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第三十一章 四人でいるのに、三人の話

 クリスマスに四人で集まろうと言ったのは、私だった。

 言ったあとで、自分でも驚いた。

 四月の私なら、恋人ができたことだけで、何日も落ち着かなかったはずだ。

 六月の私なら、二人を同じ場所へ呼ぶことを、できるだけ避けようとしたと思う。

 今は、三人に会いたい。誰かを選べないからというだけでなく、一人ずつの誕生日に二人きりで過ごしてきたからこそ、そう思えた。

 三重奏では三人になる。

 ソロを聴くときには、客席と舞台に分かれる。

 そのどれとも違う時間を、四人で持ってみたかった。

 「先輩の家ですか」

 陽菜が聞いた。

 私は頷いた。

 「お母さんに聞いたら、午後なら、居間を使っていいって」

 返事がない。利香先輩だけでなく、鞄を持ちかけた茜までこちらを見ていると、自分の言ったことが急に大胆に思えてくる。

 「嫌だった?」

 三人が、ほとんど同時に首を振った。

 その反応が揃いすぎて、私は少しだけ後ずさった。

 陽菜が、真剣な顔で言った。

 「行きます」

 利香先輩も、笑顔で頷いた。

 「私も」

 茜は一拍遅れて、私もです、と言った。

 私はほっとした。

 ほっとしたあとで、今度は、家のどこを片づければいいのか分からなくなった。


 当日の朝、私は居間の棚にある写真を見つめていた。

 小学生の私が、鍵盤の前に座っている。

 別の写真では、夏祭りで何かをこぼしかけている。

 どちらも、いつも家族が見ているものだった。

 今日だけ隠すのは、不自然かもしれない。

 でも、三人に見られることを考えると、急に自分の家が、自分の知らない情報でいっぱいになった気がした。

 母が、台所から顔を出した。

 「どうしたの。そこ、さっきも拭いてたよ」

 「埃が、気になって」

 私は布を持ち直した。

 母は不思議そうにしたあと、人数分の皿を出してくれた。

 「お友達、三人だよね」

 「うん」

 「いつも一緒に吹いてる子たち?」

 私は少し迷った。

 「二人は。もう一人は、ファゴットで、ソロに出てる後輩」

 「そう。今日は楽器、持ってこないのね」

 私は頷いた。

 今日は、誰のケースも、玄関に並ばない。

 そのことが、少し新鮮だった。

 母は別の部屋で仕事をするから、何かあったら呼んで、と言った。

 お礼を言って棚へ目を戻すと、写真の中の小さい私がいる。この子まで今日だけ隠すことはないか、と、伸ばしかけた手を引っ込める。


 最初に来たのは陽菜だった。

 呼び鈴の音がして、玄関を開けると、両手に袋を持っていた。

 「こんにちは」

 「こんにちは。そんなに、何を」

 「分担したものです」

 確かに、飲み物と飾り用のものを頼んでいた。

 でも袋の大きさは、私の想像の一段上だった。

 母が出てきて、陽菜と挨拶をした。

 「宮坂陽菜です。今日はお邪魔します」

 陽菜はいつもより少し高い声で、丁寧に頭を下げた。

 私の家へ上がるときだけ、靴を揃える手つきが妙に慎重だった。

 母が台所へ戻ってから居間へ案内すると、陽菜は一度、部屋全体を見回した。

 棚の写真で、視線が止まる。

 私は、やっぱり隠せばよかったかもしれないと思った。

 陽菜がこちらを見た。

