第五話 男の子の仮面
プリスと距離を置くようになったのは、いつからだっただろう。
昨日も、廊下ですれ違ったのに、お互い目を逸らしてしまった。
思い返せば、まだ幼かった頃——
幼なじみのプリスは、ぼくの変化にすぐ気づいていた。
女の子らしさを捨てて、男の子みたいに振る舞おうとしていることに。
「シャルム、なんで男の子みたいにふるまうの?
可愛いんだからさ。もっとおしゃれして、楽しもう?」
屈託なく笑いながら言うプリスの声は、あまりにも無邪気だった。
「……ぼくは、このほうが落ち着くんだ」
そう答えた自分の声が、少し硬いことに気づいた。
――違うの。
本当は、プリスみたいになりたかった。
髪を結ったり、好きな服を選んで、笑っているだけで「可愛い」と言われる女の子に。
誰よりも憧れているくせに。
その場所には、なぜか自分は立ってはいけない気がしていた。
だって、「女の子のぼく」は、望まれていないのだ。
幼い頃に祖母が何気なく言った。
「男の子だったら良かったのにねぇ」
悪意はなかったのだろう。
それを聞いた父は曖昧に笑い、母は視線を逸らした。
男の子のように振る舞えば、少しはぼくを認めてもらえるだろうか。
そんな思いから、ぼくは男の子の仮面をかぶるようになった。
それでもプリスは、女の子らしさを捨てたぼくのことも「可愛い」と言ってくれた。
嬉しくもあり、悲しくもなった。
ぼくとプリスが中等部に入った頃も、プリスの明るさにいつも助けられていた。
一人でいるぼくに、いつも話しかけてくれた。
「シャルム、ちょっとだけこのグロスつけさせて!」
プリスはぼくの唇に優しくグロスを乗せていく。
かなりくすぐったい。
「もう……プリスは強引なんだから」
ぼくが呟くと、プリスは楽しそうに笑った。
「シャルム、やっぱり可愛いよ! グロスつけただけでこれだもん! いいねー!」
プリスがコンパクトミラーをぼくに向けた。
「うそ……」
鏡の中の自分が、なんだか知らない誰かみたいだった。
――可愛い。
そう思った瞬間、胸が苦しくなった。
これが、本当のぼくなの?
でも——
ぼくはそっと鏡から目を逸らした。
「プリス、ありがとね」
その時の返事は、感情がこもっていなかったかもしれない。
それでもぼくは、周囲の期待に応えようと、仮面をかぶり続けた。
ぼくはプリスという自分の「可愛い」理想の隣にいたかった。
プリスがおすすめしてくれた「マシュマロ」の音楽は、ぼくの心をふんわりと溶かして軽くしてくれた。
「この女の子が格好良くて、気になる」
ぼくが呟くと、
「じゃあベースやってみない? あたしギターやってて。ちょっとなら教えられるよ!」
それから、プリスがベースの弾き方も教えてくれた。
少しでも早くプリスに追いつきたくて、必死で練習した。
二人で、ずっと音楽をやっていきたかった。
だから数週間前、別のバンドから、欠員を埋めるための誘いを断ったんだ。
「プリスと一緒じゃなければ意味がない」
本心でそう言ったぼくを、プリスは悲しそうな顔で見た。
どうして?
プリスはぼくと一緒じゃ嫌なの?
そして、お互い気まずくなって距離を置くようになった。
――プリス。
ぼくは君の隣で一緒に音楽をやりたいだけなんだ。
他のバンドになんか興味がない。
なのに、どうしてプリスは分かってくれないの。
* * *
そして今日、昼休み――
ぼくは中庭のベンチに一人で座っていた。
ヘッドホンで「マシュマロ」の音楽をループ再生し、コードを見ながら音を確認していた。
プリスに会わないように、人の少ない場所を選んだ。
その時だった。
「あの、キミ!」
肩をとんとんと叩かれて顔を上げると――
銀に近い淡い金髪、薄い青の瞳の男の子と、明るい金髪ショートの女の子が立っていた。
「ボクはリディ。こっちはクレア」
リディが名乗った。
「キミがシャルムだね? 一緒にバンドを組んでほしいんだ!」
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