サラの日常
色々あったトラブルも解決して仕事も休みの日だった。
母と再会した後の数日間は、モンターニュ将軍との交流会のような形でしばらく仕事を休んで出かけたりしていた。モンターニュ将軍は第一印象とから変わらず破天荒な人で、振り回される私を見かねて注意してくれた従者の人に嫉妬してみたり、王国の領地に居る息子さんに私に会ったと自慢する手紙を書いてみたりと、なんか色々あって疲れた。ロビン兄さんたちから悪い人ではないと教えてもらっていたけれど、母の再婚相手でなければ知り合うことのない人だと思った。
嵐のように訪れたモンターニュ将軍と母が帰った後、いつも通りの日常が戻ったと思ったら、珍しいことにしばらくロビン兄さんが旅に出るのをやめたと言ってきた。
今回のトラブルで私を一人にしておくのは危険だと判断されたのかと思ったら、そういうことではなく珍しく怠そうなミケ姉さんがリビングのソファで横になっていた。
「お姉ちゃん何かあったの?」
「んー、ちょっと体調が悪い? ここ最近、特に気持ちが悪いことが多くてね~。なんか微妙に眠たい」
「お医者さんには?」
「これから連れて行く」
「そうだ、今日は冷たい風が吹いてるから、これ着ていって?」
「サラ、ありがとう~。本当にできた妹でかわいいわぁ……」
普段から元気なミケ姉さんがこんな調子なので私もロビン兄さんも少しばかりオロオロとしていたのだが、ミケ姉さんは笑って大丈夫だよ~と二人まとめて抱きしめてくれた。今朝も食欲もなかったから心配だ。
洗濯物を干した時に冷たい風が吹いていて、今日は晴れても冷えると大変だと思い、ロビン兄さんはミケ姉さんにショールを渡していた。周囲の木も葉を落としているので、そろそろ本格的な冬がやってきそうだ。
二人で医者に出かけて行ったので、私は大丈夫かなぁと思いつつ部屋の掃除をしていると、玄関の扉をノックする音が聞こえた。
「よ、よぉ」
「なんだ、ギルかぁ」
「誰か待ってたのか?」
「ううん、なんでもない」
もしかしたら、途中で具合が悪くなってしまってロビン兄さんが抱えて連れて帰ってきたのかもとか、最悪の場面を予想してしまい勢いよく扉を開けるとギルが居た。
ため息をついて脱力していると、ギルが何かあったのかと心配そうに声をかけてきたが、私の早とちりだったから首を振った。
「それで、今日はどうしたの?」
「サラ、休みだろ? 買い物があるなら一緒に行こうと思って、誘いに来たんだけど……。後にした方が良いか?」
私の休暇の予定は何故かギルに筒抜けで、3回に1回くらいの割合で私を買いものに誘ったりして来る。大抵は断ったりするのだけど、そこで押しが強いギルは荷物持ちなら俺がやるから何か買うものがあったら付き合うぞと言ってくるので、私は割と根負けしている。
押しかけてくるわりに、都合が悪いと引いてくれるのでギルは敏感に私の気持ちを察してくれている。
「大丈夫。ちょっとね、お姉ちゃんが心配だっただけなんだ。何時も来てもらって悪いから、お茶でも飲んで行って?」
「え、いいのか?」
「ふふふ、私が誘ってるんだもん、いいに決まってるよ」
「じゃあ、お兄さんが帰ってくるまでお邪魔する」
ものすごくうれしそうなのに、遠慮がちに聞いてくるギルを見て笑いがこみあげてきた。楽しくなって笑っていると、ギルは私に向かって笑っている方がいいよと言い頭を撫でた。
そんなに変な顔をしていたのかと思ってギルの方に視線を移すと、ギルもさっきのが精一杯の褒め言葉だったようで顔が真っ赤になっていた。
慣れない口説き文句なんか言うからそうなるんだよと言い合って、二人でロビン兄さんたちが帰ってくるのを待つことにした。
ギルと他愛無い話をしながらお茶を飲み、そろそろお昼ご飯の時間だなぁと考えていると、ロビン兄さんたちが帰ってきた。
「ただいまぁ!」
「体調は大丈夫だったの?」
「うん! ねね、聞いてサラ! 私、子供が出来たって!」
「えっ!?」
「ええっ!?」
