1-7 『期待の証』
「かくれんぼ大会って……あなた、ふざけてるの?」
唐突な脈絡のない提案、それも、かくれんぼだなんて子供遊びをしようなどと言われ、少し憤りが混ざる。
直前まで、マユイなりにかなり勇気のいることを言葉にしていた。ある種、生まれ変わるために崖から飛び降りるような気分だったのだ。
無意味な蛮勇かもしれないが、そこに水を差され、不満でしかない。
「もちろん、酔狂でお遊びをしようというわけでは無いさ。お前の能力と精神力、それを同時に見せつけるには、こうするのが最適だと判断したまでだ」
「……なるほど。羅衣よ、キミの意図することは理解したつもりだ。すなわち」
一歩、緋凍羅蓮が前へと歩み出る。その巨体が放つ存在感は相変わらずだが、今回は明確に、威圧感として捉えた。明確にマユイを相手取った威圧。
その正体は、経験に裏打ちされた確たる自信。マユイには無いそれが、緋色のローブの下に秘された内より主張している。
「この私自らを以て、彼女を見極めればよい、ということだな?」
「いや、少し違うな」
マユイが釘付けになる緋色の存在感をものともせず、別の方向を向くリュウジン・ライ。その視線の先は――
「零次、蒼雅、お前たちもだ。この3人相手に勝利すれば、文句はないだろ」
「なはぁ!まーじかよ頭ぉ。ほぉぼ最大戦力じゃんか」
「む、無茶苦茶だ……」
面白そうにケケケと笑う『竜の爪』と、あわわオロオロしている『竜の翼』。それを見て、ため息をつきながら『竜の炎』は一歩、二歩と下がり、椅子に座る。
円卓に置いてあったカップを手に取り、湯気のないコーヒーをゆっくり飲み干した。
「……羅衣よ、キミが真結嬢に期待をかけていることはよく分かった。が、私たち3名とは些か過剰ではないか。まさか、今更ハンデを科すなどとは言わんな?」
「だとすれば、本当にまさかだな。むしろ増やすか。――純玲、お前も入れ」
「いいんですの?かくれんぼだなんて、子供の頃に近所のお友達と遊んだ以来ですの。ああ、なんだか童心に帰ったようで、ワクワクしてきましたわ!」
場違いなほどに目を輝かせる、暢気な『竜の鱗』。マイペースな彼女を見ていると、こちらもペースダウンしてしまいそうだ。
「ルールを決めよう。マユイの潜伏時間を5分設け、その後に捜索開始、10分間隠れ切ればマユイの勝利だ。異常式有り、破壊行為無し、傷害行為無し。マップはマユイ有利にするが、さほど広くないから問題ないだろう」
「勝手に話を進めちゃって、当の私はおいてけぼりね。もう、好きにして」
文句を言う隙を見失い、開き直る。マユイを認めさせるための儀式、通過儀礼のようなものだ、条件に不満を垂れるわけにもいかない。
とはいえ、不満の一つも言いたくなる。ここにいる者はマユイを除いて一人残らず、数多の戦場を制してきた海千山千の覇者。暫定一般人のマユイに対して、その圧倒的強者を4人もぶつけようとは、もはやイジメではないか。コンプラ違反だ、泣いてやろうか。そんなことしないけども。
中でも、『竜の炎』緋凍羅蓮は、揺らぐこと無きナンバー2。世界公認の公式チートたるリュウジン・ライを除けば最強だとかなんとか、兎毬がそんなことを言っていた。リュウジン・ライを持ち上げる節があるようで、他メンバーの話はあまり聞けなかったが。
「いいんでねぇのぉ?つか、その条件で僕らから逃げ切れるならさぁ、むしろ頭下げてでも欲しい人材じゃねぇ?」
「……ボ、ボクは、それでもあまり賛成はしたくない。けど、真結さん本人が望むっていうなら……無理に止めはしません。――実力は、ボクがちゃんと見定めさせてもらいます」
「蒼雅よ、キミの言う通りだな。羅衣が認め、真結嬢が望む以上、私たちが彼女のために出来ることは、彼女を試すことだけだ。それと、零次よ。キミはもう少し真面目にやってくれ。せめて机から降りよ」
「ええぇ、マジメ枠は蒼雅がいれば十分だろぉ。それにさぁ、これでも乗り気なんだぜぇ?」
「そうですよ、羅蓮。せっかくやるのですから、是非とも楽しみましょうよ」
「論点が行方不明だぞ、純玲よ」
四者、動機は違えどやる気らしい。面倒なことになった。
――ユキシロ・マユイは、面倒事が大の嫌いである。