 「ひかりさん、これ」

 「小学生のとき」

 「見ればわかる」

 「じゃあ、何?」

 陽菜は写真の前へ寄った。

 しばらく見てから、私を振り向いた。

 「かわいい」

 予想した言葉を、それ以上に真面目な声で言われ、私は飲み物を冷やすと言って袋を預かる。

 冷蔵庫の前で頬の熱を冷ましていると、利香先輩と茜が一緒に来た。

 途中の店の前で会ったらしい。

 先輩は小さな花の入った包みを、茜はケーキの材料を持っていた。

 「同じ部の高瀬利香先輩と、一年生の小宮茜さん」

 私が紹介すると、二人はそれぞれ頭を下げた。

 母は名前を確かめ、それから、どうぞゆっくり、と言って仕事の部屋へ戻った。

 居間へ入った先輩は、陽菜と同じ場所で足を止めた。

 茜も、その横から写真を覗く。

 私は台所から、三人の背中を見た。

 「それ、もう、いいでしょう」

 私が言うと、陽菜が振り向いた。

 「まだ、二人は見てません」

 「見なくても大丈夫なものだから」

 利香先輩が、笑いながら言う。

 「今のひかりと、同じ顔してる」

 「そんなこと、ないです」

 茜が静かに頷いた。

 「ちょっと困ってるときの顔、同じです」

 私は、三対一はよくないと思った。

 その人数を自分で集めたことは、考えないようにした。


 ケーキは、四人で飾ることになっていた。

 最初から焼く時間はないので、用意したスポンジにクリームを塗り、果物を乗せる。

 私がそれを提案したとき、陽菜はすぐに賛成した。

 今、その陽菜が、台所で一番真剣な顔をしていた。

 「先輩、そこ、まだ触らないでください」

 「触ってないよ」

 「触ろうとした顔です」

 「顔で決めないで」

 茜が横で笑った。

 陽菜は、そっちも苺を食べない、と言った。

 茜が手を止める。

 「切ったのが、少し余ったから」

 「余ったかどうかは、乗せてから決める」

 利香先輩は、二人の間へ皿を置いた。

 「切れ端は、ここにしましょう。あとで食べればいいから」

 大人びた声で言った先輩も、少しすると切れ端を一つ取っている。目が合えば、内緒ね、と声を出さずに頼まれてしまう。先輩はうまく隠せたのに、笑いをこらえる私は陽菜に見つかってしまった。

 「二人で何してるんですか」

 「何も」

 先輩と声が重なった私へ、茜が分かりやすすぎますと呟く。

 クリームは思ったほど平らにならず、へらを一度入れるだけで、綺麗になった面に筋がついてしまった。

 陽菜が修正する。

 その修正の先で、別のところが少し盛り上がる。

 私は、やっぱり難しいね、と言った。

 陽菜は、まだ直せます、と答えた。

 利香先輩が時計を見た。

 「これ、完成するまで食べられないの?」

 「完成します」

 陽菜は言い切った。

 茜が、切った苺を一つ、盛り上がったところへ置いた。

 陽菜が振り向く。

 「ちょっと」

 「隠れた」

 平然と言う茜の手元を見れば、確かに気にならない。陽菜も少し考えて、じゃあ反対側にも、と果物を足していく。四人で飾るうち、均等に置くはずのケーキはすっかり賑やかになり、最後には空いた場所を探す方が難しい。

 最後に私が置いたチョコレートの飾りは、真ん中で少し傾いてしまう。直そうとする茜を、先輩の、それはそれでかわいい、という声が止め、陽菜もようやく、今日はこれで、と頷く。

