撮れ高は撮れた。 その43
牛を引く童の顔が舌を出した狂犬か狼だし、屋形の右に付いている者は、裸で毛むくじゃら、鬼の体に頭が一つなのだが、左右にタカの顔が二つ付いている。
左に付いている者は、首が二つあり、蛇の顔をしている。
「バンドン!」(じゃあ、あれは俺の記憶が作った恐怖心か? どっちにしろ良いものじゃなさそうだしな。アイスラッガー持ってないしなぁ)
屋形の簾が降りているのだが、その隙間から、何本も何本も青白い手や赤黒い手が伸びて空を掻いている。何かを探しているようだ。イソギンチャクを連想させる動きだ。
それが近づいて来ると、俺は心底恐怖した。俺は魔法のウエストポーチから鉄刀を取り出し、鞘から抜き、構えて待った。
「ガッ! ガッ! ガッ! ガッガッガッガッガッ!」暴れ牛が走り去って行く。
「ガラガラガラガラガラガラガラガラ」バンドンと大きな木製の車輪が通り過ぎて行く。
距離は、1mぐらいしか離れていない。
神経が立つとはこの事か、周囲で起こる全てに気が行き渡ってる気がする。
やはり、屋形の後ろの簾の隙間から手が伸びて来た。隙間の中は真の闇だ。
いや、今、ここだって山の中で照明を落としてあるのだ。星明かりしかないので、通常の目では暗闇なのだ。
しかし、さっきからの百鬼夜行はよく見える。
簾の隙間の奥は暗闇の中に手がいっぱい見える。その中の一本が伸びて来たのだ。
牛車との距離が短い為、伸びて来たのを見てから反応しては遅い。手が伸びて来た瞬間にコースを読み鉄刀で払うのだ。
俺に伸びて来たのか、後ろの女性に伸びて来たのか分からないが、そのコースのラインを横から払う。少し遅れたので手の少し後ろ、人で言うなら前腕の辺りを力一杯払う。
鉄刀に払われて、クニャっと曲がった手が屋形の簾の隙間に戻っていった。切れはしないが、相当痛いだろうと思われる。
左側に付いていたバンドンの右の首が振り向いたが、無視されたようだ。牛車は、そのままトンネルの方に走って行った。
「あっ!」勇人は牛車の後を追う。
「逃げてーっ!」誰かが叫んでいる。
放送部や映研も見える生徒を連れて来ているので、彼等が叫んだのだろう。
一斉に人々が道の端に逃げる。
牛車を追いかける勇人の前に、一人の男子学生が荷物を蹴散らし、仰向けに滑り出て来た。
勇人には、彼が牛車から伸びる手に襟首を掴まれて、引き摺り出されているのが見えている。手足をジタバタと動かして抵抗しているが、何の抵抗にもなっていない。
左手で、その男子学生を捕まえ、右手に持った鉄刀で腕を払う。
グニャリとした柔らかい物を叩く感触が右手にあった。そして、青白い腕は学生を離して牛車に戻って行った。
左側にいるバンドンは振り向いたが、牛車本体への敵意を見せない為か、前を向き戻って行った。
暴れ牛の牛車は暴れまくってトンネルの中に入って行った。
(瀬戸山さん達は大丈夫かな?)と思ったが、今はどうにも出来ないでいた。
「ありがとうございます」彼は両手で俺の左手を持って震えていた。
言葉が丁寧なのは、長身の俺を上級生と思ったのかもしれない。
「ええ、大丈夫? ですか?」こっちも恐怖心に耐えているのだ、言葉がたどたどしくなる。
ギイィィー、ギイィィー、ギイィィー。
木が擦れるような音がするので振り返ると、今度は伝馬船? いわゆる櫓櫂船が坂を登って来る。時代劇で見る川の渡し船だ。40ftぐらいか?
