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※バカと影は使いよう  作者: 上下 左右
第一章 『竜の国』
17/18

1-15 『起から承へ』

「先週の私をぶん殴ってやりたい」


 衆目を浴びること自体に不慣れではあるが、複数人からジロジロと見られたところで恥ずかしくもなんともない。

 だが、コスプレ大会さながらに厨二病感ゴリゴリ満載の装いでファッションショー状態であるという前提であれば、話は変わってくる。今絶賛、その通りである。


 食堂の一画を貸し切り、20人ほどでちょっとしたパーティー中だ。主役はマユイ、ひと月の修行を経て戦場に立つ資格を得たことのお祝いなどと称し、皆それぞれ盛り上がっている。肝心の主役は盛り下がっているのだが。


「嬢ちゃんって、羞恥心あったんだな~」


「あるに決まってるじゃん。私をなんだと思ってるの」


 一颯に揶揄われつつ、今一度自分の身体を見下ろす。

 マユイの身体を包んでいるのは、装備製作班の面々と相談しながら設計した、サクラお手製、特注の任務服である。SF映画やスパイ漫画は好みのジャンルでは無いが、多少は観てきた。それらの知識を元にデザインしたおかげで、外見に関してはピカイチだ。


 黒を基調としたレザーショートコートに、膝丈のスカート、素足を覆い隠すコンバットロングブーツ。RPGで例えるなら、中盤から終盤にかけて揃えるセット装備といった風貌だ。至る箇所にチャックや小ポケットが付けられており、小物や装備を多数用意しておくのにうってつけ。


 これらは全て、サクラの異常式(アノマラム)によって手が加えられているようで、着用しているだけでもなかなかに奇妙な感覚がする。


 何と言っても、異常に軽い。各種装備は携帯済みだというのに、それらの重さをまるで感じない。それどころか、実は素っ裸なのではないかと錯覚してしまうほどに、服自体の重量も皆無だ。むしろ、パワードスーツでも着ているかのように動作をアシストされているようにすら感じる。パワードスーツなんて着たこと無いから想像でしかないが。

 それに、機能性も常軌を逸している。今の時期は夏の入口、夜と言えど蒸し暑い。しかしながら長袖であるにも拘らず、ひんやりさっぱり快適だ。防水もお手の物、防刃や防弾、衝撃吸収機能までも備わっているだとか。


「カッコいいじゃん!な~んでそんな気まずそうな顔してんの、マユちゃん?」


「気まずいってか、むず痒いだけ。分不相応に高性能なモノ着てると、カッコつけてる感じがして」


「あのTシャツはOKなのに……? マユちゃんの基準が分かんないよぉ~」


「クソダサTシャツのことは忘れて」


 肺の中から重い空気を排出しながら、お気楽な涼風(スズカ)の賛辞を撥ね退ける。

 マユイが一週間前のマユイ自身への恨みつらみを募らせている理由は、単にデザイン性を間違えたというような類ではない。大きく分けて2つといったところか。


 一つは今しがた口にした通り、装備の豪華さに対して中身が伴っておらず、居心地悪く感じるためである。

 不足している能力を補うため装備に装備を重ねている様は、初心者ゲーマーが重課金プレイヤーから高レアアイテムを大量に受け取っているシーンを思わせる。一番肝心な潜伏という点に関しては百パーセント徹頭徹尾マユイの能力頼りであるというのが救いだ。そうでなければ、”影”がマユイである必要などないということになってしまっていた。


 もう一つは。


「――Hiya! イイ夜だな、ミス・シャドウ。ワタシの祖国では七夕という行事は無かっタからな――ん?なぜ後ずさルんだい?」


 サクリフィカ・ルークウッド、通称サクラ。彼女が原因だ。


 この一ヶ月間、彼女とは比較的長い時間を過ごした。装備製作班のリーダーである彼女は戦場に立つ機会がほとんど無く、竜躯囚の中では涼風に次いでアジトでの滞在時間が長い。それゆえ、彼女に関する評判もよく耳にした。

 豪快豪胆、どこへでもズカズカ踏み込んでいく恐れの無さと行動力を持つが、傲慢では決してない。表裏が無く、とにかく真っ直ぐ。人と話すことが大好きで、住人ともよく触れあっているようだ。