慌ててロビン兄さんたちをギルと二人で出迎えると、出かけた時とは裏腹に元気いっぱいのミケ姉さんがそこにいた。ロビン兄さんも満面の笑みを浮かべているので、どういう事だろうとギルと顔を見合わせていると、姉さんから爆弾が落とされた。
なんと! ミケ姉さんはつわりで体調が悪かったらしい。
おめでただったよ! 重い病気とかじゃなくて安心した。
「おめでとう! じゃあ、具合が悪かったのって、つわりだったんだ」
「そうみたい、私も不安だったから原因分かってよかったうえに、おめでただもの! ロビンの子供がずっと欲しかったから本当にうれしいわ!」
二人とも本当に幸せそうに微笑んでいた。
出かけて行ったときは、ミケ姉さんが病気なんじゃないかって不安だったからホッとしたのだけど、ギルは突然の出来事過ぎてわたわたしていた。そりゃそうだよね、人のうちの家族が妊娠したって報告を聞いちゃったんだもん。引き留めた私も悪かったけど、ミケ姉さんも言ったタイミングが悪かった。
幸せモードな家族の集まりに本来この場に居るはずのないギルが視界に入ったのか、ロビン兄さんの機嫌が一気に悪くなった。
「それで、小僧はどうしてここに居る」
「!!」
「ロビン、そんなこと言わないの!」
地を這うようなドスの利いた声でギルを威嚇するロビン兄さんをミケ姉さんがぺしっと叩いた。
「だがな!」
「私が心細かった時に居てくれたギルに、そういうこと言うんだ……」
「ぐっ」
少しばかりしょんぼりした感じを装って言うとロビン兄さんも強く出られないみたいで、黙り込んでしまった。
何か言いたそうだったけれども、ミケ姉さんが私の耳元で任せていいから行っておいでよと言ってくれたので、私は心起きなくお任せすることにしたのだった。
だって、ロビン兄さんの担当はミケ姉さんだもんね!
「子供が出来たからには、しばらく冒険者も休業しないといけないわねぇ」
「そうだね。それならお姉ちゃんも家で一緒だね」
「そうだね! これを機に料理でも覚えようかなぁ」
「……なん、だと?」
何気なくつぶやいたミケ姉さんの一言で、ロビン兄さんがぎこちなく動きを止めた。
あー、普段は私がご飯を作っているからあまり気にしたことはないけれども、ミケ姉さんの料理は殺人料理なのである。幼馴染で一番被害を受けているロビン兄さんの動きが止まったのは無理もない。
「お兄ちゃん、基本から始めれば大丈夫だから……」
「そ、そうか?」
「だって、サラダは問題なかったでしょ?」
「う、そうだな……。小僧、試食をするときは貴様も付き合え。それならサラを家に送って来るのを許してやろう」
「え? は、はい!」
そこでロビン兄さんに固まられてしまうと、せっかくやる気を出したミケ姉さんがかわいそうなので、そっとフォローを入れた。
切って盛り付けるだけのサラダは問題なかったから、単純に料理をする基本が理解出来てないだけだと思うのだ。油切れのブリキ人形のような動きをしているロビン兄さんを見ると、ミケ姉さんの料理が相当トラウマ化しているようだった。
最愛の奥さんの手料理は嬉しいけども、殺人料理の取り分が少なくなればいいって魂胆だろうな。ギルを生贄にするとは、ロビン兄さんも大人げない。
ちらっとギルの方に視線を向けると何やら嬉しそうだった。ミケ姉さんの殺人料理の腕を知らないからだろうけど、そのあたりは被害が出ないように私がしっかりと監督せねば!
「なあ、サラ。ミケーレさんが休業するってことは、ロビンさんだけで活動することになるのか?」
「あー、それはどうなのかな……」
「いや、俺はミケと一緒に休む! 男が産休を取って何が悪い!!」
「はいはい、分かったから。ロビンはお父さんになるんでしょ? ちょっと、ギルドに報告しにいかないといけないから、一緒に行こう?」
ギルが何気なく、ロビン兄さんが一人で活動するのだろうかと問いかけたのだが、私はなんとなく嫌な予感が頭の中をよぎった。ちらっとロビン兄さんの方を盗み見ると、案の定自分も休むと言い出した。
えーっと、それはSランク冒険者が二人そろってお休みに入るということ?