面倒事に巻き込まれるのは避けてきた人生だし、自ら首を突っ込む輩を内心でバカみたいだと笑っていたくらいだ。
だが、渦中に飛び込まずとも近くで異変があれば遠巻きに眺めるのは嫌いではなかった。多少、日常に変化が加わわり騒がしくなるのも、悪くはなかった。
面倒事は嫌いだ。それは変わらない。だが、不変の退屈を過ごすのはもっと嫌いだ。
無意味な面倒事は御免被るが、意味を感じられるならばそれは、自分にとっての契機というものだ。
これにはきっと、意味がある。
「そう、固くなるな。考えすぎるな。むしろ力抜け」
「……その見透かしたような物言い、本当に、ムカつくんだけど」
「いや、恐らくだが重要なことだ。ビルでのことを思い出せ、隠れているという意識を忘れるな。――そうすれば、お前は見つからない」
「意味わかんない。けど、アドバイスとして受け取っておいてあげる」
言い終わらぬうちに、リュウジン・ライは離れていた。その3歩ほど後ろを兎毬が追従し、入口の扉の方へと歩いていく。
言いたいことだけ言って、返答を最後まで聞かないとは。などと思ったが、マユイも小学生の頃は同じようなことをする常習犯だった。もしや同類なのではという思考が浮かび、不快感が鳥肌のように体表面を走る。
最近は最後まで話を聞くようにしているはずだが、気を付けようと改めて思う。まあ、そもそも話しかけられなければ会話していなかっただけだが。
「ね~ね~!」
生き生きとした大声に我に返り、顔を上げると、羽間涼風の可愛らしい小顔が眼前に迫っていた。
「マユちゃんって、『レボルシオ』の……これじゃ分かんないか。おっきい男と鉢合わせたところを羅衣に助けられたんでしょ?」
「流れとしてはそんな感じだね、羽間さん」
「スズっ呼んで欲しいな~!チラっ、チラっ!」
「羽間さん」
「あるぇ~~距離感やらかした!?」
残念そうにする涼風を見て、少し心が安らぐ。たまにしか接しなかったとはいえ、似た人種と関わりがあるせいか、既視感のあるやり取りに感じられる。
以前学校で隣の席だった彼女に無関心だった分、代わりというと失礼千万だが、涼風に応えてみるのもいいだろうか。
「冗談よ。そんな露骨に落ち込んだフリなんてしなくても呼んであげるっての、スズ」
「よ~しやった~!!って、フリじゃないから!落ち込んだから!ちょっとオーバーにリアクションしてみただけだから!」
「はいはい、それで、何か用があったんじゃないの?」
「あ~ごめんごめん、話逸れちゃったね。……ええっと、その、具合悪かったりしてない?」
心配そうに尋ねる涼風。その表情は、体調を崩していることを危惧しているというより、何の問題もないように見えることを不安がっているように見える。
先ほど、兄である一颯の体を気掛かりにしていた彼女だ。マユイが無理を押しているのではないか、などと不安に思っているのだろうか。
意識を自分の身体へ向ける。腕や足腰などを軽く動かしてみたりもする。
四肢の可動域、問題なし。心拍数、おそらく正常。血圧・血糖値、分かるわけなし。総合、コンクリートの上に転がされていたため、少し体が痛い。
以上。
「うーん、少し節々が痛いくらい。あ、そういえば額切って血が出てた。まあ止まってるみたいだし、動きに支障はないね」
「ならよ~し!ってそうじゃなくて!」
涼風に詰め寄られる。物理的に。
「え、ホントに何ともないの!?あ、とりあえずオデコは問題な~し!羅衣が処置してたっぽいね~」
「オイオイ。スズ、要点を押さえて話せよな~、嬢ちゃんが困ってっぜ」
離れたところから微笑ましいものを見る顔で眺めていた一颯が、助け船を出す。都合良く通訳が来てくれた。
「あンな、嬢ちゃんが出くわしたガタイのデケェ男ってのは、超!アブねぇヤツなのさ。周囲の生物の細胞を破壊する的なアノマラム持ち。要は、歩く毒ガス兵器みてぇなモンさ」
「そうそう!すっごくキケン!おにぃなんか、バカ正直に突っ込んだもんだから、皮膚ボロボロ、内臓ズタズタにされちゃったんだよ~!!」
「オイ言うなよスズ!ハズいじゃねぇかよぉ~」
「……それ本当?」
「「マジ!」」
息ぴったりと、断言される。
ふと、大男とリュウジン・ライの会話を思い出す。
――一応聞くが、今も”汚染”は発動中なんだよな?
