空とぶ箒 その49
勇人は、魔法の鞄より魔法の箒を取り出した。勇人の身長より少し長い目に設定にして有る。
勇人には、空飛ぶ箒がどれぐらいの長さが最適かなど知る由もなかった。そこで、バイクの全長を参考にしたのだ。
授業で使った教科書は背中のリュックの中だ。マンションの自室では浮いている箒に乗って、少し前後に移動したが、外で使うのは今回がと言うか、今初めてだ。
ゆっくりとその場で上昇して行く箒。「VTOLがちゃんとできるじゃ無いか」と思ったが、CTOLやCATOBARされた日にゃ、靴の底が無くなると、自分で自分を突っ込んだ。
上空300mほど上がった所で、西に進路をとった。サザンの魔力は凄まじく、スピードがいくらでも出るが、乗っている人間の方が持たなかった。
そこで、体を起こしていられる限界に速度を落とし、涙目で飛んだ。口を開けると、空気が肺に無理に入って来る感じだ。
昔のバイク乗りが長距離を走る時に、タンデムステップに足を置いて、タンクに伏せて乗った話も頷けると勇人は思った。あれは何の本だったかな?
箒は約6分で相模湖上空に到着した。
トリコーダーを取り出し、前方のみスキャンしてコミュニケーターを探す。レンジは最大にして有る。湖上空で360旋回をして、センサーに引っかかる方向を探す。今、コミュニケーターは瀬戸山さんしか持っていないので、反応があれば瀬戸山さんなのだ。
北の方角で反応があった。距離は数キロ先。速度を落として移動すると、すぐに上空に達した。
移動しながらスキャンをして行くと、おかしなことがわかった。瀬戸山さんは、50名程の人間と移動している。移動の先には、ゴブリンが三体居る。
それもゴブリンのうち二体は幼体だ。
つまり、「親子三体のゴブリンを50人の人間が追いかけて居る。その中に、瀬戸山さんもいる」と言うことだ。
この状況なら、俺を呼ぶ必要は無い。と勇人は思った。圧倒的に人の方が強く、安全なのだ。助けを求める必要は無い。
じゃあ、ゴブリンを助けて欲しいのか? 相手は妖魔だぞ。「殺さないと、人に悪さをする」と蘇我の爺さんに教わったじゃ無いか。それを助けるのか? 自分は追っ手の中に入っていて、なおかつ、俺に助けを求めてきたのか? 勇人は判断に迷っていた。
考えに考えた結果、「50人を相手にするから俺を呼んだんだ。ゴブリンの一匹や二匹、瀬戸山さんなら一人で倒すだろう。そんな事に俺は必要ない。俺は、瀬戸山さんを信じてゴブリンを助ける」勇人の考えは決まった。
勇人は、箒をゆっくりと降ろした。場所は、逃げて居るゴブリンの前。
ゴブリンは絶望し、諦めた。もう、助かる術はなかった。
逃げて行く先に、空からランプをぶら下げた箒が降りてきたのだ。乗って居る者は自分達よりはるかに大きな人間という生物だ。
今、自分の家族が嬲り殺しにあって、命からがらなんとか自分達だけ逃げて居る所だ。 仲間が、敵の前に出て自分を庇ってくれたのだ。しかし、幸運もここまでだった。
このまま、ここで、胸に抱えて居る子も、手を引いている子も、三人共殺されてしまうだろう。たくさんの人達に嬲り殺しにされて。
ゴブリンの文化には、あれだけの人数を表す語は無い。8以上は「沢山」だ。8は両手の指を足した数だ。8の次は、9にも10にもならない。彼らの文化に数字の二桁は無いのだ。
仲間が命を懸けて作ってくれた生きるチャンスを貰い、子供達の手を引いて逃げ出した。山を登り、森を走り、たくさんの追っ手から逃げているのに、前に回られてしまったのだ。それも空から。
絶望と諦めと悔しさが彼女の心を襲った。
箒から降りた男はゆっくりと歩いて近づいて来た。男はランタンのぶら下がった箒を上空3mに上げてついて来させている。影が彼について移動し、ゆっくりと近づいて来る。
ザック、ザックと枯葉を踏む音が聞こえる。
「もう殺される!」思わず子供達を腹の下に隠してうずくまった彼女の横を、男は歩いて通り過ぎた。
瀬戸山さんは、見え隠れするゴブリンの背中を追いかけていた。自分達のせいで逃してしまったのだ。
山というのは、道じゃ無く整備されていない森の中は本当に走りにくい。下草や低樹木などが行き先を邪魔をして、足を引っ張るのだ。