 そして、信頼が無い。


 ここまでに挙げたことは全て嘘偽り無く、事実、嫌われているわけでは無くむしろ慕われてすらいる。だというのに、恐ろしいほどに人望が無い。原因は単純明快、熱心という言葉の範疇に収まらない探求心のせいだ。

 研究好きで、装備製作班の仕事に関する内容に飽き足らず、異常式(アノマラム)や人外といった超常的な力そのものへの研究に没頭している。普段は思いやりに溢れているのだが、研究が絡むと人が変わるというか倫理観がログアウトするというか、周囲への被害がまるで考慮の外となる。


 具体的にどのような前科があるか、語ろうものならキリがない。今のところ死者は出していないらしいのだが、マユイ自身が犠牲者第一号になりかけたというのは不幸中の災害。結果的に無傷だったから良かったものの、攻撃を無効化できなければ大惨事が二桁回は生じていた。


 正直、人生で最も生命の危機を感じた。廃ビルで大男とゴッツンコして頭から血を流した時や、右も左も上も下も分からぬまま竜の巣の最大戦力の相手をさせられた時よりも、よっぽど恐怖だった。怖がっているようには見えなかった、などと供述していたが。


 とはいえ、サクラの造る装備や道具は特別で、戦場初心者のマユイが頼らないわけにはいかず。彼女に装備製作を頼むと快く引き受けてくれたが、「サイコウの逸品を量産しよう!」と気合が入った結果、色々様々に測られ飛ばされ貫かれ撃たれ落とされ飲まされ投げられ煮かれ焼かれ潰され捻じられ打たれ流され斬られ食われて。

 感想は、散々の一言。はい。


 別に、サクラ自身に対して苦手だとか怖いだとかは思っていない。むしろ、一切の遠慮抜きに接してくれているのは居心地の良さすら心に芽生える。ここのメンバーは総じて、実績も実力も無いというのに、マユイの扱いが丁寧すぎだ。もっとこう、嫌味を言われたり嫌がらせを受けたりといった待遇を覚悟していたのだが。


 人間であるにも拘らず竜躯囚入りしていることで、どう扱ってよいか困惑している節も見え隠れしている。が、それ以上に、リュウジン・ライの影響が大きいだろう。リュウジン・ライが連れてきたのだから心配いらないという安心。そもそも程度の低い嫌がらせなどしない善性ある者が集められている。

 そんな中で、先入観抜きに自然体で接してくれていると感じるのが、一颯や涼風、サクラあたりだけ。非常にありがたいと感謝だ。


 それはそれとして、暴走癖はどうにかしてほしいと切に願う。ひとたび研究モードに入ると、周囲の全てが実験対象にしか見えなくなり、読書中のマユイよりも人の話を聞かなくなる。まさに災害。

 適切な距離さえ保てば良い関係が築けそうだが、一週間前に暴走スイッチを入れてしまったことを悔やむばかりだ。


「今日もやるの?」


Of course(もちろんさ)! さあ、少年よ!未知を求めて行こうじゃナい――」


「――今日は容赦してやれ、サクラ」


 決して大きな声量ではなかった。名ばかりの主役を放り出してあちらでこちらで賑わいが広がる中、しかし、その音は何よりも響き、誰の耳にも届いた。誰も、無視できない。

 いつ現れたのか、まったく気付かなかった。音も無く現れておきながら、一言空気を揺らすだけでその場すべての意識を一身に集める、生物としての格の違いを体現する存在感。


 ――冷え切った瞳で光を飲み込む竜が、そこに立っていた。


「――――」


 頭領の帰還を誰も聞かされていなかったのか、参加者の悉くが動きを止めている。邪魔に思っているわけではないのだろうが、歓迎という空気にも振り切れない。反応に困り、どうすればよいか分からないといったところか。


 始まりのあの日、成り行きで開催された入団テストを終えて些細な歓迎会が催されている最中、挨拶も無くふと居なくなっていたリュウジン・ライ。

 姿を見てそのことを思い出すと、また沸々とムカついてきた。遠慮も配慮も窮屈なだけで不要だとは言ったが、マユイを連れてきた張本人である彼だけは最低限の義務というものがあるのではないか。育成放棄で保護責任者遺棄罪に問うてやりたい。