 完成、と言えば、三人が笑ってくれる。学校の合奏とは違う、四人で作ったものが、テーブルの真ん中にある。


 次の小さな問題は席決めだ。四角いテーブルへ座った私の左に陽菜が来て、右へ先輩が座ろうとしたところで、茜がその椅子へ手を掛けた。

 二人が顔を見合わせる。

 私は、何か言わなければ、と思った。

 その前に茜が、正面へ移った。

 「ここなら、顔、見えますから」

 陽菜が一瞬だけ考えた。

 利香先輩も、少し考えた。

 私は、席の価値をそういう方法で計算しないでほしいと思った。

 「途中で、替わってもいいよ」

 私が言うと、陽菜は、先輩が動くんですか、と聞いた。

 「私だけ動いたら、何か変かな」

 「回転する先輩」

 茜の呟きに先輩が笑い、私もつられる。それで席の話は収まり、飲み物を注いで、小さく乾杯した。

 メリークリスマス。

 重なった四人の声に、胸が温かくなる。

 誰かを不安にさせまいと何かを隠すように予定を考えてばかりいたけれど、今日は三人に来てほしくて、自分の家へ呼んだ。

 それだけのことが、ちゃんと嬉しい。


 初めは次々に話題が変わる。陽菜が遊園地の輪投げで二度外した話を始めると、私が一度で景品をもらったことに、茜が意外そうに笑った。

 最後の一つだけだよと訂正する私の横で、先輩はそのあひるの顔を見たがっている。

 携帯を出した陽菜の指が、写真立ての写った画面でためらう。それでも次の写真へ送らず、みんなの方へ向けてくれる。

 利香先輩が、いい顔してるね、と言った。

 あひるのことか、写真の中の私たちのことか、聞き返せなかった。

 茜は、マフラーの端へ少し触れた。

 室内なので、椅子の背に掛けてある。

 私はその動きに気づいた。

 利香先輩の鞄からは、青灰色の本の角が少し見えていた。

 それぞれに渡したものが、今日は同じ部屋にある。

 私はそのことが嬉しくて、少し恥ずかしかった。

 茜との地図の話になると、陽菜が、昔からそうだった、と頷いた。

 「帰り道、こっちから行こうって、急に曲がるんです。近道だと思ってついていくと、遠回り」

 「近道とは言ってない」

 茜が答える。

 「そういう顔してた」

 「また顔」

 私は笑った。

 利香先輩が、茜ちゃんに案内してもらうときは時間に余裕がいるのね、と言う。

 少し考えてから認める茜の真面目な顔に、四人とも笑ってしまう。

 ケーキを切るときには、落ちた果物を陽菜が受け止め、茜が皿を寄せる間に先輩がクリームを拭いた。私はナイフを持ったまま、三人の手際に見入る。

 部活ではないところでも、案外、うまく合う。

 そう言うと、陽菜が少し得意そうにした。

 「先輩の補助には、慣れてますから」

 補助される前提なのが、少し気になった。

 でもケーキは、四つとも無事に皿へ乗った。


 三重奏の話が始まったのは、何でもないやりとりからだった。

 陽菜がケーキを切る速さを見て、利香先輩が、さっきの曲の入りくらい迷いがない、と言う。あれは利香先輩が遅れたんです、と返され、私も、二人とも私を見ていたでしょう、と口を挟む。

 最初は茜も笑っていて、そのまま三人で地区大会前の練習を振り返った。

 先生に録音を聴かされたこと。

 目が合った回数を数えるなと言ったこと。

 二人だけで吹いたら、私が黙って見すぎて、何か言ってと言われたこと。

 「あそこ、今度は、もう少し前からつなげたいです」

 陽菜が言った。

 利香先輩が頷いた。

 「入りだけだと、どうしても合わせた感じになるね」

 私はフォークを置き、指でテーブルの端を軽くたたいた。

 「ここからなら、息が続くと思う」

 陽菜が短く旋律を口にすると、先輩は説明を待たずに続きを足す。私もその下の動きを思い出し、三人で笑った。

 茜の笑い声は、一拍遅れて聞こえる。

 最初はその遅れに気づかず、二度目もケーキを食べているせいだと思った。

 三度目には、皿はもう空っぽだ。私は言いかけたことを飲み込む。

 「茜、次のソロの合わせ、いつ?」

 聞くと、茜は顔を上げた。

 「年内に、もう一回あります」

 「安田さんと?」

 「はい。岸先生にも、その前に聴いてもらいます」

 私は頷いた。

 茜は少し笑った。

 「今度は、ちゃんと寝てます」

 陽菜が、当たり前、と言った。

 利香先輩も、よかった、と頷いた。

 そこから少し、茜の曲の話をした。

 最近、吹けるようになった場所。

 前は急いでいたけれど、今は少し待てるようになったこと。

 茜は、ちゃんと話してくれた。

 でも私は、話題を変えたことで、何かを取り繕ったような気持ちになった。

 茜も、そのことに気づいているように見えた。


 お茶を入れ直しに立つと、別の部屋から出てきた母が、空いた皿を見て楽しそうねと言う。

 頷いたのは、本当に楽しいからだ。その楽しさに紛れて、小さな見落としをしているのが難しい。

 何も聞かずに追加の皿を出してくれた母へ礼を言い、私は居間へ戻った。

 戻った部屋では、陽菜と先輩が飾りの紙を片づけている。茜の鞄はもう閉じられ、椅子の背にあったマフラーまで膝の上に畳まれていた。時計を見る。帰るには、まだ早い。

 「もう、支度したの?」

 私が聞くと、茜は頷いた。

 「忘れ物しないうちに」

 いつも楽器を丁寧に片づける茜なら、不自然な答えではない。それでも今日は遠くへ行く準備のように見え、私はお茶を置いた。

 三人へ配る。

 ありがとうございます、と受け取る茜の声は普通なのに、普通にしようとする力まで聞こえた気がする。

 四人の写真を母に頼めば、携帯を持って快く引き受けてくれる。隣の席でまた揉めかけたので私が端へ行こうとすると、三人に止められてしまい、結局は私と茜が座り、二人には後ろへ立ってもらうことになる。

