第24話 今年は祭りができる
四月上旬、村は水神祭の準備で活気づいていた。
浜では祭りの舞台が組まれ、港では船に飾りが取り付けられる。子供たちが太鼓の練習をし、女たちが供物の準備に追われている。
「そっちの柱、もっと右だ!」
浜の真ん中で、カメキチが大声を張り上げていた。年の頃は四十半ば。丸顔で、普段はのんびりとした笑顔を絶やさない男だ。だが、祭りのことになると人が変わる。
「飾り縄の結び方が甘い。やり直しだ。祭りの舞台は、海の神様に顔向けできるものでなきゃいけねえ」
「カメキチさん、この飾りはどうだ」
「うむ、上出来だ。だが、あそこの幟の位置がずれてる。半尺、右へ」
カメキチは、てきぱきと指示を飛ばす。その姿を見ていたデンジが、カイに耳打ちした。
「ああ見えて、あの男、祭りの年番は3回目だ。段取りの鬼でな。あの男が年番の年は、祭りが絶対に成功するって言われてる」
「なるほど。頼りになる年番さんなんですね」
カイは感心してカメキチを見た。
「年番ってのは、1年で必ず返す席でな。今年が終われば、あの男も次の者に席を渡す。返すって分かってるから、全力でやるんだろうよ」
「おう、灯台守さん。あんたも祭りには参加してくれよ。合図灯の点呼がある。灯台の灯と、船の灯と、浜の篝火。それの段取りを、あんたにも手伝ってもらいたい」
カメキチが、カイに声をかけてきた。
「合図灯の点呼、ですか」
「ああ。祭りの夜、灯台の灯を合図に、船団が一斉に灯を点す。その点呼のリハーサルを今日やる。あんたには、灯台の明滅をいつも通りに維持してもらいたい」
「分かりました。いつでもどうぞ」
カイは灯台を見上げた。祭りの夜、あの灯が合図になる。村の営みの中心に、灯台の光がある。それが嬉しかった。
* * *
夕方、港で船団編成のリハーサルが行われた。
ユウサクという若い漁師が、船団の編成を取り仕切っていた。まだ二十代半ばだが、船の操舵に長けていて、若い衆からの信頼が厚い。
「祭りの夜は、船を3列に並べて沖に浮かぶ。先頭はデンジさんの船、次に俺の船、それから若い衆の船。合図灯が点いたら、一斉に漕ぎ出す」
ユウサクは、砂浜に船の配置を棒で描きながら説明した。
「灯台の明滅が3回、短く点いたら点灯の合図だ。それに合わせて、各船が持ってる灯を点す。間違えると、海の上がぐちゃぐちゃになる。絶対に、合図を守れ」
「合図は、灯台の明滅だけか」
「いや、浜の篝火も同時に点く。灯台の灯と浜の火、それから船の灯が、海の上で一つの輪になる。それが、水神祭の一番の見せ場だ」
ユウサクは、カイの方を向いた。
「灯台守さん。祭りの夜、灯台の明滅を3回、短く点してくれますか。あんたの灯が、祭りの始まりの合図です」
「分かりました。任せてください」
カイは深く頷いた。
「灯台の灯が、祭りの始まりを告げる。あんたが来てから、この村は本当に変わった」
ユウサクが、しみじみと言った。
「あの灯がなかった冬を、俺たちはよく耐えた。今はあんたがいる。それだけで、祭りができる。ありがとう、灯台守さん」
カイは照れくさそうに笑った。
「私は、ただの代行です。祭りができるのは、村の皆さんがいるからです」
「謙遜するなよ。あんたの灯が、この村の営みを支えてる。それは、皆が知ってる」
ユウサクは、そう言って船の配置図を手に取った。
「さあ、リハーサルを始めるぞ。全員、配置につけ!」
港に、若い漁師たちの声が響く。祭りの準備が、着々と進んでいく。
* * *
夜、カイは灯台の上から、浜の篝火のリハーサルを見ていた。
浜では、カメキチの指示で篝火が点され、ユウサクの指揮で船の灯が並んでいく。灯台の明滅が海を照らしては消える。その光に合わせて、浜の火と船の灯がゆっくりと呼吸している。
点呼のリハーサルが始まった。カイが合図の明滅を3回、短く切る。浜の篝火が大きく燃え上がり、沖の船の灯が、順に、順に点っていく。一艘だけ遅れて、浜に笑いがこぼれた。
「本番でそれをやるなよ!」
カメキチの怒鳴り声が、波の音を越えて灯室まで届いた。ユウサクの笑い声も聞こえる。だが、灯は確かに一つの輪になっていた。灯台の灯と、浜の火と、船の灯。欠けたところのない、丸い輪だった。
「祭りが成立するってことは、席が埋まっていることの証明だ」
番屋の前で、ゴヘイが村人たちに話しているのが聞こえた。
「この村の祭りは、村のすべての席が揃っていなければ、本当の意味で成立しない。漁の席、網の席、塩の席、船の席。そして、灯台の席。そのすべてが揃って、初めて水神祭は海の神様に届く」
村人たちは、ゴヘイの言葉に耳を傾けていた。
「今、灯台の席には仮の代行が座っている。正式な席は、まだ空いたままだ。だが、あの灯は確かに点いている。営みは回っている。祭りは、できる」
ゴヘイは灯台を見上げた。
「正式な席が埋まるのは、これからだ。だが今は、あの灯を信じる。あの灯と一緒に、祭りを作る。それが、今のこの村の在り方だ」
「今年は祭りができる」
村人の誰かが、ぽつりと言った。その声に、周りの村人たちが頷き合う。
(祭りが成立すること。それが、席が埋まっていることの証明。村人たちは、そう解釈し始めている。正式な席は空いたまま。でも、灯は点いている。営みは回っている)
カイはランプの光を見つめた。明滅が海を照らしては消える。浜の篝火と船の灯が、その光に応えるように瞬いている。




