伊豆旅行 顛末 その29
同じ頃、とある家の仏壇の鈴が一度だけ鳴った。
夕食も終わり、片付け物をして居た。
兄抜きの食事にも、もう慣れた。何年も続いている我が家の風景だ。
兄の友人達は、もう結婚して赤ん坊がいる。
命日には、嫁と子供を連れてお参りに来てくれるのだ。
ある夏の日、西伊豆の海に遊びに行って、気がつくと兄の居ないサーフボードのみ浮いていた。兄だけが居なかったらしい。
そして、夕方遅く、兄が沈んでるのが見つかって、すぐに病院に運ばれたが手遅れだった。
今晩、いや、今、その兄の位牌が祀ってある仏壇の鈴が鳴った。
チィーーーン。誰も触って居ないお鈴が独りでに鳴った。
母は「洋司が帰って来たね」と拝んで居た。何故だか兄だと分かったと言う。
漁師は、板こ一枚下は地獄と言うが、漁に出かけると、自分しか頼りに出来ない、厳しい世界だ。
ある晴れた日に、漁に出かけて帰って来なかった。
漁師仲間や保安庁が船を出して探してくれたが、結局見つからなかった。
残された家族は、結局、遺体のないお葬式を出した。
網元の社長は土下座して謝ってくれたが、それで主人が帰って来る事は無かった。
保証金で、当時大学生だった子供達を卒業までさせたが、あの時、漁に出させた後悔と寂しさと悔しさはずっとあった。
もう、その子に孫がいる。
「こっちに来て一緒に暮らそう」と言ってくれるが、まだ主人がこっちにいる気がして踏ん切りがつかない。
夕ご飯が終わり、もう寝ようと布団に入ったら、仏壇の鈴が鳴った。
チィーーーン。
魚の臭いが取れない、主人の手の匂いがした。漁師の匂いだ。
結婚した時は、そんな手でどこでも触れられるのが嫌で、綺麗に洗えとよく喧嘩した。
「ああ、やっと帰って来たのね」と思った。
俺は浮き輪に乗って泳いで居た。両親と妹と家族で海水浴に来て居たのだ。
民宿に泊まって、花火をして、スイカ割りをした。
次の日、朝から親父と二人で泳いで居たら、海の中から足を引っ張られた。
浮き輪からズボッとすっぽ抜け、海中に引きずり込まれた。足を人のような何かが掴んで居たのだ。
その時、親父が手を掴んで引き上げてくれ、浮き輪に掴まらせてくれたのだ。
しかし、逆に親父は浮いて来なかった。
当時、大人達に説明したが、そんなに深いところじゃ無かったと話を聞いてもらえなかった。
もう、大人になって、子供も出来て、親子三人仲良く暮らしている。その子も、あの時の俺ぐらいになった。
まだ幼い我が子が「庭に変な人が居る。こっち向いて笑ってるの。じいじいだって」そう言って走って来た。
急いで庭に走ったが、もう、人の気配もなかった。
「ビショビショに濡れたお父さんみたいな人だった。」と後で聞いた。
昨日、娘が亡くなった。
千葉から旦那の実家に遊びに来て居た。
義実家の用事をして居て、目を離した隙に居なくなってしまったのだ。
家族や近所の人が探してくれたが、結局、浜で見つかった。大人なら背の立つぐらいのところに沈んでいたのだ。すぐさま病院に運ばれたが、助からなかった。
幼稚園の年長組の子が、知らない土地で国道を渡って、閉まってる堤防の鉄扉を乗り越えて海に行ったというのか?
どうして海に近づいたのか? どうして、あの時目を離したのか? 今も悔やまれる。
さっき、通夜が終わって、お住職さんが帰ったばかりだ。
「家で送ってあげたい」と言ったが、旦那と義実家の両親に反対されて、こちらの公民館を借りた。土地の人は寺か自分お家でするのが普通だそうだが、私はここで死んだ娘を義実家に入れたくなかった。家に連れて帰ってあげたかったのだ。
二階の控え室で親戚達が談笑して居た。ここには、私の娘を無くした気持ちを察してくれる人はいない。
ドオオォォーーーーーン! 浜の方で何か音がした。何かが爆発したような音だ。
親戚達は「何だろうね」と気にもならない様子だ。
カアァーン、カアァーン、カアァーン、ポク。
階下で音がした。
鈴と言うか、大きな鐘が鳴らされた。
三回、そして、木魚が一回。
家族には判った。あの子が最近はまっていたギャグだ。
そして落ちで首を右に傾げて舌を出す。
何が面白いのか? 何回も何回もしていた若手芸人のギャグの真似だ。
走って階下に降りて、葬式の祭壇を見る。娘の笑顔の写真が痛々しい。
誰も居ない祭壇。階下に居たものは祭壇を遠巻きに眺めて居る。誰も触っていないのに、勝手に鳴ったのだと言う。
その時、旦那も走って降りて来た。
「娘はどこだ! どこに居るんだ?」
取り乱した旦那を、親戚の人達が宥めている。
旦那が泣き崩れている。それを私も泣きながら見ていた。
俺と真里亞は旅館に帰って来た。
「蘇我さん、大丈夫?」
「ええ、私は・・・」
「良かったよ。安心した」
玄関を入ると、栃原先輩は疲れて死にそうな顔をして倒れて居る。
側にいた桜木は、顔面蒼白で震えて居る。
(一体、何があったんだ?)
