1-8 『二割のパズル』
廃ビル――正確には、廃ビルを模した『かくれんぼ大会専用マップ』の1階から6階、その端から端まで余すことなく、緋凍羅蓮が生み出した炎の海に包まれる。
激しく燃え盛るそれは、圧倒的な熱を以て全てを焼き尽く――さない。そんなことは決してない。
「傷害行為の禁止……もっとも、そんなルールが無くとも傷つけたりなどせん」
そう、この炎は見た目にそぐわず、一切の熱エネルギーを持たない。パチパチという燃焼音と、不快感が軽減された焦げ付く匂いが漂う程度。よって、殺傷能力などまるで皆無。
だがそれでいい。なにせ、これは攻撃を目的とした技ではないのだから。
視界の全てを覆い尽くす、濃密な炎の海。これにより、羅蓮と相対する者は物理的に視覚が機能不全に陥ることとなる。手を伸ばせば、肘から先は幻の炎に阻まれて視認不可能だ。
だが、これはあくまでも副次的効果でしかない。
この技、『幻炎海』の真骨頂は、圧倒的な索敵性能にある。
偽りの炎に触れた者は、”火種”を植え付けられる。これは物質的なものではなく、概念に近いものであるため、火種自体に害はない。
だが、この”火種”を持つ者は、常に羅蓮から位置を把握される続けることとなる。
また、”火種”の所持者の中から選択し、その視界をクリアにすることも可能。そのため、敵もろとも仲間の視界を奪ってしまうなどということはなく、連携の邪魔にはならない。
今回、幻炎海を使用したのはこの”火種”により真結の位置を特定するためである。
かくれんぼ、という遊戯を羅蓮は経験したことが無い。とはいえ、知識としては当然持ち合わせている。
ゆえに、この技がかくれんぼにおいて反則級であることは重々理解している。したうえで、初手に使用した。
「蒼雅も同時に、アノマラムを利用した索敵を行っている。逃げ場など存在しない」
――10分間、逃げ切れば雪代真結の勝利。
真結という少女に、勝機など初めから存在しない。その程度、竜神羅衣とて理解しているはずだ。
ならば、この入団テストには何の意味があるのか。
「発見までの過程、真結嬢の行動を評価する。それが、私のやるべきことだな、羅衣よ」
この虚ろなる炎は、前述したとおり物理的には無害である。だが、炎は炎。見渡す限りの全てが燃え盛るこの光景を前に、一般人として生きてきた彼女がどれほど冷静を保てるか。
悲鳴を上げるようならば、残念ながら失格。理不尽なようだが、人外魔窟の世界を生きるならば、とにかく精神力が試される。ここで振るい落とすのが彼女のためだ。
声を抑えることができれば上出来。位置を特定されたことに気付き、対策を講じる素振りが見られたならば、彼女に敬意を表するべきだろう。超常的な力を初めて目の当たりにし、そこまでのことを出来る者など、そう居ない。
ともかく、これ以降の全てを把握し、適正に評価しなければならない。
まずは、3名の仲間のものではない、4つ目の"火種"の位置を把握するところから始め――
「――火種が、3つしかない……?」
␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣
『ほーこくぅ!真結を探知できねぇってよぉ、蒼雅のヤツが言いやがるんだがぁ』
「私もだ。火種は、私の真横に1つ、最上階に並んで2つ。計3つしか感知されない」
最上階から真結の位置を探っていたB隊――零次と蒼雅も、羅蓮と同様の現象に遭遇し、困惑しているようであった。
蒼雅も、羅蓮と同様に、アノマラムを利用した正確無比な索敵が可能である。そのはずであった。
だが両者ともに、真結の位置を特定するどころか、存在を把握することすらままならない状況に陥っている。
仮に、潜伏者の捜索という目的が無ければ、この場に羅蓮たち4名以外が紛れているなど、疑うことも出来なかったに違いない。