――この状況で切らすわけねえだろうが
――だというのに、平然と生きているのか
『汚染』というのが、細胞破壊を引き起こし、人外である羽間一颯を追い込んだ能力のことを表しているのだとすれば。
マユイには、効果が発揮されなかったということになる。
もしかしたら――
「準備完了だ。マユイ、行けるか?」
「ええ、問題ない」
呼ばれ、そちらへ足を向ける。軽く手を挙げて扉の前に立つリュウジン・ライと、その斜め後ろで慎ましく控えめに、しかし優雅な立ち姿を見せる兎毬。
一歩踏み出し、立ち止まり振り返る。
「いってらっしゃ~い!頑張ってね、マユちゃん!!」
「ぶちかましてきな!アイツら泣かしちまえ!」
「いや、殴り合いじゃないんだけど……まあ、やれるだけやってみるよ」
軽く手を振り、前を向く。
そちらには、今から敵役となる4人が立っている。全員、マユイを見据えている。
「真結嬢よ。矛盾しているようだが、キミを侮るつもりはない。危害を加えることを除き、全力を尽くさせてもらいたい」
「いざ尋常に、ってやつね。少しは手加減してほしいものだけど」
それだけ言い残し、リュウジン・ライの元へと進む。
竜は、相変わらずの無表情。だが、どこか楽し気に見えないこともない。兎毬の言葉に影響を受け、見え方も変化したのだろうか。
「10分棒立ちするだけだ。簡単な仕事だろう?」
「勝手なことを……そもそもあなたが連れて来たんでしょう。あなたがお仲間を説得するのが筋じゃないかしら」
「それは間違いないな。だが、いい機会だ。せいぜい、自分の無法っぷりをよく理解してこい」
ピクリ。そう表現できるほどほんの一瞬だが、口角が上がる。笑み、と呼べるほどではないが、リュウジン・ライに表情が浮かんだ。
それを観察してみたい気持ちもあるが、そんな暇はないと言わんばかりに竜は背を向け、目の前の扉を開く。
「では、始める。――潜伏時間は、5分だ」
それ以上、交わす言葉は必要なかった。
␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣
ひんやりとした空気が、肌に触れる。
目を閉じていても判別できる自信がある、慣れた心地よい空気。
極小の穴が無数に開いたコンクリートの壁、見慣れた本棚、程よく暗い室内。
これだけ要素が揃えば、認識するのに刹那の時間も不要だ。
――ここは、いつもの見知った廃ビルだ。
現在地は、廃ビルの1階、粗末な玄関を入ったところに立っている。
先ほど通過した時は確かに、大理石の床と洋館のような壁床装飾という、和洋折衷に失敗したような廊下だった。はずだ。
少なくとも、廃ビルが直接『竜の巣』の本拠地に通じているわけなど無い。兎毬のアノマラムやそれに類似した能力で、本物の廃ビルと空間を接続したか、あるいは作られたニセモノの空間か。
おそらく、後者だろうと推測する。オレンジ色の光が柔らかく差し込む窓の外にチラリと視線を向けたところ、あるはずの町の風景どころか夕日すらどこにも見つからないのだから。
「なるほど、私に有利なマップ、ってこういうことね」
確かに、地の利はマユイにある。建物の構造は熟知しており、内装や物品まで完璧に再現されているならば、有効活用することも出来るかもしれない。しれないが。
「無理ね、普通に隠れるのは」
熟知しているからこそ断言できる。この廃ビル内で4人の捜索者を相手に10分稼げる場所は、存在しない。彼らが、アノマラムを――超常的な能力の一切を使用しなかったとしても、だ。
これは、リュウジン・ライからのメッセージだ。
――隠れているという意識を忘れるな
――自分の無法っぷりをよく理解してこい
「普通の方法では勝ちえないってことね。なら……」
マユイは、目を閉じた。
␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣
「――捜索開始まで、残り30秒」
