怪異 その44
桜木は、放送部の部長を探し挨拶に行くと、2年の結城さんと男子学生が倒れていた。部長には、オカ研の取材が終わったことを告げて、他の部員に状況を聞いて見た。
「どうしたんですか?」
「何か憑けて帰って来たみたいでさ、最初、『寒い、寒い。』って言ってたんだけど、倒れちゃってさ」と説明してくれた。
「結城先輩倒れちゃったってさ」と桜木が報告する。
「あれだけ大きいヒヒが憑くとねぇ」と栃原先輩が説明している。
(ヒヒって猿だろう? いったい何が見えているんだろう)ふと、桜木は気になった。
オカ研の荷物辺りに帰って来ると勇人が一人で誰かと喋っていた。
(期待を裏切らない奴だ。笑けて来る)
瀬戸山さんが前に出て言う。
「藤波君、その人、生きていないと思うよ」と。
勇人が振り返り、
「おかえり。こっちは色々あって大変だったよ」と返事し、前を向く。
「今話した学校の仲間たちです」と照明もない真っ暗な空間に丁寧に紹介している。
後ろから、遅れて来た富士見さんが話す。
「結城さんのヒヒが全然落ちないみたい。明日、明るくなったら何処かお祓いに連れて行かないとね」と他人事だ。
「じゃあ、倒してこようか?」と勇人が振り返り返事している。
「ちょっと待ってて下さいね」女性に声をかけて、早足で向かう。
勿論みんな付いて来た。付いて来ても来なくても10mもない距離だが。
女の子の回りに人だかりが出来ている。中央で一人、うつ伏せにしゃがんで泣いている女学生がいる。
3mもあろうかと言うヒヒが背中に憑いているのだ。彼女に間違いがないと勇人は確信した。
周りで、そのヒヒにお経を唱えたり、塩を撒いたりしている。
流石に大きいと感じて、俺は丹田に力を入れて、ステータスを強化する。
「ごめんなさい、ごめんなさい」俺は人混みをかき分けて女の子に近づく。
うつむきにしゃがんでいる女の子の背中の上を、体重を乗せたパンチをお見舞いする。
「ボコ」
空中を叩いたら音がしたので、みんなビックリしている。が、一番ビックリしたのは、当のヒヒの方だろう。いきなり右の脇の下を殴られたのだ。
「自分がさぁあ、相手を掴めたら、相手も自分を掴めるんだよ。作用、反作用って解る?」と勇人が一人で喋っている。
ヒヒの右側からヒヒの胸を持ち上げ、押して彼女から離して行く。
ヒヒは勇人を攻撃するには、結城さんから手を離さないと行けない。一瞬躊躇したが、対処しないと離されてしまう。
仕方なく、ヒヒは勇人を離そうと両手で首を締めて来た。
凄い力だが、所詮は霊体だ。
勇人は右足をヒヒの股に入れ、ヒヒの左脚をかける。そして、そのまま、押し倒す。
しかし、ヒヒは仰向けに倒れたまま首を締めて、勇人を釣り上げて来る。
首を絞められて吊り上げられながら、「猿と人の違いは、 親指の対立運動なんだよなぁ」と勇人は言い出した。ヒヒは親指を他の指に対立して触れさせる事が出来ないのだ。
つまり、首は締まって居ないのだ。
勇人は吊られたまま、ポケットより手帳型スマホケースを取り出す。そして、ケースを開けて魔法紙を一枚取り出して呪文を唱える。左手を、何やら身振りをして、
「ホーリーライト!」
勇人は呪文をかけた。
魔法紙が青白い炎に焼かれて消える。
そして、右手が光り出す。
仰向けに倒れているヒヒに、右手から出るホーリーライトを当てる。
サザンは妖魔として、最強のスライムで有る。そして、たぶん、ドラゴンを倒した唯一のスライムだ。ステータスもスキルもカンストしており、彼が作った魔法の道具は半端ない魔力なのだ。
「グウエェェーッ!」
ヒヒは断末魔とともに消えて無くなる。霊感の無い者には、何も聞こえない。これだけいても、霊感の無い学生には、桜木をはじめ何も見えないし、何も聞こえない。
ただし、触れると言うことは、そこに物質があり、空気より密度が高いので、その中を通る光は屈曲する。
強烈に明るい光が発生したので、一部にはヒヒが見えた人もいた。
桐崎や瀬戸山さん、靏見さんは
「げっ、藤波が魔法を使っている!」
「えっ、藤波君が魔法を」
「魔法使えるじゃん」
と驚いた。
勇人は、ヒヒを倒した後、倒れている結城さんには眼もくれず、走って女性の方に戻って来た。
「いやあ、おまたせしました。大丈夫でしたか?」
「強いんですね」と微笑んでいる。
「さっきは護ってくれて嬉しかった」手を後ろで組んで、腰を左右に振っている。
「さっきの光で、私も消してもらえませんか? もう、吹っ切れました」嬉しそうに、顔を上げて笑っている。
「貴女は、渡し守が来た時は嫌がってたのに、今はそれなりの覚悟が出来たのですね。でも、あの光の魔法で消すと消滅してしまうんですよ。少し違う方法で送りましょう」と勇人は答えた。
答えながら勇人は、彼女とはそんなに親しい訳でも無いのに、なんだか泣けて来た。
「瀬戸山さん、手伝って貰える?」俺は瀬戸山さんに聞いた。
「ええ、良いわよ」瀬戸山さんは快諾してくれた。
「昇天の呪文を知っている?」
「ええっと、知らないけど」
「今、書くから待ってね。」
俺はスケッチブックに魔法陣と呪文を書いた。
「初めて見る呪文だわ」瀬戸山さんが魔法陣を見て言っている。
「お姉さん、お元気でね」
「ありがとうございます。またね」
(または無いだろう。戻ってくるなよ)俺は思った。
瀬戸山さんが呪文を三回唱える。手から魔法陣を出して、初めは、振付の動きを確認しながら。
2回目は呪文を短く、振り付けが無くなっていた。3回目は目を瞑って、「昇天」と唱えただけだった。
お姉さんの体は光り出し、ゆっくりと空に昇って行く。
周りの地面からも光が溢れ、光の粒子が地面から立ち上っているように見えた。
お姉さんが頭を右に傾け、最後の挨拶をする。右肩から長い髪の毛がハラリと落ちる。
右手を体の横に付け肘を曲げ、左の森の中を指して笑っている。
俺と瀬戸山さんは、向かって右を向いて森を見た。不思議なことにどこを指差しているかすぐにわかった。
暗闇の森の中のその部分だけが明るく見えたからだ。
お姉さんは、「お・ね・が・い・ね。」と口真似をして、光になって空に上がって行った。
俺は森の中に急いだ。
「なんで気づかなかったんだ!」声を出して自分を罵った。半分泣いていたと思う。
手で落ち葉や枯れ枝を退け、生えている雑草を抜き、素手で穴を掘った。
最初は、枯葉混じりの腐葉土だったが、土の感触が変わる頃には、あたりに腐敗臭がして来た。甘い、臭い、動物の死骸の独特の匂いだ。
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