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空席代行者 〜勇者の席が空いているので、代わりに座っています〜  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第20話 見覚えのある字

 寄り合いの翌日の夕方、デンジがツギの小屋に文を届けた。


「灯台守さん、見張りの村からだ。サキチのじいさんの文だそうだ。港に来た船の者が預かってきた」


 デンジは笑った。


「船の者の話じゃ、じいさん、小屋に戻って若い衆を叱り飛ばしとるらしい。あの調子なら、もう大丈夫だ」


 カイは礼を言って受け取った。小屋の灯りの下で封を開けると、中から便箋と小さな包みが出てきた。包みを開くと、乾いた茶葉の匂いがふわりと広がる。山の茶だ。


 便箋には震えの残る筆で、こう書かれていた。


「灯台守どの。わしは、まだ生きておる。体もだいぶ良くなった。おかげで見張り小屋に戻って、毎日、海を見ておる。まだ鐘を打つ力は戻らんが、目と耳は衰えとらん。あんたが書いた日誌を、毎晩、読み返しておる。あの記録のおかげで、村の若い衆が見張りの意味を分かり始めた。ありがとう。茶葉を送る。夜の見張りに飲むと、目が冴える。また会おう」


 カイは文を読み終えてそっと畳んだ。


(「また会おう」という一文が、胸の奥に温かく残った。座って、務めて、去る。それが代行の仕事のはずなのに、あの老人は「また」と書いた)


「サキチさん、元気そうで良かったです」


 ツギが茶を淹れながら言った。


「あの老人は、しぶとい。病気ごときで死にはせんよ」


「そうですね。また会えるといいんですが」


「あんたは、あちこちで人に好かれる。見張りの村の連中も、あんたのことをすっかり気に入ったんだろう」


 ツギは茶器を置いてカイの顔を見た。


「水神祭が終わったら、また顔を出してやれ。あの村も、あんたを待っている」


「水神祭、ですか」


「ああ。春の海開きの祭りだ。今年の年番は、カメキチという男だ。気のいい男だが、祭りのことになると人が変わる。年番は1年で必ず返す席だ。祭りが済めば、あの男もただの漁師に戻る」


 ツギは湯気の立つ茶を、カイの前に置いた。


「祭りの日は、浜全体が年番の采配で動く。神輿の順路も、船の並びもだ。今年はあの男、張り切っておるそうだ。冬の間から、もう段取りを書きつけて歩いておる」


 ツギは遠くを見るように言った。


「祭りが終われば、この村も本格的に春だ。後継の話も、その時にまた動く。それまでは、あんたもゆっくりしていきな」


 カイは黙って頷いた。ツギがサキチの茶葉を少し取り分け、カイの前に置く。


「今夜、点灯の前に淹れて持っていきます。目が冴えるそうですから」


「あの老人の言うことだ。効き目は折り紙付きだろうよ」


 カイは淹れたての茶を一口飲んだ。山の茶は少し苦く、目が覚める味がした。


* * *


 数日後の昼下がり。カイが灯台から小屋に戻ると、ツギは炉辺で一通の紙を見つめていた。炉の火は小さくなり、炭の爆ぜる音だけがときどき響く。カイの手には、灯室の油の匂いがまだ残る。


 港に来た行商人が置いていった、空位の回覧の走り書きだという。古い紙に、細い筆で文字がびっしりと書かれている。ツギの膝の横には、棚から下ろしたジンペイの灯台日誌が開かれていた。


 ツギは走り書きと日誌を交互に見比べている。その指がある行の上で止まった。日誌の頁を戻し、もう一度、走り書きの同じ辺りをなぞる。


 やがてツギは何も言わずに日誌を閉じ、棚に戻した。


「ツギさん。どうかしましたか」


「なんでもない。空位の回覧だ。隣の隣の集落の管理人から回ってきた。見張りの席の空位が、どう動いたかの報告だよ。こういう走り書きが集落から集落へ回って、海の村々の席の空きを皆に知らせる。あんたも、読んでおきな」


 ツギは走り書きをカイに渡した。


 カイは紙を受け取った。古い紙の手触り。墨と古紙の匂いが、鼻の奥に残る。細い筆の文字を目で追う。


 書き出しには日付と集落の名、その下に席の名と状態が、決まった順で並んでいる。空位の状況、代行の出入り、席の異変、備品の状態。誰が入り、誰が去り、何日で営みが戻ったか。簡潔だが必要なことはすべて書かれている。余計な言葉は、ひとつもない。


(この書き方、どこかで)


 カイははっとした。読み進める指が、紙の上で止まる。


 見覚えがある。文の半ばで字が少し小さくなる癖。行の終わりを、ほんの僅か跳ねさせる癖。この行間の取り方。どこかで見た。つい最近、いや、もっと前から。毎日のように目にしている文字。


(灯台日誌の、先代の文字に似ている。いや、似ているんじゃない。まるで、同じ手が書いたみたいだ)


 カイは首を振った。


「どうした」


「いえ、何でもありません。字がきれいだと思いまして」


「ああ。空位の回覧は、昔から字の上手い者が書く。わしみたいな婆さんが書くもんじゃない」


 ツギは何気なく言った。


 カイはもう一度、走り書きを見た。やはり見覚えがある。しかし、それが何の記憶なのか、どこで見たものなのか、はっきりしない。霧の向こうに光を見るような、曖昧な感覚だった。


(気のせいだ。私はジンペイさんの日誌を毎日読んでいる。だから、あの文字が目に染みついている。それだけだ)


 カイは走り書きを畳んでツギに返した。

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