妊娠中のミケ姉さんは兎も角として、ロビン兄さんは仕事に駆り出されそうな予感がするんだけれども。
そんなロビン兄さんを後目に、ミケ姉さんは余裕の微笑みでこちらにウィンクをしてロビン兄さんを連れて出かけて行った。
あれ、妊娠初期ってこんなに動いて大丈夫なのだろうか。色々と調べることができたなぁと考えつつ、私とギルは慌ただしく出て行った二人を再び見送ったのだった。
お昼時も過ぎてしまったので、ギルと二人で少し遅めのお昼を食べた。
お昼ご飯は簡単に作れるお野菜と鶏肉ハムとチーズのバゲットサンド。
妊婦さんに食べさせちゃいけない物とかもあるかもしれないから、食事に関することは重点的に調べておかないといけないな。
バゲットサンドを目の前に待て状態だったギルに、お前は犬獣族かと思いつつ食べてもいいよというと、かぶりつくように食べ始めた。ギルの尻尾がものすっごい動きをしているんだけど、これは喜んでいるんでいいのだろうか。
猫科の獣人さんの感情表現も尻尾にも出るのか。そんなことを考えながら、私もバゲットサンドにかぶりついた。
しばらくして、しょぼくれたロビン兄さんと苦笑いをしたミケ姉さんが帰ってきた。
様子を見る限りロビン兄さんのわがままは予想通り受け入れてもらえなかったらしい。ギルと顔を見合わせて笑ってしまった。
「まぁ、ロビンも頻繁に帰ってこられるなら、安心よね」
「本当はずっと居たいんだけどな……」
ただ、この家に居るのが私と妊娠中のミケ姉さんだけになってしまうのを考慮した結果、ロビン兄さんは頻繁に家に帰ってくることができるようになった。
「男手がないと困ることもあるもんねぇ」
「いくらお姉ちゃんが力持ちでも荷物持ちなんか、させられないから仕方ないよね。そのときはお店の人に届けてもらうとかすれば大丈夫かなぁ?」
「男手か……」
頻繁に帰ってこられるとは言っても、普段の買い物での荷物持ちなんかは結構大変だったりする。
あ、そういうのを考えてギルは私のところに声をかけてくれてたのか。本当にありがたいんだけど無償労働をギルに強いている気がして、少しばかり心苦しくもあったりする。
ギルが私を好きだと言ってくれるのはとても嬉しいし、私もギルのことは嫌いではないのだが、ギルと同じ気持ちを返せる自信がないのだった。
そんなことを考えている私をよそに、ロビン兄さんが何か考えるようにギルをにらみつけていた。
「おい、小僧」
「は、はい!!」
「今のお前の冒険者ギルドランクはいくつだ?」
「Dランクです。年齢制限がなければCに上がりそうだって親方が言ってました」
何を聞くのかと思ったらギル自身のことだった。何でそんなことを聞くのだろうと首を傾げていると、ミケ姉さんはロビン兄さんの意図していることに気がついたのか、私のほうを見てニヤニヤしていた。
少しだけいやな予感がした。こんな笑い方をするときって何かを企んでいるに違いない。
「お前はサラが好きか?」
「はい!!! 大好きです!」
「え、ちょっとギル!?」
「強くなりたいか?」
「俺は、勇者よりも、勇者より強くなってサラを守りたい!!」
いきなり何を言うのかと思ったら、よりによってロび兄さんは私の話題を持ち出した。
ちょっと待って!? 私はギルとは友達のつもりで、恋人なんか作る気もないのに。
そんなこともお構いなしに、ロビン兄さんはギルと話を進めている。
「……分かった。俺が帰ってきたときに、鍛えてやる。その代わりに俺が留守の間、サラの雑用をしろ」
「は、はい!!!! ありがとうございます! お兄さん!!」
「俺はお前を弟とは認めていないからな!! 呼ぶならロビンと呼べ!」
「はい!! ロビン師匠!」
ギルが勇者のことを言った瞬間にロビン兄さんがすぅっと目を細め、ギルの発言を反芻するように目を瞑ってギルを鍛えると宣言した。
私はもう何が何やら分からない状態だったが、ひとつだけ分かったことはロビン兄さんがギルのことを認めて弟子として迎えたという事実だけだった。
「サラもいい男に好かれたわねぇ」
「ううう……。どうにか、なりませんか?」
「無理ね。あの子、ロビンの子供の頃にそっくりだもの、こうと決めたら梃子でも動かないわね。それに、サラ。義理とはいえあなたお父さんはあの将軍よ? 絶対に俺より強い奴以外には嫁がせないとか言うに決まってるわ」
流石ミケ姉さん、ロビン兄さんと幼馴染なだけあってよく性格をわかってる。
しかもここにきて、義理の父であるモンターニュ将軍の顔が頭によぎる。初めて会った時からやっと娘が出来たと大喜びをしていたから、マジでミケ姉さんの言う通りになりそうだと思った。
「うう、否定できない」
「それに、あなただってギルのことは嫌いじゃないでしょう?」
「……」
ただただ、嬉しそうな顔のギルを見ているだけ、私も幸せな気分になるのだから、私もギルにおちたのだろう。
ミケ姉さんには暗に往生際が悪いねと言われたけれども、こればかりは私の性格だから素直に認めたくはないのだ。
でも、なんか今更ギルに素直になるのは癪に障るし、もう少しこのままでいたい気持ちもある。
いつかこの光景も日常になるんだろうなと思った初冬の昼下がりだった。