あるいは、本当にこの場にはいないのではないかとすら思えてくる。全く異なる空間に移動しており、この夕焼けまがいの光に照らされたビルをいくら捜索したところで、見つかるはずなどないのではないか。
真結という新人候補を試しているつもりが、その実、羅蓮たちを対象とした試練であるという可能性が頭に浮かび、
「……それは無い、だろう」
その考えを即座に一刀両断する。
竜神羅衣は時折、突飛なことを言い出し、詳細を説明しないまま実行することがある。今回が正にそれだ。だが、その言動の一つ一つには必ず意味がある。
今更、小手先の偽装を行ってまで羅蓮を試すなどという愚行を、竜神羅衣が犯すはずなどない。それも、わざわざ外部から仕掛け人を連れてきてまで。
そう、信じられる。
したがって、同時に確定する。真結はこのビル内に潜伏している。彼女は、自分自身の力でその身を隠し、羅蓮らの想像を上回ったのだ。
ならば、どうにかしてこちらも彼女を上回らねば。
「――作戦変更だ。地道だが可能性を潰していく。ひとまず、五感を用いたローラー作戦に切り替えるぞ」
「異常式が機能しないならば、歩き回って物陰を覗こうということですわね。実は私、味気なく終わってしまうのが物寂しかったんですの。ああ、楽しくなってまいりましたの!」
『通常運転、暢気なこったなぁ純玲。まぁ、面白くなってきたってぇのは右に同じくだなぁ、ちょい癪だけど』
『い、一応、階層移動の時に軽く見渡したけど、階段から見える範囲には居なかった、と思う』
「了。各隊、階段を見張り移動を制限する者と、捜索を行う者に分かれ、1階層ずつ探索せよ。各層30秒を目安に移動し、A隊は最上階、B隊は最下層を目指せ」
時計は所持していないが、大雑把な時間感覚は身に付いている。
――現在、約30秒経過。残り時間、9分30秒。
羅蓮たち人外の運動性能は、一般人のそれの比ではない。30秒という短時間であっても、階層一つをくまなくチェックするのに十分すぎる。
理論上、上下からそれぞれ三階層ずつ、計1分半の探索で発見できることになる。
仮に見落としがあったとしても、もう1分半を費やせば、ダブルチェックの完了、逃げ場は無いように思える。
さらに仮の話を重ね、どこかに隠し部屋があったとして、残り6分半もあれば十分見つけられる。
そのはずだ。理論上はそうだ。
だが羅蓮には、そう簡単には事が運ばない気がしてならない。
いや、はっきりと言おう。このローラー作戦では見つからないだろうという、根拠のない、しかし確信めいた予感がある。
強いて根拠を述べるならば。
「音や目視で発見できるならば、羅衣が見逃すはずなどない」
竜神羅衣が、雪代真結の存在を感知できなかった。その話は、本人から聞いたうえで半信半疑であった。
今なら、理解できる。雪代真結は、何か異質な力を有しているのだと。異常式よりも異常な、何かを。
「今は考えても詮無い、か」
予想、推測、アタリを付けることも必要だが、物証を以てそれらを純然たる事実へと昇華することもまた重要。
言葉にした通り、今は、可能性を一つずつ潰していく作業の段階。これ以上の思考は時間の無駄。
「純玲よ、探し回る役はキミに譲ろう。私は階段付近を見張る」
「あらあ、さすが羅蓮、相変わらず気が利く方ですの。そのお役、ありがたく頂戴いたしますの」
役割分担を手早く済ませ、階段前へと配置へ着こうと移動し――
「――っ!?」
思わず足を止め、戦闘時の如く警戒態勢を取ってしまう。
背中を這いあがってくるような、悪寒にも似た奇妙な感覚に襲われたのだ。その正体は不明。
「…………」
いったい、何を感じ取ったのだろうか。少なくとも、視覚聴覚嗅覚触覚、どれも反応していない。すなわち、第六感、羅蓮の直感が告げたのだ。