 ダメだいったん落ち着こう、そう思い目を閉じる。大したことでなくとも、リュウジン・ライが関わるとどうも冷静を欠いてしまう。

 こういう時は、良い所を見つけて褒めるという小学校で習った加点方式採点を実行することで相殺しよう。今まさにマッドサイエンティスト・サクラに強制連行されかけていたところを救ってくれた点は感謝すべきだ。多忙な中このタイミングで顔を出したのは恐らくマユイの初任務のためだ、なんだかんだ裏では手を回してくれているのかもしれない。それで柄でもなく宴の場に姿を現してくれて冷え切った目と距離を取るようなスカした態度で水を差しているわけだ帰ってくれ。


「宴の主役が呆けてどうした」


「原因は黙って」


 失敗。やはり、そう簡単に悪感情というものは消えないようだ。たった18年余りの人生ではあるが、その中で嫌悪感というものを強く抱いたことが無く、どう付き合えばよいか分からない。持て余してしまう。

 どうしようもないものは仕方がない。そのままでいろと言われた記憶もあるし、まあしばらくはこのままでいいかと投げやりな暴論に終結。


「Oh! お帰りナさいお帰りクダさい、ヘッド!ワタシの邪魔をするならバ――」


「代わりに俺が付き合う。それで文句は無いな?」


「No problem! ミス・ユキシロは好きにしてクレ!」


「サクラの所有物でも無いけどね」


 暴走したサクラの牙は、竜相手ですら勢いを衰えない模様。それを見越していたリュウジン・ライがすかさず代案を提示することで、この場は沈静化完了。以前、リュウジン・ライを実験体にしたいが機会が乏しいと嘆いていたのを思い出す。これは間違いなく、サクラの欲するモノを理解したうえで自分の身を差し出している。


 一瞬の攻防を終えた頃には、気づけば周囲の気まずい空気も緩和して帰還を歓迎するムードが漂い始めていた。今からサクラに連行されるため、この場には留まれないだろうけども。

 それら諸々をすべて無視した竜が、マユイへと歩み寄る。


「近況は聞いている。実戦投入までもうひと月は要すると思っていた」


「そうね。時期尚早だと思う」


「相変わらずの自己評価だな」


 呆れたような台詞だが、表情も口調も声色も変わらない。こう見えても疲労が溜まっていたりするのだろうか、はたまた通常運転なのか。


「詳細は協議中だが、本番は一週間後の予定だ。それまでは休んでおけ。一颯にも修行を緩めるように伝えておく」


「人の消耗具合を勝手に決めないでくれる?」


「なら、好きにすればいいさ」


 それだけ言い残し、マユイに、会場に、背を向ける。すかさず一颯や涼風が引き留めに入るも、断られている様子。竜は群れるという、ファンタジーで培ったマユイの中の勝手なイメージが崩れかけている。

 他の面々もリュウジン・ライを気に掛けているようではあるが、直接声をかける勇気は無いのか、遠巻きにチラチラと高速横目で盗み見るばかりだ。竜の巣で生きる非戦闘員の大半が持つリュウジン・ライに対する認識は、天上の英雄といった感じらしい。悪印象は全く無いが、畏れ多く気軽には話しかけられないのだろう。


 引き留めようとした『肢』と『心臓』の兄妹も、引き留め方が分からなかった者たちも、引き留める気が無かった『影』も、振り返ることなく食堂の扉を開いた竜を、廊下の暗闇に消えゆくまで見送っていた。


 やる気のない主役を囲んだ宴は、夜の更けとともに自然と幕が下ろされた。

 それがマユイにはまるで、物語の序章、導入の終焉に感じられた。


␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ ␣ 



 扉を開け、中へ入り、後ろ手に閉めながら壁に設置されたスイッチを切り替える。眩しさに目を細めるが、すぐに明順応が起こって光に慣れる。日中に設定していた明瞭な白色の照明を淡い橙の常夜灯へと変更し、脳を睡眠モードへと移行させるために準備。


 お披露目のために半ば無理やり着せられていた任務服を脱いで、ようやく着せ替え人形の気分を脱却。そのまま下着姿になり、脱ぎたての新品仕事服を丁寧にハンガーに掛け、初出勤日までクローゼットの中にさよならバイバイ。

 ウォークイン式のモダンなクローゼットで、無駄に広いのだ。マユイの私服が少ないためにがらんとしており、閉店間際のショーケースに似た寂しげな光景に成り果てている。マユイセレクションのクソダサTシャツシリーズに囲まれる中、せいぜい華やかさを演出していて欲しいものだ。