四人ほど乗客がおり、笠を被った爺さんが櫓を漕いでいる。
それが、アスファルトの坂道を櫓を漕いで登って来るのだ。
「いやいやいやいや、百鬼夜行め! もう、物理法則無視かよ!」俺は悪態を吐いて女性のもとに走る。
鞘を拾って鉄刀を収めて、鉄刀をウエストポーチにしまう。
彼女の前に辿り着いて、「また何か来た。下がって」と彼女に伝える。彼女は下を向いて頷いて少し下がる。さすがに笑顔はない。
ギイィィー。ギイィィー。ギイ。
俺たちの目の前で木造の船が止まる。
(なぜ止まる? 無視して行ってくれよ)
笠を被った船頭の爺さんが、「そこの者、お前も乗って行くかい?」と女性に聞いて来る。
俺は振り向き、口に人差し指を当て、首を横に振った。
「どうした? もう乗って行くかい。十分いただろう?」と再び聞いて来る。
勇人は何か方法は無いか回りを探しまわった。瀬戸山さんが担いでいたリュックにお弁当とお茶が入っているはずだ。
リュックからペットボトルのお茶を一本取り出して、キャップを開ける。そして、お茶でアスファルトに我々と奴の間に線を引く。
そして、「願わくば、そのお力をお貸しいただきたく候、のうまく、さんまんだーばーざらだん、せんだん、まーかろしゃーだーそわたや、うんたら、たーかんまん、この線はただの線にあらず、彼岸此岸の境なり、彼岸のもの、此岸のものを分け隔て救いたまえ。臨兵闘者皆陣裂在前!」と蘇我の爺さん達が唱えていた祝詞を唱える。
恐る恐る顔を上げると、「お前、そう言うことの才能無いなぁ」と船頭がこっちを見てにやりと笑い話しかけて来る。
「儂は、ただの渡し守よ。彷徨うものを向こうに送るのが仕事じゃ。死んだら誰もが向こうに渡るでなぁ。この理りは誰も破ることは出来んでのう」とゆっくり話しかけて来る。
渡し守って、それで俺は船の映像を見てるのか。あの世に送るのだったら汽車でも良かったのに。なぜ船なんだろう。
(カンパネルラ、ジョパンニ、ええっと哲郎、車掌さん、違う違う! それは、「メーテル、エーテルが煮えてる。」の方だ。途中でごっちゃ混ぜになってるぞ。落ち着け!)自分に落ち着くように言い聞かせて、次の手を考える。
(ああ、そうそう、瀬戸山さんが夜食の分のお弁当を持って来ているはずだ。って、さっきの思考が堂々巡りじゃ無いか。)俺は落ち着かず、興奮して、慌てて考える。
瀬戸山さんのリュックから、お弁当を五つとお茶を五本取り出して、船に乗せる。
「死出の旅路は長い旅路と聞いています。目的のお浄土は億千万里の彼方だとか。本来ならば法事を行うのが筋なのでしょうが、私にはその知識がありません。せめてもの供養になればと少しばかりの物をお供えさせて頂きます。さて、渡し守様におきましては、重責のお勤めご苦労様です。これにて食されて慰労されていただければ幸いです。それでは、長旅ゆえに時間もかかりますでしょう、ここでお引き止めするわけにもいかず、さあ〜さあ〜、ずいっと我等に気を取られずに先を急がれよ」と出発を促して見る。
「お前は面白い奴じゃのう」 しかし、これは効果があったらしい。笑いながら渡し守の爺さんが彼女の方を見て言う。
「お前はまだ乗らぬのじゃな。では行くぞ」何度促しても首を縦に振らぬ女性にしびれを切らせて、出発する事にした様だ。
ギイィィ、ギイィィ、櫓を漕ぐと進み出す渡し舟。ゆっくりと進み出したが、徐々に速度を上げて行く。トンネルの前まで来ると舳先を上に向け山肌を登って行く。
そして、速度を上げ、流れ星の様に光の航跡になって空を登って行った。
(やっぱり、スリーナインじゃねぇか?)
俺は腰が抜けそうだった。
振り向いて、「良かったね。危なく連れて行かれてしまう所でしたね」と言うと、「私を守ってくれてありがとう」と言って微笑んでいた。
突然、後ろで声がした。
「藤波君、その人、生きていないと思うよ」瀬戸山さんが声をかけて来た。
いつの間にか帰って来ていた様だ。
ファインダーを覗いていた桜木に、栃原先輩は、
「寄って! 寄って! 線の中で動かないで! 合図したら息を止めて喋らないで! 良いって言うまで絶対よ!」と言いながらチョークを出して線を引き、壁際に全員が入れる程度の半円を描いた。 その中に全員が中に入って手を繋いだ。
「息を止めて! 動かないで」
ビデオは「カラカラカラカラカラ」と言う音だけ録音されていた。
何かの通り過ぎる気配と言うのは感じなかったが、栃原先輩と瀬戸山さんの行動で危ない何かが通っている事は察しがついた。
桜木は、ここで何か行動すれば、自分だけでなく、他のみんなを巻き添えにすると分かっていた。
「ここは危ないから、早く戻りましょう」栃原先輩が根を上げた。
ホラースポット巡りどころではない状態が続いているのだ。「ここにいたら、霊感のない三人は死ぬ」と真剣に思ったのだ。上級生として責任ある行動を取らなければいけないと真剣に考えている所だった。
桜木は撮れ高は充分あったと判断している。尺も編集可能な長さは撮れている。第一、富士見さん、栃原先輩、瀬戸山さんのあの表情が撮れたのだ。もう怪談ビデオとしては充分視聴者を怖がらせられる。視聴回数が稼げると感じていた。
一行は、トンネルを出て来ると、放送部や映研が待っている辺りが騒がしい。
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