さんが礼を言って来たが、お互いに動けなかった。
瀬戸山さんの髪の匂いが甘い花の匂いで良い香りだった。
思わず、「良い匂いだ。気持ちいい」と言ってしまって、思わず抱いている手を離した。
「え? やだ! 止めて! 汗臭いから嗅がないで」瀬戸山さんは、わたわたと慌てて、俺を突き放して来た。
「桜の花びら、どこかで狂い咲きしていたらしい。瀬戸山さんにあげる。今日のお詫びに」俺は花びら一枚をそっと摘んで瀬戸山さんに渡した。
「ありがとう、ボンドで固定すると綺麗な栞になるのよ」と微笑んでくれた。
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