 そのまま風呂に直行しよう――


「夜分遅くに失礼します、真結様。少しよろしいでしょうか?」


 丁寧に扉を叩く音に続いて、可憐な声が扉越しにくぐもって聞こえてきた。既に日付が変わろうとする時間帯に来客とはまた珍しい。訪れたのが礼儀正しさの権化である兎毬というのも、また珍しさを底上げ補強している。


 拒否するような理由も特段無いため、扉を開いて応答する。声の通り、ウサギの面を被った少女が立っていた。それだけではなく、彼女の後ろにピンクのサイドテールと、おっとり系の長い茶髪の姿も見えたのは想定外だったが。


「どうかした?」


「大したことでは――あの、どうして服を着てらっしゃらないのでしょうか……」


「あ」


 指摘を受けて自分の姿を見下ろし確認すると、上と下とどちらも下着だけを付けた姿だった。公共の場に相応しい格好とは到底言えないが、まあ顔見知り、それも同姓3人が相手なのだし問題ないだろう。水着でビーチを歩くようなものだ、海行ったことないけれど。


「用件はなに?」


「無理だよマユちゃん!?何事も無かった~ってのは無理があるよ!?」


「服なら着てるじゃない」


「下着だけね!」


 

 閑話休題。



 適当な部屋着を引っ張り出し、改めて来訪者の女子三人組の話を聞くに、どうやら大浴場での集団入浴のお誘いとのことだった。


「前々からみんなで入りたいな~って思ってたんだよね~!」


 その一言から、大まかな流れは把握できた。発案者はおそらくというか間違いなく涼風、それに純玲がほんわかと賛同し、一度は難色を示した兎毬を手八丁口八丁丸め込んで仲間に加え入れてきたといったところか。


「大正解ですの」


 大正解だった。この一ヶ月で、多少は他者への理解度も高まってきたらしい。いや、この3人――特に涼風の行動や思考パターンが単純明快で分かりやすすぎるだけか。


 ふと思うが、どうせ入浴しに行くのであれば下着姿は何の問題もなかったのではないか。今から全裸になりに行くのだから、むしろ事前に脱いでいたのは優秀ということに。


「そうですけれど、そういうことではないと思います」


 ならなかった。


 などと話しながら、兎毬の先導のもと大浴場を目的地として仄かに明るい廊下を歩いている。相変わらず光源不明でありながら十分な明度が確保されており、しかし深夜に適した儚げな淡いb雰囲気が醸し出されている。昼間は陽光も無しに白光で満ちているというのに、いったいどうやって調節しているのか。

 未だにこのアジトの全体構造が掴み切れておらず、普段行かない場所へ訪れる際は兎毬を始めとした誰かしらに案内してもらう必要がある。涼風に頼んだら迷子の数が倍になるだけなのでダメだが。


「――到着いたしました」


 道中にも涼風が主体となって雑談が無限延々展開されている中、わずかな隙を縫った兎毬の声が合図となり、足を止める。

 暖簾の掛かった木製の引き戸が2つあり、アジト内では明らかに異質。一方が『女』と書かれた赤い暖簾で、他方が『女』の赤。


「男用が消滅してるんだけど」


「場所が違いますので」


「じゃあ2つ要らないでしょ」


「雰囲気です。必要です、2つ」


 いつも通り淡々とした口調ではあるが、思いの外真剣な声色に感じて思わず瞬く。脳裏に過るのは、ひと月前に廊下で彼女の口から語られた、リュウジン・ライへの信頼と忠誠。それを彷彿とさせる真摯な態度が、今の冗談のような言葉からも垣間見えていた。


「そうですわねぇ、兎毬は出会った頃からお風呂が大好きでしたもの」


「……」


 やはり何か思うところがあるのか、普段は他者からの言葉を放り出したりはしない兎毬だが、口を閉ざしたまま扉を引き開ける。

 他2人は特に気にしてはいないようなので、深掘りはせずにマユイも後に続いた。



 大浴場と呼ばれるだけあって、内装は立派な様相であった。風呂というか温泉というか、もはや大理石製の熱水プールと表現すべき広大な面積を誇っている。四方を囲む壁の一面は全面ガラス張りになっており、無数の星光が遥か彼方から覗き見している。

