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※バカと影は使いよう  作者: 上下 左右
第一章 『竜の国』
5/18

1-4-1 『影は認めた――』

「そういや、まだ名前を聞いていなかったな」


 階段を上る際中、リュウジン・ライがそう尋ねる。

 マユイは、彼と一緒に廃ビルの屋上へと向かっている。リュウジン・ライに連行されているというのが正しいか。


「ユキシロ・マユイ。雪に『代償』の代、『まこと』に『むすぶ』で雪代真結(ユキシロ・マユイ)よ」


「『代償』って……もう少し、他に挙げられる単語あったろ」


「伝われば何でもいいでしょう?パッと浮かんだだけで、意味なんて無いんだけど」


 素直に答えながらも、悪態をつく。


 正直な話、現状に不満はあまり無い。面倒なことになったとは思うも、マユイ自身、自ら巻き込まれに行った自覚がある。それを全て目の前を歩く男に責任転嫁するのは、逆恨みもいいところだ。

 こうなった以上、命があるだけ御の字だろうし、何より、ほんの少しだけ期待している自分がいる。何に対して、なんて考えたくも無いが。


 故に、連行されているが正しいとは言ったが、己の意思で着いて行くことを選んでいる側面もあるのだ。


 無愛想な言動を止められないのは、現状への不満ではなく、リュウジン・ライへの嫌悪感が原因だ。

 彼の目つきが気に食わない。彼の声色がムカつく。彼の歩き方が癪に障る。彼の在り方全てが、どうしようもなくマユイの心を逆撫でするのだ。

 それこそ、逆恨みというよりただの八つ当たりだ。


「雪代……真結……なるほどな」


「なに?名前にまで文句があるの?」


「いや、何でもない。――良い名前だな」


「ナンパのつもりなら、その残念な喉を潰してから喋ってちょうだい」


 容赦の無い言葉に、いったい何が面白いのか、クックッと喉を鳴らすように笑うリュウジン・ライ。

 先程までの様子からは笑う姿など想像も出来なかった彼の、その顔を見てみたいと思うのだが、生憎彼の後ろを歩いているため、マユイからは観測できない。案外、真顔で笑ってたりするのだろうか。


「さて、連れてきておいて悪いが、少し待機だ。迎えが遅れているようでな」


 気付けば、6階に到達していた。この階層は、半分ほどが屋根の無い屋上となっているのだ。


 物置きにしている屋内と、星空が望める屋外、それを仕切っているのはノブ付きのドアだ。しかしながら、今目にしたそれは、外側から無残に破壊されてしまっている。

 同様に、部屋の中にある窓ガラスも粉々になり、月光を反射する程度の役割しか果たせなくなってしまった。


「……一応聞くけど、この惨状の修理代はあなたと大男さん、どっちに請求すればいいの?」


「壊したのは奴だが、奴をここに追い詰めたのは俺だ。責任を持って仲間に直させておくさ」


「いやあなたが直しなさいよ……そういえば、大男さんはどこへ行ったの?川の向こうだったり?」


「殺しちゃいないさ。そのつもりなら、人のいない場所に誘導なんかしていない」


 口に出してから存在を思い出した大男、彼もまたマユイと同様に生かす理由があったのだろうか、死んではいないようだ。とはいえ、既にこの場に見当たらないのをみるに、マユイほど丁寧には扱われていないだろう。そもそも追われていたようだし。


「……お前、さては奴の存在を本気で忘れていたのか?」


「別に、忘れていたわけじゃない。思い出すキッカケが今まで無かっただけ」


「忘れてたんじゃねえか……殺されかけた相手の存在を、よく忘れられるな」


 リュウジン・ライの言葉に、首をかしげる。言っている意味は分かるが、納得はできない。嫌いな相手からの言葉だからというわけでは無く、純粋に。


「どうだっていいでしょ。殺されかけていようが他人は他人、記憶容量は有限なんだから」


「……なんとなく、お前という人間像が掴めた気がするな」


「そう?ならきっと、落胆させたでしょうね。私に何を求めているのか知らないけれど、蓋を開けてみれば空っぽの人形だったんだもの」


 自嘲気味に言い放ちながら、ドアの残骸の横を通過し、夜空の下へと進み出る。


 正円に近い形に満ちた月、晴れた夜空に散りばめられた星々、それらの放つ光がマユイを照らす。月、星、どちらも文学的な表現に重宝され、特別な意味を持つ存在かのように思われる節がある。だが、実際はただの岩石の塊だったりガス集合体だったり、とにかく無機質な物質に過ぎない。


 意味をこじつけることは出来ても、本質的に意味なんて持たない。だから、マユイは月や星は好きだ。勝手に、兄妹のようにすら感じている。なんて、それこそ、無意味な意味付けだろうけども。


「空っぽ、空白……そうね。空白、虚無、そっちの方が『愚者』よりもしっくりくる――少しズレてるけど」


 天を見上げ、手を伸ばしてみる。月や星には届かない。ただ、セカイの虚空に触れただけだ。


 マユイが何も持ちえない、中身が空洞の人形であることは事実だ。だが同じく事実として、マユイがいち生命個体として存在する以上、自身が無であると手放しで認識できない。


「お前は、自分を見失っている……いや、自分の存在を認めていない、そうだな?」


「んん、ニュアンスが難しいところだけれど、概ねはその通りね」


 くるりと踊るように振り返り、リュウジン・ライを見据える。その目に、マユイがどのように映っているのか知る由もない。

 そんなことは、どうでもいい。


「私はセカイを認めず!セカイは私を認めない!――なら、私なんて存在しないも同然じゃない?」


 ユキシロ・マユイは、笑う。自身の存在を否定する自分を、肯定して嗤う。


「存在しないこと。それが、私の存在理由」


「でも、お前は別の存在理由を求めている。でなきゃ、愚者だとか空白だとか寂しい言葉で、自己定義しようなんてしないだろ」


 すかさず、竜はマユイの奥深くを探ろうとする。その言葉がマユイをドンピシャリ表しているとは思えなかったが、少なくとも、本質のすぐ近くまで辿り着いているのは間違いない。

 リュウジン・ライと交わした言葉は、倉橋さんを除くクラスメイトとの半年分の会話量に匹敵するだろう。それほど話したのだから、多少はマユイに対する理解が深まるのも当然か。とはいえ、一般的には少ないということも事実であり、この男の理解力がバケモノじみているのも大きいだろう。


「…………」


「『余計なお世話だ』とは、言わないんだな」


「むしろ、一度邪魔しているのに、今更でしょう……それとも、手伝ってくれるとでもいうの?」


「ああそうだ」


 あっさりと頷かれる。さも当然と言わんばかりに肯定される。


 なんなんだ、このムカつく男は。いったい、何がしたい。何をさせたい。何を言いたい。何を言わせたい。


「何も持たないというなら、俺が与えてやる。お前にしかできない、唯一無二の役を配ってやる」


 月下、竜は告げた。


「――お前は、俺の影になれ」


 淡い光に晒され、リュウジン・ライの長細い影が屋上を彩っていた。

1-4はこれで半分、未完了です。

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