ゴブリンが出た 48
勇人は、朝から予備校で夏期講習中だった。「夏休みを制する者は受験を制する」と言われており、この夏休みをどう過ごすかが人生の選択に繋がるのだ。
幸いにも、勇人の家はそこそこの暮らしは出来ていたので、私立の高校に通いながら、塾と予備校にも通わせてくれた。
両親は、所謂教育熱心な方ではなく、「体さえ壊さないで居てくれたら」と言うのが口癖だった。
だが、子供が積極的に勉強したいと言うのを喜ばない親はいない。
家計をやりくりして、サポートしてくれているのだ。
昼休みに食事に行く為に店に入る。高校三年にもなると、昼休みの時間も惜しく、おにぎりを食べながら自習をする生徒も多い。しかし、勇人は外食にした。まだ一年の勇人には時間的余裕があったのと、頭の切り替えが出来るからだった。それに、栄養のバランスも考慮していた。健康でいるのが、一番必要な事だった。
勉強中に妨害されると鬱陶しく効率が悪いが、自分でON、OFFの切り替えが出来ないと集中が出来ず、余計に効率が悪いのだ。
勇人は親子丼定食を食べて店を出た。京王線周辺は、予備校も多いが、飲食店も多い。
近くにあった神社に寄り、お詣りをする。その時、一陣の風が吹いて、「めっちゃ涼しい。」と感じていた。木々の葉っぱが湿気を含み、気化作用で冷えた風が勇人に向かって吹いてくる。
シャツまで濡らしていた汗が冷えて気持ちが良い。ビルの谷間の神社だからビル風がキツイのか。コンクリートとアスファルトの中の街中の小さな神社。それでも神社の緑が参拝客には嬉しい。
境内は、もう祭りが終わったのか、片付けにあちらこちらで騒がしい。
宮司さんなのか手伝いの人なのか、狩衣と言うのか、平安時代の様な格好をした誰かがこちらを見て居る。何を見て居るのだろうか?
因みに、勇人には、霊感も見鬼の素質も魔法使いの素質も無い。勉強が趣味のただの受験生であった。誰かに何かが見えていたとしても、勇人には見えてはいないのだ。
狐の行列の図柄のポスターが貼ってある。空を見上げ、良い天気なのを確認し、「さすがに今日は狐の嫁入りは無いだろう。ここは街中だしな」と思った。
夕方、予備校の授業が終わり、いつもの塾に移動する。
塾の方の授業内容は、学校のカリキュラムの先を行くが、キッチリと基礎を習う感じだ。まだ高一なのだから当然だ。予備校の方は、残り半年になって、過去問などから傾向と対策を重視した受験対策の授業になっている。
塾の前に店に入り夕食を取る。勇人は「脳は大量に糖分を消費する。食事はキッチリと摂って、血糖値を一定に保たねばならない。受験生はアスリートだ!」と思っている。
店の親父が「桜丼」を勧めてくる。お勧めの商品ならと、少し高いが桜丼を食べた。勇人は桜丼の名前を知らなかったので、ネットで調べたら馬肉を使った長野県の郷土料理だった。それも町おこしで作られた料理だ。伝統の郷土料理と言うわけではなさそうだ。
(パクリやんけ! なんで八王子で桜丼やねん!)勇人のエセ関西弁の突っ込みが炸裂する。
後、コンビニで、水を二本とチョコレート、カロリーメイト、おにぎり4個、トウモロコシ2本、メロンパン、チョココロネ、ビーフジャーキー、卵焼き、サラダ用チキンを買った。
「何やってんだ? 俺!」勇人は今買ったコンビニ袋を見つめて叫んで居た。
なんでこんなに買ったのか、自分で買って、意味が分からない。
その後、塾で勉強をしていた。一回携帯が鳴ったが、そのまま授業を受けていた。もちろんバイブの振動音がカバンの中でするだけだが。
授業が終わってスマホを見ると、瀬戸山さんからのラインだった。
『来て! 来て! 早く!』と応援の要請だった。
「しまった! あの時に確認すればよかった」俺は後悔した。
取り敢えず、俺は現地に飛ぶ事にした。
栃原先輩と瀬戸山さんは、修行道場に戻って準備をする。
夜なので、お茶、懐中電灯、バトルスタッフを準備して、山に入る服装に着替えて集合する。