 一画には檜で作られたサウナと思しき部屋もあり、その脇には露天風呂へと続く扉まで確認できた。


「豪華すぎない?」


 湯気立つ温泉に顎まで浸かりながらボソリと呟く声も、吐水口から湯が流れだす水音やジャグジーから聞こえてくる泡音も、全く反響しない。壁から壁までが遠すぎて届いているかすら怪しい。


「ええ、何度来てもこの広さには慣れそうにありませんの」


「あたしはケッコ~来てるから慣れたかな。あ!でもこないだ貸し切りだった時に泳いでみて、改めて広っ!ってなったな~」


「いったい何をしてらっしゃるんですか……」


 全員体を洗い終え、巨大プールのような浴槽の端に集まって湯に浸かっているところだ。横並びだから正面から見合っているわけでは無いが、濃い湯気に邪魔されようとも互いの顔くらいはどうにか見える。

 だからこそ目立つのが。


「……兎毬って、お風呂でもお面付けたままなんだね」


「はい。常に着用しております」


「私も、素顔を見たことは無いですの」


 このメンバーの中では恐らく最も古くからの付き合いである純玲が見たことないなら、涼風も見たことが無いだろうし、他の男メンバーも同じかもしれない。彼女がいつから仮面を被っているのかは知らないが、流石にリュウジン・ライは見たことがあるのだろうか。


「それはそうとさ!」


 バシャリと勢いよく水を撥ね退けながら、右隣の涼風がこちらへ身体を向ける。


「初めての任務、何か不安なこととか無い?ほら、羅衣もおにぃも、褒めるばっかりでちゃんと話を聞こうとしないじゃん。ほんっと、悪いクセだよね~」


「何か聞いてみたいことがあれば、遠慮なく聞いて欲しいわ」


 なるほど、唐突な女子会だなと思ったが、マユイの初任務に際して不安を取り除く会だったわけだ。確かに、竜の巣に来て以降、一度も不安だとか恐怖だとかそういった感情を吐き出したことがない。今しがた触れられたように、マユイを拾ったリュウジン・ライや教育係を務めた一颯からも、そういった話題を出されたことは無い。


 だって、無いんだから。不安とかなんにも。

 呆れや困惑は多々あれど、どれも大したものでは無いし、不満や文句は無限湧きするがそのたびに毒抜きはしているので問題なし。


 とはいえ、せっかくの機会だ。気になったこととか聞いてみてもいいかもしれない。


「全く関係ないことでもいい?」


「ばっちこ~いっ!」


「竜躯囚って、まだ他にいるの?私の認識だと、ライを入れて10人だけど」


「現在は計13名ですので、あと3名いらっしゃいますね」


 思っていたよりも多かった。もう一人くらいはいてもおかしくないとは思っていたが、まだ3人もいるとは。流石に説明不足が過ぎやしないか、最強さんよ。


「”現在は”ってのは、入れ替わりや増減があったってことかな」


「はい。主に殉職なさったことが理由となります」


 マユイの疑問に答える兎毬の声が、やや固くなる。心なしか涼風と純玲の顔にも曇りが現れる。医療担当の涼風にとっては死者に関する話は余計に重いだろうし、古参らしい純玲と兎毬は顔見知りとの死別もあったかもしれない。

 深掘る方向性を間違えたようだ。


「残りの3人はどんな人たちなの?」


「ん~、あたしは2人しか知らないけど、だいぶ個性的な感じかな~!どっちも、ものすごく特殊でさ~」


「私も2名しか存じませんの。おひとりは、表社会でミュージシャンとして活動していますわ。かなり有名になっていると聞いていますの」


 まさかのマトモな職持ち。ミュージシャンというのが夢追い人の意であるなら、マトモとは限らないかもしれないが。それより、表舞台で堂々と音楽に明け暮れているということになるが、それは色々と大丈夫なのだろうか。


「他は?」


「可愛い猫ちゃんですの。毛並みがもふもふで抱き心地が最高ですの!」


「ごめん聞き間違えたみたい。テイクツーお願い」


「可愛い猫ちゃんですの。肉球がぷにぷにで触り心地が極上ですの!」


「ごめん聞き間違えてなかったみたい」


 猫。その単語一つならまだ挽回の余地があった。”毛並み”と”もふもふ”の時点で非常に怪しくなった。”肉球”でスリーアウト。信じられないというよりは信じたくなかったため聞き間違えということにしようとしたが、通用しなかった。

