1-13 『非日常的日常の始まり』
「決着早すぎんだろぉがよ~。2人とも最短で投げ技狙うとか、RTAじゃねえんだから」
プールサイドにでもありそうなプラスチック製の白いベンチに腰掛け、呆れ顔をするのはマユイの教官役を務める羽間一颯だ。自身の金髪をガシガシと弄りながら、床で胡坐をかくおバカ少女2人を見下ろしている。
「え~!でもでも、ルール的には理に適ってたっしょ~」
「確かにそれぁオレっちのミスだけどよ~、そもそもの意義を考えりゃあそうはならんがよい!」
「そこを突かれると痛い」
この決闘もどきは前提として、修行前のマユイの身体能力や技術を測るという目的で行われたものである。よって、ある程度様々な戦法や攻撃をだらだら試すのが最適であり、そうでなくとも最短一直線に勝負を決めに狙うのはどう考えても悪手だ。
とはいえ、涼風の指摘通りでもある。一颯がその場でテキトーに制定したルールに則るならば、相手を床に倒してしまえば勝利なのだから、投げ技でぶん投げてしまうのが手っ取り早い。
それを一切想定していなかったというのだから、マユイと涼風はおバカかもしれないが、一颯だって十分にバカであると主張したい。わざわざ火に油を注ぐようなマネはしないけども。
「えと~、もっかい~……やる?」
「い~や、んな必要はねえな。なんせ、オレ様っちはテンサイだからな!さっきの一瞬で、だいたい分かっちまったぜ」
つい今までのしかめっ面はどこへ消えたのか、ウザいくらいのドヤ顔で、親指を立てながらの宣言だ。初対面の時の自己紹介でも同じ仕草をしていたが、一颯にとっての決めポーズのようなものなのだろうか。
「じゃあ今のやり取り必要なかったんじゃない」
「なかったんじゃな~~い?」
「おぉっと雲行きが怪しくなる前に本題に入っぞ~!」
ジトーっと見つめる少女たちの目に恐れをなして、即断即決、逃げの一手を打つ一颯。劣勢に立たされて焦ったような声、顔、態度。だが、どこか。
「――単刀直入に言うと、期待以上気分上々!ってトコだな。いや、ショ~ジキ?もっとこう、なんというか……」
「運動ができるようには見えない、と」
「まぁ、ぶっちゃけそぉだな。勉強と読書しかしてなかったってんだろ?」
真っ当すぎるコメントに頷く。実際、マユイの外見は151cmという小柄な体格に、病的なまでに白く細い四肢という貧弱セット。腕を見れば青い血管がうっすら透け浮いているほどだ。
どう見ても、運動、ましてや近接格闘戦など出来る風にはとても思えないだろう。
「これでも成績は良い方でね、体育も評定は5。投げ技だって、柔道の授業で一通り習ったもの」
「なるほど~、だから自分の土俵で戦うために、スズの足払いを誘ったってぇのか」
「そうね」
「すっご~!マユちゃんすご~い!まんまと嵌められちゃった」
引き分けだったというのに、まるでマユイが勝利したかのように喜び褒められる。涼風の人懐っこさと大袈裟なまでのリアクションにも、初めの頃は戸惑ったがそろそろ慣れてきた。
対する一颯は、涼風ほどではないが底抜けに明るいものの、今目の前で見せているように、時折、人が変わったように真剣な表情をすることがある。それがどこか歪に感じられ、涼風とは逆に接するほどとろぉがよ~。2人とも最短で投げ技狙うとか、RTAじゃねえんだから」
プールサイドにでもありそうなプラスチック製の白いベンチに腰掛け、呆れ顔をするのはマユイの教官役を務める羽間一颯だ。自身の金髪をガシガシと弄りながら、床で胡坐をかくおバカ少女2人を見下ろしている。
「え~!でもでも、ルール的には理に適ってたっしょ~」
「確かにそれぁオレっちのミスだけどよ~、そもそもの意義を考えりゃあそうはならんがよい!」
「そこを突かれると痛い」
この決闘もどきは前提として、修行前のマユイの身体能力や技術を測るという目的で行われたものである。よって、ある程度様々な戦法や攻撃をだらだら試すのが最適であり、そうでなくとも最短一直線に勝負を決めに狙うのはどう考えても悪手だ。
とはいえ、涼風の指摘通りでもある。一颯がその場でテキトーに制定したルールに則るならば、相手を床に倒してしまえば勝利なのだから、投げ技でぶん投げてしまうのが手っ取り早い。
それを一切想定していなかったというのだから、マユイと涼風はおバカかもしれないが、一颯だって十分にバカであると主張したい。わざわざ火に油を注ぐようなマネはしないけども。
「えと~、もっかい~……やる?」