――真結が、ここにいる。そんな直感だ。
「羅蓮……?どうなさったんですの?」
「――すまん、なんでもない」
その直感を、頭だとか心の中で鳴り響く警鐘を、強引に無視する。
気の迷いと切り捨てたわけでは無い。戦場において、直感というものも頼りにすべき武器の一つだ。
だが、物事には優先順位というものがある。
ここは、1階の入り口真正面、入ってすぐの少し開けた空間だ。身を隠せるような障害物など皆無、普通ならこんな地点に潜伏できる道理はない。
普通なら。そう、普通ならだ。
真結は明らかに異常である。どのように、どの程度、そういったことは不明だが、異常であることは間違いない。
ゆえに、今この瞬間、羅蓮の目の前、あるいは真後ろに堂々と立っていたとしてもおかしくはない。羅蓮は、そう考える。
同時に。仮にその可能性を考慮するとして、検証にどれほど時間を割けばよいだろうか。経験の無い事態であるゆえ、対処方法という正答を持ち合わせてはいない。イチからの模索だ。
確信を持てるならば話は別だが、そうでない現状、見つかる可能性は極小と評価せざるを得ない。
「常識に則った検証を優先する……型破りは、その後だ」
「――1F完了、成果ありませんの」
『――6Fオーケー、見つかんなかったぜぇ』
A、B、両隊ともに一階層目の探索終了の報告が上がる。予定通り、30秒を費やした。
――残り、9分を切った頃か。
「了。皆よ、次へ行くぞ」
呼びかけながら、羅蓮自身も軽々と跳躍して階段を無視し、2階へと移動する。
推測も、仮定も、今は無意味であると断じながら、頭の隅では無駄な思考をせずにいられない。
「いったい、何を目論んでおるのだ……羅衣よ」
␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣
「――羅蓮には、マユイの姿を掴むことはできんだろうな」
そう、竜は小さく漏らす。
独り言というわけでは無く、イブキ――羽間一颯やその隣にいた涼風にもはっきりと聞こえる声量ではあった。聞かせる意思が明らかにある。
とはいえ、こちらの返答を期待し、会話を始めるための発言ではなかったようで、その鋭い目は部屋中央の鉄塔から投影されたフローティングビジョンを見据えている。
『かくれんぼ大会』マップ内のリアルタイム映像が投影され始めたのは、羅蓮率いる4人の捜索隊が扉の向こうへと消えて行った直後であった。
兎毬がマップ空間を生成した際、各所に隠しカメラを配置していたようで、全階層のほぼ全ての区画が映し出されている。外に残された者たちは、そのビジョンを通じて観戦しているという状況だ。
「まぁ、頭固いもんね~、あの人」
「理論家、てぇ呼んで差し上げろ、我が妹よ」
「それ、羅蓮さんのマネ?おにぃがやると、な~んか滑稽だね~」
「うぐぐ」
涼風に笑われ、サングラスの下の目を泳がせながら、緋凍羅蓮のことを思い浮かべる。
――緋凍羅蓮は、限りなく最強に近い。
当然ながら、竜神羅衣と戦えばまず勝機は無い。が、比較対象として不適切が過ぎるので除外。
判断力、思考力、演算能力、空間把握能力といった認知能力。
近接格闘能力、遠距離狙撃能力、継戦能力、などの戦闘力評価。
アノマラムの汎用性、応用力。
どれを取っても超一流。統率力や戦術指揮などすら優れている、戦場の申し子。
「付け加えるなら、料理も上手ぇ」
「お腹空いたの、おにぃ?」
閑話休題。
だが、こういった能力分析が、緋凍羅蓮の評価の全てというわけでは無い。あの、顔を見づらい赤ローブの真価は、数値的なものでは測ることのできない相対的なものである。
――滅浄家の頭領、崩破。緋凍羅蓮は、あの男と対等に戦える数少ない者だ。
その羅蓮が、一人の人間、それも高校生の少女を捉えられず、手玉に取られる。この光景が、どれほど貴重なものか。