 比喩表現ではない、文字通りの猫で間違いない。竜躯囚は基本的に――というか過去現在含めマユイ以外は人外で構成されていると聞くが、通称ではなく言葉本来の意味での”人外”がいるとは思っていなかった。


「あ、本当に猫ってわけじゃないんだよ~!いや、本当に猫なんだけど、すっごくカワイくてにゃふにゃふしたくなっちゃうけど、本物の猫じゃなくて、え~っと」


「兎毬、解説お願い」


「アノマラムによって猫になれるのです。四六時中いつでも猫化していらっしゃるので、ヒトの姿を見る機会は滅多ありません」


「ありがとう、助かった」


 答えを開いてみれば納得というかそれしか無いが、字面のインパクトと要領を得ない涼風の説明によって混乱するばかりだった。もっとも、理解してもなお疑問は尽きないが。

 猫になれるというのは、マユイのアノマラムに対する狭い知識の範疇から逸脱している。今後、現場で様々なアノマラム持ちと相対することを想定するならば、もっと想像力を働かせなければならないだろう。


「最後の1人は?」


「……非常に特殊な変わり者、とだけ申し上げておきます」


 あまりその話題には触れたくない、という意志がはっきりと感じ取られる。気になる気持ちも多少はあるが、切り上げるべきだろう。


「他には他には!? 何か気になる事あったら、ぜ~んぶ話していいからね!」


 横から善意の塊に捕まり、天井を見上げる。


 今日は、夜更かしになりそうだ。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 



 深夜を通り過ぎ、暁と呼ばれる夜明け前の時間帯。

 仄暗く薄明るい廊下を滑らかに移動する影の持ち主は、この竜の巣において最も尊ばれ、人外という異端者の中で最も異端で、世界中で最も強い存在。


 世界中を飛び回り、サクラの実験から解放されたリュウジン・ライは、一ヶ月ぶりに自室への帰還を果たした。


 何の感慨も無く、扉を開けて真っ暗な室内に身を捻じ込む。光源など無くとも、竜の目にはすべてがありありと明瞭に見えている。

 散らかすような物が無いため整然としているのは当然だが、埃一つ無いのは兎毬の成果だろう。不定期な帰還にピンポイントで合わせて清掃するというのは困難、日々掃除してくれていることの証左だ。


 そんな清潔無垢な自室の中央で。


「――――」


 自身の左胸の肉を右手で貫く。肋骨をすり抜け、リズミカルに拍動する心の臓を掴み、一切の躊躇も無く体内で握り潰した。


「――――」


 叫び声どころか、呻き声一つない。痛みを感じないわけでは無い。心臓が破壊される程度の痛みなど、竜にとっては声を上げる理由にならないというだけ。


 一連の動作の中、血飛沫が部屋を汚すことは無い。刀と化した右手が皮膚を通過し肉をかき分ける時も、肋骨の内側とはいえ勢いよく心臓が弾け飛んだ時も、人体の通貨たる血液は人体構造に反してその姿を露わにしなかった。


「――――」


 ゆっくりと、手を引き抜く。その指や掌にすら、鮮やかな赤は付着していない。そればかりか、瞬く間すらなく、左胸には何事も無かったかのように滑らかな皮膚が心臓を隠している。

 脈拍もある。再び同じことをするなばら、竜の体内で蠢く心臓を再び掴むことが可能だ。潰されたばかりの最重要な内臓は、既に再生済みである。


 なんてことない、いつものことだ。ふと髪を触ったり腕を組んだりしてしまうような手癖、寝る前に温かいものを飲んだり家を出る直前に鏡を見たりするようなルーティーン、そういった類のもの。自身の心臓を破壊する程度、そのくらいの意味しかない。


 自身の生命活動に一切の影響を与えなかった右手を胸の高さまで、しかし今度は五指を開いたまま上げ、竜眼でジロリと見遣る。


「――配役が完了し、盤面が動く。俺は間に合ったんだろうか」


 身体を動かすことを覚えたばかりの幼児のように、グッパッと指を折り曲げしながら、虚空へ吸い込まれると分かりきった言葉を発する。


 いや、休息は終了、切り上げるべきだ。やるべきこと、考えるべき事案、構築すべき盤面は無限にある。

 立ち止まることは許さない。

 まずは、積みあがった雑務から片づける。そう判断し、机へと向かい。


 その日も、竜は眠らなかった。

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