竜神羅衣の声を合図に、扉のノブに手を掛ける。雪代真結――羅衣が連れてきた高校生の制服を着た少女が扉の向こうに消えてから、30秒後のことである。
そう、まだ30秒しか経過していない。
少女に対しては5分の時間を用意すると伝えておきながら、実際はそのたった五分の一、1分しか待たなかった。
「私としては、非常に不服なのだがな」
羅蓮は、あの少女と正々堂々勝負するつもりであった。
無論、無辜無力な一般人の出自である彼女に対し、人外4名を以て応じるというのは、対等な戦いとはとても呼べないと理解している。
だが、あの羅衣が、この条件で丁度良いと判断したのだ。ならば、そのルールの範疇で公平を期し、相手をしたかった。
戦場では、不利な状況など無数に存在する。それに対応できねば、死あるのみだ。
「事前に定めた内容であれば、それが一方的に不利なものであっても仕方ない。訓練ならばなおさらだ。乗り越えられないようでは、受け入れるわけにはいかぬ。彼女自身の命のためにも」
ゆえに、手を抜くつもりなど毛頭なかった。自身が、竜神羅衣に次ぐ実力者であっても。
しかし羅衣は、前もって通達したルールすら自分勝手に破棄した。
『戦場における戦力差を言うなら、目まぐるしく変化する戦局も考慮するべきだろう。そも、戦場にルールなんてものは無いしな』
「まったく……羅衣よ、キミは度を越している……」
「さすがに同感だねぇ、羅衣って容赦の欠片もないなぁ」
同行する気だるげな男――最下零次も羅蓮の呟きに頷く。
「羅衣さまも性格が悪いですの」
「ほ、本当はもっと早く行かせるつもりだった、とか……言ってたよ」
残る2人、加々宮純玲と夜凪蒼雅も、竜神羅衣の判断に疑問を隠せぬ様子だ。
当然だろう、こんな騙し討ちによる勝利を良しとする者たちではない。それも、この『かくれんぼ大会』の目的は真結を見定めることであり、勝利を目指すものではない。
だからといって、手を抜いては意味がない。なにより。
「羅衣よ、これは、キミなりの期待の証なのだな……」
「――時間だ。行ってこい」
後方から、羅蓮たちを束ねる冷酷な男の声が聞こえる。
距離はあるが、彼には今の羅蓮の独り言も届いたはずだ。否定の言葉は無かった。すなわち、羅蓮の考えは正しいということだ。付き合いの長い羅蓮には、それが分かる。
羅衣は、期待を寄せる相手であるほど、無茶を要求する悪癖がある。ならば羅蓮は、その尻拭いをしようではないか。羅蓮なりに、だが。
「皆よ、行こう」
ゆっくりと、扉を開く。せめて羅蓮たちの侵入が伝わるよう、大きく音を響かせながら、ゆっくりと。
「――――」
扉の向こうは、コンクリート造りの階段がある建物であった。兎毬のアノマラムで再現したであろう、どこかの空間。
古びたビルのような様相であることから、羅衣が真結と出会ったという場所ではないかと考える。
一通り、五感から得られる情報を整理したのち、息を吸って、吐いて。
「――総員、作戦開始!」
「「「 了! 」」」
合図に対する返答と同時に、零次と蒼雅の姿がブれ、その場から消え去る。羅蓮の動体視力では、蒼雅が零次を背負って階段を上っていくのが視認できた。彼ならば、2、3秒もあれば最上階に辿り着くだろう。
事前の作戦通りだ。
羅蓮&純玲のA隊、零次&蒼雅のB隊の二組に分け、それぞれ逆端から挟み撃ちの形式で探索する手筈となっている。
初手にB隊が移動し、横に広いマップであった場合は可能な限り奥へ、縦方向に階層がある場合は最上階へ一気に到達する。階層型かつ初期地点が中層階だった場合は、A隊も最下層へ移動。
配置に着いたら、それ以降は個々の役割を果たす。
『こちとらぁ、B隊の零次。無事、最上階6層に到達したぜぇ』
「了解だ、零次よ。連絡は問題なさそうだな。では、やるぞ。2、1……」
純玲がアノマラムで情報伝達を担い、零次がその補助をする。
そして――
『――共鳴……』
「――幻 炎 海 !」
辺り一面が、濃密な炎に包まれた。