 母が、もう少し近く、と言う。

 陽菜がすぐ寄り、先輩が笑うと、茜も少し肩を近づける。撮影の音がして、四人一緒の写真ができたのが嬉しかった。

 茜も笑っている。ただ、膝のマフラーは畳まれたままだ。


 帰る時刻になると、陽菜が袋を持って立ち上がった。

 家でも夕食の準備を手伝う約束があるらしい。

 利香先輩も、駅へ寄ってから帰ると言った。

 茜がマフラーを巻いた。

 私はその前へ行った。

 「茜、少しだけ、残ってもらっていい?」

 茜の手が止まった。

 陽菜が私を見る。

 利香先輩も見た。

 私は、曖昧に笑わなかった。

 「話したいことがあるから」

 茜は少し迷い、それから頷いた。

 「少しなら」

 陽菜は何か言いかけた。

 でも、茜の顔を見て、言葉を変えた。

 「遅くならないでよ。寒いから」

 茜が頷く。

 利香先輩は、今日はありがとう、と私に言った。

 私は二人を玄関まで送った。

 母にも挨拶して、二人が靴を履く。

 陽菜は最後に、小さな声で言った。

 「私にも、また会ってくださいね」

 私は頷いた。

 「うん。もちろん」

 先輩も、私の手に一度だけ触れた。

 またね。

 そう言って、二人は帰った。

 玄関の扉が閉まると、居間へ戻る足音がよく聞こえる。茜はまだ鞄を持って立っていて、私が前に来ても、帰り支度を解こうとしない。

 「座ろう」

 茜はゆっくり、椅子へ戻った。


 「さっき、三重奏の話ばかりして、ごめん」

 私は言った。

 茜は首を振った。

 「別に、話していいです」

 「うん。でも、茜が分からないところを、説明しないまま、ずっと喋ってた」

 茜は、鞄の持ち手を握った。

 「先輩たちの曲だから」

 その言い方が、少しだけ寂しかった。

 私は隣の椅子へ座った。

 「楽しくなかった?」

 聞いてから、答えにくい質問だと思った。

 茜は少し考え、首を振った。

 「楽しかったです」

 私は頷いた。

 「ケーキ、みんなで作ったのも。先輩の写真見たのも」

 最後のところで、少しだけ笑った。

 私も笑った。

 そのあと、茜は目を伏せた。

 「でも、三人で話してるとき、私、何をしてたらいいか分からなくなりました」

 私は黙って聞いた。

 「聞いてればいいのは、分かるんです。私も、陽菜と中学の話するし。先輩が知らない話、してるから」

 茜は、言葉を一つずつ確かめた。

 「でも、三重奏は、今の話だから」

 今、と言われて、さっき自分たちが笑った旋律を思い出す。昔話なら聞かせることもできるけれど、あの曲は明日も三人で練習する。そのあいだ、茜は別の場所で自分の楽器を吹くのだ。

 「曲に、ファゴットを足してほしいわけじゃないです」

 茜が言った。

 私は顔を上げた。

 「この曲は、あの三人だから、いいんだと思う。地区でも、そう思いました」

 私は頷いた。

 そこを無理に変えれば、茜の寂しさがなくなるわけではない。

 茜自身が、音楽をそんなふうに扱いたいわけでもなかった。

 「それでも、ちょっと、羨ましい」

 茜は言った。

 「先輩が、何も迷わずに二人と話してるから」

 私だって迷ってばかりだ、と言いかけてやめる。演奏中の迷いも、恋人に何を言えばいいか分からない気持ちも、今の茜への返事にはならない。説明なしで通じる言葉を、私たちは茜の前で楽しんでいた。

 「私も、茜と陽菜が昔の話をしてると、羨ましいときある」

 私は言った。

 茜がこちらを見る。

 「うん。でも、それとは、少し違うって、今、分かった」

 茜の手が、少し緩んだ。

 私は続けた。

 「同じ気持ちだって、簡単には言えないけど。茜が今日、寂しかったのは、ちゃんと聞いた」

 茜は唇を結び、ゆっくり頷いた。

 「……はい」

 私はその返事を待ってから、少し笑った。

 「次に三重奏の話をするとき、今どこの話をしてるか、ちゃんと説明する。茜の音の話も、もっと聞きたい」

 茜は、無理に全部聞かなくていいです、と言った。

 私は首を振った。

 「聞きたいから、聞く」

 その言葉に、茜は目を逸らした。

 頬が、少し赤くなっていた。


 私は、居間の時計を見た。

 遅くなりすぎる前に、駅まで送ろうと思った。

 茜へそう言うと、本人は少し驚いた。

 「玄関で、大丈夫です」

 「歩きたい」

 それ以上は断られなかったので、母に少し送ってくると伝え、コートを着た。

 外はもう夕方の色。茜が口元まで引き上げるマフラーには、私の選んだ緑が、薄暗い道でもよく見える。

 並んで歩くと、向かい合っていた家の中より言葉を探しやすい。茜の手に触れても、顔までは見られず、前を向いたまま少し握る。同じくらいの力が返ってきて、次の一歩を一緒に踏み出す。

