母と娘
色々考えていたら母に対するわだかまりは残っているけれども、どうしようもない事情があったことは理解できた。
私の表情が軟化したのが分かったのか、アイリッシュさんは二人で話したいこともあるだろうと席を立ち部屋には私と母だけが残された。
「……今は何をしているの? 娼婦ならここに来られないよね?」
「あなたを逃がした後に身請けされてねぇ、ちょっとお年を召した軍人さんの後妻になったのよ」
他愛無い話をしながら、ふとした疑問をぶつけてみた。でも、いまさら『お母さん』と呼ぶのも気が引けた。
そんな私のことを察している母は苦笑いをしながら、今どんな生活を送っているのかを話してくれた。
私を盗賊ギルドの幹部から逃がした後で、母は幹部から裏切り者であると狙われたらしく、そこで助けてくれたのが娼館に通っていた壮年の軍人さんだった。母を助けたのがきっかけで身請けをすることになり、母はその軍人さんの後妻となったのだそう。
事件を解決するまで屋敷から出ることが出来ず、私を探そうにも事件が解決したころには父の商家は潰れており、私は奴隷として売られた後で奴隷商人に売った人物を聞き買ったのが勇者だと分かったらしい。
「もう会えないかと思っていたけれど、商業ギルドの不正の関係で旦那様からあなたの行方が分かったと聞いた時には本当にうれしかったのよ」
「そうなんだ」
「ねえ、サラ。あなたを手放した私が言えることではないけれども、私たちと一緒に暮らさない?」
「……え?」
「やっと、母娘が会うことができたのだもの、私はもう娼婦ではないし旦那様もとてもいい方なのよ? あなたを歓迎したいって言ってくれているの。どうかしら?」
母の提案にすぐに頷くことはできなかった。
私と母は血は繋がっているとは言っても、長い間離れていたため赤の他人と言ってもいい関係だった。それに、母は乗り気でも義理の父である人は、どのような意見を持っているのか私には分からなかった。
年を食っても娼館に通いをしていて、助けた母を身請けして後妻にするくらいだから結構好色なのだろうか。今更娘が増えるとかどうなのかとか、一緒に居ない方が良いんじゃないかなと、色々な思考がぐるぐる廻っていた。
「私がこの街に居られるのは、後3日くらいなの、決断を急ぐようで申し訳ないけれども―――」
「……私、行かない」
「そんな、どうして!? やっと母娘が再開できたのに!」
すぐに母を信用できるかと聞かれると、答えは否だ。私はそれほど簡単に人を信用することはできない。実際、実父にはあまり好かれていなかったから、血縁関係は強固な関係ではないと思っている。
「だから、もっと時間をください」
「え……」
「だからお母さんと私の関係ってほとんど他人と一緒だと思ってる。だって私とお母さんにある繋がりって、単純に血の繋がりでしょう? 単純に血の繋がりがあるから無条件について行くことなんてできないよ。ほら、親なら『知らない人について行っちゃいけません』って子供を叱るでしょう? それと一緒だと思うの」
だから私が出した答えは、時間をかけて信頼関係を作ることだった。
私が言ったことが意外だったのか、母は目を見開いて私を見つめた。
「私、父親の家では正妻や兄弟にいじめられたし、挙句の果てに奴隷にもなったからあまり人を信じられない。再会した母娘なのも理解しているし、お母さんが旦那さんを信じているのも分かっているけど、お母さんにも旦那さんが出来たみたいに、私にも家族がいるの
「……」
「だから、信頼関係から作っていくことが重要だと思うの」
娼婦をしてきた母は普通の人よりも苦労をしてきているのは想像に難くなく、自分で言うのもなんだが世間の荒波に揉まれすぎてひねくれた私の気持ちを分かってくれると思ったのだ。
「……そうね。私も旦那様と一緒になるときはそうだったかも知れないわね……」
「うん」
「私とサラの関係が切れたりしないわよね?」
「うん」
「何度も言うようだけど、やっと会えた娘と仲良く慣れないのはさみしいもの、私もあなたの考えを知りたいし、できることなら普通の母娘みたいな関係になりたい。お友達になるのだって、人となりを良く知ってからだものね、普通の関係を作るにも時間がかかるものね……」
母は少し寂しそうな顔をしたが、私の言いたいことをしっかりとかみ締めて理解してくれた。
私のことをもっと知りたいし、教えたいことも色々あると母は言った。お互いに住む国も違うし、一緒にいられないのならば文通から始めようということになった。