僧侶が一人、引率して頂けるのだろう。並んだ生徒の前にいる。皆からは、「先生」と呼ばれている。
各校の部長が前に出て、各校の生徒を集合させている。
この時間から山に入るのは危険な行為だ。そして、多人数と言うのは責任が分散してしまい、一人ぐらいはぐれても気づかなかったりするのだ。
「先頭は森田、殿は私だ。各班に分かれて、お互いに見失わないようにしろ」と鏡屋部長が注意している。
参加する生徒は三校合わせて、50名程いる。全員が参加するわけではないのだ。体調やら都合が付かなくて、宿舎で待機する生徒もいるからだ。隊列の順番は、妙法寺高校、相模川高校、相模原商業の順になった。
鏡屋部長は女性の為に保守的なのだ。普段から「功を焦って、一番に飛び出して殺されるのはお断りだ」と思っている。その為、後からゆっくり付いて来るタイプなのだ。
ゾロゾロと全員が森の中の入って行く。先頭は、ゴブリンの群れを見たと言う僧侶が案内している。
一般の生徒の実力では、ゴブリンを一対一で倒すのは難しい。その為、集団で狩をするのが普通だ。
普通は、待ち子と追い子に別れて、待ち子が獲物の通り道に隠れて待つ。一方、追い子が山を下から上に追い立てて行く。で、待ち子が追われて来た獲物を撃つ。そして、倒せば良いが、その時に包囲網を破られたらそれでお終いだ。
上から下に追うと、逃げる選択肢が増えて、目的の場所に追えないのだ。だから、狩をする時は必ず下から上に追って行くのだ。
今回の様に、獲物の後を小学生のサッカーの様に、みんなで獲物の跡を辿りながら追いかけることはない。
1時間後、獲物のゴブリンに追いついた。
斥候が気付かれぬように離れた所から様子を伺い、本体は少し離れたところで、部隊を四つに分けて攻撃をかける。妙法寺と相模川が挟み撃ちにする。この二校が攻撃の本体だ。
商業の生徒と他校の生徒の魔法が使えないものが前と後ろを襲い、足を止める。そんな作戦だった。
栃原先輩と瀬戸山さんは、前を押さえる部隊だった。相模川の背後を回って前に回る。
ゴブリンは全部で五匹、集団で狩をしながら移動して暮らして居た。
生徒たちは辺りに隠れて、襲う合図を待った。しかし、50人もの人数だ、すぐに気付かれてしまった。
「襲え!」先生の合図が響く。
「ウオォー!」奇声と怒号でゴブリンを襲い、スタッフを振り上げ近づいて行く。
魔弾や光弾、ファイヤーボールをゴブリンに次々に撃ち込んで行く。
生徒たちのレベルでは一発で死ぬことは無い。そのために何発も何発も撃ち込むのだ。
喧騒に紛れて一匹が包囲網を逃げ出した。
栃原先輩と瀬戸山さんの前を一匹のゴブリンが走っていった。
そのゴブリンは森の中を右に左に避けながら、木の影に身を隠し必死で走って行った。
「そっちいったぞ!」誰かの声がする。
「おい! 追いかけろ! 走れ!」先生の指図で、全員が走る。
十数人の生徒達が、一斉に森の中を追いかける。
栃原先輩と瀬戸山さんも走っている。ゴブリンは左手で小さいゴブリンを抱いており、右手で小柄なゴブリンの手を引いている。右手の小さなゴブリンが転けると、引き摺るように走って行くが、その手は決して離さなかった。
ゴブリンは火の山に祈った。「あの山は、昔火を吹いて全てを焼き払って、火の石を降らせたという我々の神だ」と聞いていた山に祈った。
「私の命はどうなってもいいので、この子だけでも助けて下さい」と祈った。
人の研究では、ゴブリンは宗教などの文化的な精神活動は行なっていない事になって居る。そのゴブリンが祈ったのだ。
ゴブリンたちの上を一陣の風が吹いて、木々が揺れ、そして唸る。
(ゴブリンの言語は妖魔の言語で暗黒語だ。その為に上記のような論理的言語では無いが、日本語訳はほぼ上記のようになる)
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