彼女は、バトルスタッフの先にライトの呪文をかけて追いかけている。懐中電灯だけでは、視界も狭く、照度も足らないのだ。
しかし、追いかけている先に、空から灯りが降りてきた。人工的な炎、ランタンの灯りだ。チロチロと炎が揺らいでいるのが分かる。
そして、それが空飛ぶ箒と判る頃には、乗っている人物も判った。
「ふ、藤波くん?」瀬戸山さんはなぜここに彼がいるのか分からずに動揺していた。
「来たよ。本当に、来たよ。あの男……」彼女の横で栃原先輩は驚きながら、納得していた。
ゴブリンは足を止めうずくまってしまっていた。また、追いかけていた追っ手たちも足を止めてしまった。さすがにこの異常な状況に付いて行けなかったのだ。
「ちゃんと言って来なさい」突然、栃原先輩は瀬戸山さんの背中を押して、集団より一歩前に押し出した。
集団より前に出て、目に付いた瀬戸山さんに勇人は声をかける。
「彼らに回復の魔法をかけて上げて欲しいんだ」と。後ろ手でゴブリンのいる方角を指差した。
「はい……?」返事をして前へ歩き出す瀬戸山さんだったが、意味がわからない。
(如何して藤波君がここに居て、ゴブリンを助けるの? 妖魔よ、妖魔。おかしな子だけど、流石にこれは意味が解らないわ)と思って歩いていた。
瀬戸山さんが藤波君の横を通り過ぎる。瀬戸山さんは、こっちを見ておかしな笑顔で微笑む藤波君を、首を傾げてやり過ごす。
そして、うずくまっているゴブリンに回復魔法をかける。「シャアッー」と言って震えているゴブリンの傷が見る見る治って行く。
勇人は、ゆっくりと追っ手を見回し、言った。
「このゴブリン、もうこのぐらいで許してやって貰えませんかね」沈黙が流れた。
50人ものハンターを前に、たった一人で立ち塞がり、妖魔を逃せと言うのだ。気が触れているとしか思えない。
「はい? 何を言ってるのかな? そいつは妖魔だぞ」妙法寺高校の部長が勇人を責めてきた。
(そりゃそうだよな。確かに妖魔だ。逃せというのもおかしな話だ)俺は瀬戸山さんを振り返った。
(何、どうして私を見るの? 知らないわよ? なぜ、妖魔を助けるの?)瀬戸山さんは首を横に振った。
勇人はそれを、「あいつらの言う事を聞かないで、このゴブリン達を助けて、お願い」と言う意味だと理解した。
仕方がない、俺は「魔法障壁を張って下がっていろ」と言って前を向いた。
「サザン、憑依!」声を掛けると右手の指輪からスライムが出て来て、勇人の中に消えていった。
「サザン、頼む」
「ちょっと、力を貸してくれ」
「はい。勇人」
サザンの返事は、憑依されている勇人にしか聞こえていない。
瀬戸山さんは、間近で、勇人がスライムに憑依されるところを見て驚いた。聞いてはいたが、こう言うことなのかと思った。
俺は鉄刀を取り出しながら「残念だ。意見の合意は見られないみたいだな。こいつに物を言わせて頂きますが、良いですね」と啖呵を切る。
「あいつ、この前の痴漢だぞ」
「本当だ。白本の胸を触ったやつだ」
「今度は、ゴブリンを渡せだと」
相模川高校の方から笑い声が上がる。
相模川高校の白本さんは、追っ手の後ろの方にいた。体力的に男子には勝てないので、後の方になってしまっていたのだ。
背の高い男子達の隙間から見ていたが、山の中にシャツにスラックスで、黒い革製のリュックを担いで居る男がいた。
確かに見たことのある顔だった。
魔法部の合宿に参加していないので不思議に思っていたが、彼は相模原商業の魔法部の敵なのか? と、この状況を理解出来ずにいた。
何せ、あの男は、自分の横にはあの男の高校の魔法部が居て、その彼等に「妖魔を殺すな」と凄んで居るのだから。
「おい、あいつは藤波君じゃ無いのか?」鏡屋部長が栃原先輩に聞いてきた。
「逃げましょう。早く! 皆殺しにされますよ!」栃原先輩は撤退を提案してきた。
「なんだ、おい?」と鏡屋部長が聞いたが、栃原先輩は聞いていない。
「商業! 撤退! 撤退! 早く逃げろ! 殺されるぞ!」栃原先輩は後ろに向かって叫んでいた。また、商業の部員たちは、同じ部員の林田が、脳挫傷を起こすまでボコボコにされたのを覚えていたので、すぐに後退した。
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