「い~や、んな必要はねえな。なんせ、オレ様っちはテンサイだからな!さっきの一瞬で、だいたい分かっちまったぜ」
つい今までのしかめっ面はどこへ消えたのか、ウザいくらいのドヤ顔で、親指を立てながらの宣言だ。初対面の時の自己紹介でも同じ仕草をしていたが、一颯にとっての決めポーズのようなものなのだろうか。
「じゃあ今のやり取り必要なかったんじゃない」
「なかったんじゃな~~い?」
「おぉっと雲行きが怪しくなる前に本題に入っぞ~!」
ジトーっと見つめる少女たちの目に恐れをなして、即断即決、逃げの一手を打つ一颯。劣勢に立たされて焦ったような声、顔、態度。だが、どこか。
「――単刀直入に言うと、期待以上気分上々!ってトコだな。いや、ショ~ジキ?もっとこう、なんというか……」
「運動ができるようには見えない、と」
「まぁ、ぶっちゃけそぉだな。勉強と読書しかしてなかったってんだろ?」
真っ当すぎるコメントに頷く。実際、マユイの外見は151cmという小柄な体格に、病的なまでに白く細い四肢という貧弱セット。腕を見れば青い血管がうっすら透け浮いているほどだ。
どう見ても、運動、ましてや近接格闘戦など出来る風にはとても思えないだろう。
「これでも成績は良い方でね、体育も評定は5。投げ技だって、柔道の授業で一通り習ったもの」
「なるほど~、だから自分の土俵で戦うために、スズの足払いを誘ったってぇのか」
「そうね」
「すっご~!マユちゃんすご~い!まんまと嵌められちゃった」
引き分けだったというのに、まるでマユイが勝利したかのように喜び褒められる。涼風の人懐っこさと大袈裟なまでのリアクションにも、初めの頃は戸惑ったがそろそろ慣れてきた。
対する一颯は、涼風ほどではないが底抜けに明るいものの、今目の前で見せているように、時折、人が変わったように真剣な表情をすることがある。それがどこか歪に感じられ、涼風とは逆に接するほど困惑が増していく。
「け~れ~ど、だ!オレ様っちが注目してぇのはそこじゃねえ」
「というと」
「ズバリ!――冷静さと判断力だ」
「普通でしょ」
マユイは基本的に感情が表情に出ない――なんなら感情自体も乏しいため、傍から見たら冷静沈着という印象を受けるのかもしれない。
倉橋さんからも似たようなことを言われたことが確かある。あったはず。あったような気がしないでもない。あったっけ。
それはともかく、マユイは異常事態でも平静を保ち適切な判断に基づいて行動できるような、理性的な理論家なんかじゃない。
「せいぜい、情報の取捨選択を怠らないよう意識してるくらい」
「その精度がハンパねぇってこった。それに、嬢ちゃんは普通だって言うけど、その胆力は普通じゃないぜ?」
「あ~それ、何となく分かるかも!どこか、羅衣を彷彿させるっていうか~」
「褒めてるんだろうけど、その表現は心外」
リュウジン・ライと重ねられるというのは、非常に気分が悪い。今まで誰かを嫌ったり疎んだりといったことをした経験が無かったマユイだが、その反動なのだろうか、どうしても生理的に受け付けない。
それこそ、夕焼けを背にした声を聴いた時から。血に染まる視界の中で顔を見た時から。ずっと。
「い~か?切り替えが早ぇヤツはごまんといやがる。理論家筆頭の羅蓮だってそうさ。けど、徹頭徹尾揺らがない動じないってのは、そう滅多にいねぇ」
「つまり?」
「結論!嬢ちゃんの精神力はイカれてらぁ。人外基準でもな」
「おにぃ~?フィジカル評価の話はどこ行った~?」
「飛んで行っちまった!」とガハガハ笑う一颯を横目に、マユイの意識は過去の情景へと注がれていた。
一週間前、『かくれんぼ大会』などと称して入団テストが行われた際、性格の捻じ曲がったリュウジン・ライの手による一方的なルール変更によって、マユイはイレギュラーへの対応力を試された、らしい。またその最中には、実害の無い大規模火災という派手な威圧までされている。
そのどちらも、マユイの平静を一切揺さぶることはなかった。
その少し前、廃ビルでの出来事も似たり寄ったり。不意に非日常が襲い掛かってきたわけだが、驚きはすれど一瞬たりとも思考を止めたりはしなかった。
危機的状況や想定外の事態に晒された時、何をすべきか考えて行動できる者と、恐怖や驚愕に身体を蝕まれ硬直する者に分けられる。
一颯が言及しているのは、前者の中でもさらに2種類に細分化できるという話だろう。怖気づいても立ち直ることのできる者と、そもそも恐れを感じぬ者に。
言いたいことはおよそ理解したつもりだ。したつもりの上で、