すっかりお世話になったアイリッシュさんに二人でお礼を言い、私たちは商業ギルドを後にした。
商店の並ぶ大通りを、母と二人で並んで歩くのはなんだか不思議な感じがした。
「お母さんは何処に泊まっているの? 旦那さんも一緒?」
「ええ、冒険者ギルドの隣の大きい宿屋に泊まっているのよ。うちの人はこの町に知り合いがいるみたいでね、その人たちに会いに行くそうなのよ」
「軍人さんなんだっけ?」
「そうよ。前妻さんの間には男の子しか生まれなかったから、あなたの話をしたら娘が増えるって楽しみにしていたから、出来ればあってくれないかしら?」
そんなことを言われても、知らない男の人と会うのはかなり勇気が必要なのだが……。
どう断ろうと考えあぐねていると、ロビン兄さんとミケ姉さんが熊のような大男と一緒に歩いてくるのが見えた。ミケ姉さんが私の姿を見つけたようで、こちらに向かって小走りで寄ってきた。
「サラ、こちらの女性は……」
「うん、私のお母さんだよ。私に会いに来たんだって」
「娘が大変お世話になりまして……」
二人に母のことを紹介すると、二人ともすごく驚いたようだった。
そりゃそうだよね、私が覚えている母は娼婦だったし、面倒を見てもらった覚えもないと二人には話したことがあったから、いつの間に和解しているのだろうかと不思議に思うだろう。実際、ロビン兄さんは驚いて声も出ないようだった。
「そういえば、お姉ちゃん。今日はゆっくりするんじゃなかったの?」
「うん、そのつもりだったんだけど、騎士団時代の上司が急に訪ねてくるんだもん、そんな暇なくなっちゃった」
「何でも奥方と一緒にこちらに旅行に来たらしい。俺達に妹が出来たと話したら、会って見たいって言い出してな……」
母から視線を離さない姉さんに、話題を変えるためにどうしてここにいるのかと聞いてみた。ロビン兄さんの隣にいる大男が私を凝視してくるので大変居心地が悪かったのだ。
ミケ姉さんの話だとロビン兄さんの後ろにいる大男は、姉さんたちが騎士団にいたときの上司だそうで、初老くらいなのに筋骨隆々としていて軍人としてもまだまだ現役そうな人だった。
奥さんと一緒に来たとか、どこかで聞いた話だと思って母の方に視線を向けると、母はおじさんに視線を向けてにこりと微笑んだ。
「何故ここに、ソフィアがいる?」
「宿を出るときに、娘に会いに行くと言ったではありませんか」
「おお、そうだったな! この娘がソフィアの子か! いやはや、巡り巡ってワシの部下の妹になっているとは驚いた!」
人通りが多い道をSランク冒険者と絶世の美女と大男が話し込んでいるのは目立つことこの上なかった。ロビン兄さんたちのファンらしき人たちが興味深そうに視線を送ってきており、私たちは近くの酒場に場所を移すことにしたのだった。
酒場ではロビン兄さんが気を使ってくれて店主に話を付けて個室に通してもらい、腰を据えて話すことになった。
まず、母の旦那さん。この場合義理の父と言った方が良いのだろうか。
ロビン兄さんたちの上司というのは先ほど話を聞いたのでわかっていた、元モンターニュ伯爵の当主で騎士団での役職は将軍だった。爵位は既に前妻さんとの間に生まれた息子さんに譲っているので、現状は将軍という肩書を持っている爺だと言われたが、母が予想外の大物を釣り上げた事実に驚いた。
ミケ姉さんは母とモンターニュ将軍のなれ初めを知りたがり、娼館通いをして助けたことがきっかけと知って微妙な顔をしていた。
うん、母から聞いていた私も微妙な顔になった。出会いが娼館とかどんだけ……。母が娼婦だったから仕方ないと言えばそうなるが、助けた娼婦を気に入って後妻にしてしまうのだから懐が広いというかなんというか……。多分、息子さんも呆れているんじゃないのだろうか。
そんなこんなで、積もる話もそこそこに私たちは二人と別れて家路についた。思いもよらぬ人と縁が続いたことで色々と考えることが多い一日だった。
家に帰った後で兄さんたちからモンターニュ将軍の話を聞くと、私が思っていた以上の破天荒な人でロビン兄さんと同世代の息子さんがものすごく苦労をしているらしい。
あとは、娘を欲しいと言っていたことも事実だったようで、引き取るとか言い出しかねないねという話が出て私は内心ガクブル状態になっている。
母との再会はお互いにまだわだかまりがあるし、再開したばかりの親子関係であるが、これからもっとお互いを知っていければいいなと思う今日この頃。
モンターニュ将軍が騎士団を辞したころに、私を一緒に暮らしたいとごねそうだと、ロビン兄さんたちがぼやいたのを私は聞き流すことにしたのだった。