「マユちゃんには、分からんだろォな~」
「ああ、そうだな。……一颯、お前はマユイの力をどう見る」
音も無く、数瞬の思考の隙を縫って真横に立っているのは、もちろん竜。そちらに目線を移すと、竜は変わらず映像を食い入るように見入っている。
これをされる度に驚き慄いていた頃が、懐かしく感じる。今ではさも当然の事象として、すっかり受け入れているが。
「そ~だなぁ、見たこと聞いたこと考えたこと、全部、合っ体っ!してもっかい考えりゃぁ……」
言葉を区切り、映像へと目を戻す。
残り時間は8分を切ったところで、4人の捜索者たちが手分けして全体を一通り確認し終えた様子が見て取れた。しかし、未だ見つからず。
「……いっちゃん妥当なのは、異常式完全耐性ってぇとこか~な」
「随分と納得のいかない様子だな」
「まぁそりゃ、ね~」
濃い黒のサングラス越しに眼に映る映像には、真結の姿はない。設置されたカメラは、全ての階層、全ての部屋、全ての空間を死角なく捉えている。はずなのに、だ。
羅蓮と蒼雅は、アノマラムを使ったはずだ。捜索開始から数秒後、全てのカメラが羅蓮の炎に包まれたのだ、間違いない。しかし、その効果は発揮されなかった。
異常式完全耐性ならば、アノマラムによる探知が通用しないことは説明がつく。だが、目視で発見されないこと、カメラにすら映り込まないことへの説明にはならない。
では、いったい何なのか。
「――あの嬢ちゃんは今、存在してねぇ」
「その根拠は?」
「オレっちの勘さ」
存在していない。理屈で考えば永遠に辿り着かないであろう迷回答だ。だが、一颯の直感はこれが正解だと主張する。
「存在してないって、ど~ゆ~こと、おにぃ?」
「オレっちにもよく分かんねぇよ。なんとなく、そ~思ったってぇだけでい」
「だがそれでいい。俺もおおよそお前と同意見だ」
そう言いながら、竜神羅衣がこちらを向く。ビジョンが映し出されてから、初めて目を離した。その目は、迷いなく澄んでおり、見るべきものがはっきりと見えているもの。いつもと何も変わらない、”最強”を体現した竜の目に見えた。
そこに、普段と異なる『何か』を見出せるのは、彼との付き合いの長い兎毬か、カンの鋭い一颯くらいなものだろう。
「マユイは、存在と非存在の矛盾を両立できるんだろう。原理は不明、本人も自覚していなかったようだがな」
「都合よく、透明になったりアノマラムが効かなかったりはできるけど、本当に消えちゃったわけじゃないってこと~?」
「ソユコトっぽいなぁ、たぶん!」
「それで、だ」
竜は再び、ビジョンへと目を向ける。そして、おもむろに指を差した。その先は、とある一点をピンポイントに示しており。
「――二割だ」
一直線に前方へ突き出された指が、ピースサインのように立てられた二本へと変化する。
「あの石頭どもにも、偶には頭の体操をさせねばな。解ける可能性は二割と見た」
「やっぱ、嬢ちゃんは”ソコ”に居ンだな?」
返事はない。言葉などなくとも、一颯の言葉が正しいと、竜は全身で示している。それを返答として受け取り、自身の勘が正しいことを、一颯は確信する。
パズルの正答者が二名現る。両者ともに、観戦者。
――残り時間、5分。
␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣
古びたビルを模した空間において、頭を抱える人外が4名。
常識外の武力、知識、能力を有する彼ら彼女らは、常識外すら超越する事象を前に、困惑を隠せずにいた。
不意に、その中の一名――血のように鮮やかで、炎のように烈しい、緋色のローブに身を纏う男が口を開く。
「私の我儘に付き合ってくれんか、皆よ。――捜索箇所を、1Fの玄関正面に絞りたい」




