第七話 初セッション
プリスとシャルムの誤解が解けて本当に良かった。
これでやっと軽音楽部として活動していけそうだと、リディと私は笑顔になった。
* * *
放課後の軽音学部の部室は、思っていたより静かだった。
「……あれ? 先輩たちいないみたいだね」
私は扉からそっと顔を出す。
アンプも、マイクスタンドも、そのまま。
窓から差し込む陽の光が、シンバルを鈍く光らせている。
いつもはお喋りで賑やかな部屋だが、今日は抜け殻のようだった。
リディがくるりと振り向いた。
「じゃあ——今がチャンスだね」
その笑顔に、何故か胸が少し跳ねる。
「練習曲、どうする?」
プリスがギターケースを開きながら聞く。
リディは迷わなかった。
「もちろん、『マシュマロ』のデビュー曲で!」
「その曲なら……」
シャルムはすぐにベースを肩にかけ、プリントをみんなに配った。
「……楽譜のコピーは用意しておいた」
抑揚のない声には照れ隠しが滲んでいた。
シャルムは気が利く子だな。
私はドラムセットの前に立つ。
スティックを握る手が、じわりと汗ばんでいる。
……ちゃんと叩くのは初めて。
思ったより埃も積もっておらず、ドラムはお手入れされているみたいだった。
椅子に座り、バスドラムに足を乗せる。
ペダルが思ったより重い。
「大丈夫?」
プリスがそっと覗き込む。
「う、うん……たぶん」
リディがマイクの前に立った。
「完璧じゃなくていいよ。ボクたちの『マシュマロ』をやろう」
この曲はシンセサイザーやキーボードも重要な曲……。
私はリディの言葉に頷いて小さく息を吸う。
「いくよ——」
スティックでカウントを取る。
最初に鳴ったのは、プリスのギター。
軽やかで一音一音がきれいに零れ落ちるような、アルペジオのイントロ。
少し遅れて、シャルムのベースが重なる。
低音が、ぴたりと寄り添う。
プリスが、ほんの一瞬シャルムを見る。
シャルムも口角を上げて視線を返す。
音が、笑うように華やいだ気がした。
リディの声透き通る声が乗る。
まっすぐで、青空みたいな歌声。
リディが歌うのを初めて聴いた。
歌っている時のリディは急に大人びて見えた。
——そして。
私は、スティックを振り下ろした。
カン、と少し硬い音。
タイミングが、ほんの少し早い。
あ、いきなりずれた……!
胸が縮こまる。
でも、誰も止まらない。
プリスはそのまま弾き続け、
シャルムはリズムを少しだけ寄せてくれた。
リディも、歌を崩さない。
もう一度。
今度は、バスドラムを踏む。
ドン、と腹に響く振動。
……これが、私の音?
胸の奥まで震える。
ハイハットを刻む。
まだぎこちない。
でも、音が重なっていく。
バラバラだったはずなのに、
どこかで、ふっと噛み合う瞬間があった。
ギターとベースが絡み、歌が伸びて、そこに自分のリズムが乗る。
私、今ちょっとだけ音楽の心臓になれているかも!
胸が熱い。笑いが込み上げる。
最後のコードとシンバルの余韻が部室に広がる。
部屋が四人の呼吸だけを残して静まり返る。
「今の、良かったよね?」
リディがきらきらと笑った。
プリスが大きく頷く。
「うん! 途中からぴたって合ってた!!」
「クレア、サビからちゃんとはまってたよ」
シャルムが少し照れながら言う。
「えっ……本当に?」
自分の手がまだ少し興奮に震えていた。
「音が揃うと気持ちいいね!」
そうして初めての合わせ練習が終わった。
私たちは息を切らしながら、お互いを見合わせていた。
「クレア、本当にドラム初心者なの?」
プリスが目を丸くする。
「エアー練習はしてたの。あとね、この動画観ながら……」
私は少し照れながら、端末の画面をみんなの前に差し出した。
再生ボタンを押す。
流れてきたのは、透明なピアノの旋律のオープニング曲。
やわらかく転がる音に、きらりとしたギターのアルペジオとドラムの音が重なる。
部室の空気が、ふっと変わる。
「……あ」
リディが小さく息を漏らす。
プリスも、シャルムも、同時に顔を上げた。
この旋律には聞き覚えがある。
放課後、春風と共に運ばれてきた、あの音色。
「ねえ、この曲……ヴェルテ君の弾いてた曲に似てない?」
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