 「一月の大会、聴きに行くね」

 私が言うと、茜は一度、足元を見た。

 「県大会の前ですよね。先輩たちも、忙しいんじゃ」

 「日、空けてある」

 私は答えた。

 「三重奏の練習も、そこを避けて決めるって、二人と話してる」

 茜は黙った。

 私は言い足した。

 「二人が譲ってくれたから行くんじゃなくて、私が、茜を聴きたいから」

 茜にだけでなく、自分にも伝えたい言葉だった。誰かに許してもらった時間として渡すのでなく、自分で選んで空けてきたのだから。

 茜が、少し笑う。

 「じゃあ、ちゃんと吹かないと」

 私はその言い方に、わずかに胸が緊張した。

 茜も気づいたらしい。

 すぐに首を振った。

 「倒れるまでやるって意味じゃないです」

 私は息を吐いた。

 茜は続けた。

 「今度は、最初から最後まで、自分でちゃんと聴いて吹きたい。県のとき、覚えてないところもあるので」

 私は頷いた。

 それは、次へ進む人の言葉だった。

 私と付き合う権利を得るためだけに、無理をする声ではなかった。

 「楽しみにしてる」

 私は言った。

 「元気な、茜の音」

 茜が、はい、と答えた。

 その声は、冬の空気の中でも、しっかり聞こえた。

 歩道を曲がったところで、茜が繋いだ手を引く。

 「今度は、もっと早く、先輩に甘えに行きます」

 「練習で、困ったとき?」

 「困ってなくても。今日みたいに、もう少しくっつきたいときも」

 返事をする前に、肩へ頬が寄せられた。私は歩くのをやめ、少しだけ茜の方へ身体を向ける。

 「今も?」

 「はい。言った方が、早いので」

 抱き寄せると、茜の腕がためらわず背中へ回る。頼み方を教えてもらっているのは、私の方かもしれなかった。


 駅の近くで、茜が少し歩く速度を落とした。

 私は合わせた。

 手は、まだつないでいた。

 「今日、残ってって言ってくれて、嬉しかったです」

 茜が言う。

 私は横を見た。

 「そのまま帰ってたら、たぶん、家で変なこと考えてたので」

 「変なこと?」

 「先輩、三人でいる方が楽しかったのかな、とか」

 首を振ると、茜が、それは今分かったから、と応える。伝わったことが嬉しくて、私は手を握り直した。

 「四人で会えて、嬉しかったよ」

 そう言うと、茜は小さく頷いた。

 「私も」

 改札の前で手を離すと、茜が携帯を取り出して見せてくれる。

 さっき送った四人の写真を、もう保存してあった。

 「これ、好きです」

 茜が言った。

 私は画面を覗いた。

 四人とも、少しずつ違う顔で笑っていた。

 今日、寂しい時間があったことは、この写真を嫌いになる理由にはならない。

 そのことを、茜が教えてくれた気がした。

 「私も、好き」

 答えると、茜は画面をしまい、照れたように手を振る。その姿が人の間へ入るまで見送って、家へ戻った。

 居間に残る皿を洗おうとする母へ、私がやるよ、と声を掛ける。

 水を流し、四人分の皿を洗う。

 クリームの跡が落ちて、皿が白くなる。

 今日の楽しさも、寂しさも、全部なくなってしまうわけではなかった。

 次に会うとき、私がもう少し気づけることがある。

 それだけでも、四人で集まってよかったと思える。

 最後の皿を拭いて携帯を開くと、陽菜からは写真を待ち受けにしてもいいかという連絡、利香先輩からは、また四人で集まりたいね、という言葉が届いていた。

 二人に返事をしてから、もう一度写真を開く。

 三人の恋人がいる。

 でも、私を入れたら、四人になる。

 海香先輩の相談のとき、聡美先輩が直してくれた数だった。

 その数え方を、私は今日、少しだけ、自分のものにできた気がした。

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