体が油臭いし、風呂に入りたいのだけど、何かそれは違う空気が流れている。一体全体、何がどうした?
二階から、回復した瀬戸山さんが降りて来た。
秋山さんと靏見さんと桐崎が瀬戸山さんに続いて降りてくる。
桜木が栃原先輩を背負って帰って来たらしい。本当に死ぬんじゃないかと心配していたらしい。
治療にあたった靏見さんによると、彼女は魔力の使い過ぎで倒れたらしい。
もうちょっとで、死ぬ所と言うのは本当だった様だ。
でも、俺が居ても何も出来そうにないので、女子達に任せて風呂に行く。潮風や油やらで気持ちが悪いのだ。
風呂に入って、サッパリとして上がってくると、旅館の女将さんが部屋に来て居た。
女子達も男の部屋に集められていた。
女将はお礼をいいに来たのと、明日、警察の調書がある事の連絡だった。
「ふう。」やっと、落ち着いて勉強出来る。
窓の外にも何も現れないし、落ち着いて勉強出来る。桜木は、何やら動画の編集で忙しそうだし、桐崎は疲れて眠たそうだし静かなものだ。
どうやら、今夜は勉強が捗りそうだ。
翌朝、いつものおかしな朝食の後、観光協会の会長が迎えに来てくれた。
俺と真里亞が浜にいた所を誰かに見られていたらしい。
警察では、「漁船がいつ浜に上がったのか?」を聞かれただけだった。
若い高校生が、二人で浜の堤防に居ても不思議なことはない。
真里亞は「よく分からない。」で通し切ったらしい。
そらそうだ。警察が理解できる説明はできないしな。
俺は、大体の時間を言っただけだった。火事になった原因を話せる訳もない。話すと、今晩は帰れなくなっちゃうよ。
昼過ぎ、旅館の車で、また下田駅迄送って貰った。旅館の女将から、お土産の入った紙袋を貰っていた。たぶん、干し魚とワサビだろう。俺のみやげと違って、チューブでもふりかけではない奴だ。
電車の中で、桐崎が「あんな船がどうして沈んだんだ?」と聞いて来た。
(俺が知るかよ)
「網やロープが無かったので、操業中に沈んだんだろう」
「嵐の日に、漁師は漁に出ないんだよ。最近は、天気予報が良く当たるからね。前もって分かるんだよ」
「いい天気の日に、船が沈む時はウネリだ。遠く南の海で、台風とかが発生すると日本には波長の長い波が来る。
所謂、土用波だよ。そして、追い波で、波長の長い波を受けると船が不安定になる。でも、あの船は操業中だったんだ」
「波って、重なると足し算されるんだよ。タライで両手で波紋を作ると、重なる所はより高い波になるだろう。
たぶん、ウネリと風波の合成波を横波で食らったんだろう。網を流して居たので逃げられなかったんだろうね」
俺が一気に船が沈んだ予想を話すと引かれてしまった。
(聞いたのはお前だろう?)
翌月曜日、真里亞が人気者になっていた。
「藤波、そっち行って。ねえ、真里亞、どんな魔法を使ったの?」
「真里亞、ねえ、ちょっと藤波、そこ退いて」
いつもの扱いで、気にすることはない。ただ、ここは俺の席である。
そこまで、理不尽な扱いはないだろう。
どうやら、桜木がネットに映像を上げたらしい。
俺や桐崎も隠し撮りされて居て、街をパトロールしていた事になっていた。
そして、瀬戸山さんが溺れた辺りから、船が爆発して、真里亞と栃原先輩が浄化した事になっていた。
映像を見て、栃原先輩が倒れた理由もよく分かった。
よそのクラスから、真里亞を見に来る生徒もいたが、栃原先輩の人気は絶大だった。
近距離で撮られている事もあって、美しく、綺麗に、可憐に、聖母の優しさを携えて映っていたのだ。
男なら、惚れない奴は居ないだろう。
そして、付いたあだ名が「光の聖母」だった。
(そのままじゃ無いか! 捻りなしかよ)
最近は、桜木が先輩の周りをウロウロして、先輩のファンクラブに〆られた様だ。ファンクラブって。
読んで頂いて、ありがとうございます。
次回より新章になります。