「大したことじゃないでしょうに」
竜の巣の面々はやたらとマユイを過大評価したがる。それが、マユイの感想だ。
竜躯囚4人がかりで捕捉できない潜伏能力があることを考慮しても、一般人に毛が生えた程度の能力しかないだろう。その毛も怪しいものだが。
「よっぽど鍛えなきゃ、使い物になんて」
「……嬢ちゃんの自己認識は置いといて、今後の方針を固めなきゃな。オレっちの見立てだと、短所を補うよりも長所を伸ばす方が嬢ちゃんは良さげだから、そ~だなぁ」
少し考え込み、天井の方を見上げながら腕を組む。マユイの目にはそれが、内容を悩んでいるというよりも、既に出ている結論に葛藤しているように映り――
「明日から毎日、午前は潜伏の練習、午後は動体視力トレーニングを中心に体力と筋力の補強をするってことで、ど~よ!」
「異論ないけど、今日からじゃないの?」
「あ~~…………今日は多分、そんなことしてる時間ないだろ~な」
「時間無いって、どういう――」
「――Fooooo! サがしタよミス・ユキシロ、コンなトコにイたのか!」
バン!という爆音とともに入口の扉が乱暴に開かれ、現れたのは長い黒髪をたなびかせるナイスバディの女性だ。頭にはメカニカルなゴーグルを掛け、科学者のような風貌だ。場所と声量も相まって、道場破りという印象の方が強く感じてしまうが。
顔だけ見れば大和撫子なのだが、口調が明らかにカタコト、外国人丸出しというチグハグ。和洋折衷を失敗したような残念な印象を受ける。
その姿を見た途端、一颯と涼風が光の如き速度で目を逸らし、そっぽを向いた。それで察する。
「ヤバいタイプの人ね」
「せ~か~い。マユちゃん、頑張ってね~」
「Nice to meet you!キミがミス・ユキシロだな!会いたかっタよ――オヤ、なぜそんな顔をしてイるんだい?ファーストインプレッションは大切だゾ、少年」
「大丈夫、人は選んでるから」
口を開けば開くほどツッコミどころが生まれる、人の話を聞かないタイプの手合いだと、少ない言動から即座に判断する。そして同時に理解する。
「残念系美女ってやつね」
「HAHAHA! 聞いていたとおりオモシロいコだ!ヨロシク頼むよ、少年!」
「一颯、ヘルプ」
マユイの手には余ると判断し、事情を知っているであろう一颯に助けを求める。それに応え、小さくため息を付きながら顔を上げ、嫌そうな顔で指摘した。
「あ~、サクラさんよぉ、自己紹介を忘れてやしないか?」
「Oh、Sorry!シッケイシッケイ!ワタシは『竜の腹炉』サクリフィカ・ルークウッドだ!装備製作班のリーダーを務めている!ヨければ、サクラと呼んでくれ!」
「竜躯囚の一体って訳ね」
マユイを含めた9名が竜躯囚のフルメンバーだと勝手に思い込んでいたが、どうやら他にもまだいるようだ。考えてみれば、一週間前のあの日、全員が偶然同時に暇で一堂に会することができたというのは、いささか無理のある想定だった。
どうでもいいが、呼び名がややこしくないだろうか。黒髪のサクラ、ピンク髪のスズ。桜といえばピンクというのはこの国で生まれ育ったならば当然のように抱いているイメージで、意識していないとそのイメージに引っ張られそうになる。
「もう知っているみたいだけど、私は『竜の影』ユキシロ・マユイ。よろしく。で、何の用?」
「Yeah!ほんの少し、研究のテツダいをしてもらいタいだけさ!ミスター・イブキ、彼女を借りて行ってもカマわないか?」
「ダメ~って言ったら?」
「連レて行くとも!」
「てな訳だ、嬢ちゃん」
「どういう訳よ」
一颯はどうにもサクラに対して苦手意識を持っているらしい。相性が悪いのか、彼女が登場してから調子が狂っている。
「据え膳食わヌは急がば回レ!なあに、悪いようにはしナいさ。少年よ、未知を求めてLet's go!」
「多分それ、『善は急げ』ね。……って、ちょ、引っ張らないで」
満面の笑みを浮かべたサクラがズカズカと近寄って来たかと思えば、マユイの手首を掴み、無理やり引き摺る勢いでどこかで連れて行こうとする。
羽間兄妹は止めてくれる気など無いようで、ひらひらと手を振りながら、不憫そうな目でマユイを見送っている。「マユちゃんガンバ~」という声も遠ざかっていく。
――この非日常が、新たな日常か。
そんなことをぼんやり思いながら、ずるずると廊下を引きずられていった。
数時間後、狂喜乱舞するサクラの奇声がアジト中を驚かせたのは、また別の話――というわけでもないが、あまり思い出したくないので割愛する。




