第四話 欠けた重低音
「ありがとうございましたー!!」
幼なじみのシャルムとあたしが好きなバンド、「マシュマロ」のカバー曲を歌い終えた。
シャルムのベースの音がないとやっぱり変な感じだな……ってまたあたしはここにいないシャルムのことばっかり考えちゃう。
まばらに拍手が聞こえてホッとする。
無観客ほど辛いものはないから。
あたしは笑顔でお辞儀をした。
「聴いてくださってありがとうございました!」
でも、心の中は複雑だった。
一人で歌うのは、やっぱり寂しい。
シャルムと一緒に歌っていた時の方が、ずっと楽しかった。
次の曲を始めようとした時——
「キミ、すごく良い演奏だった!」
声をかけられた。
顔を上げると、そこに立っていたのは——
銀に近い淡い金髪で薄い青の瞳。
可愛らしい顔立ちの子。
その隣には、明るい金髪ショートの女の子。
二人ともパルフェ学園の制服を着ている。
「えへへ、ありがとう! 同じ学園なんだね!」
声をかけられて嬉しくなる。
心の中のもやもやを、笑顔で無理矢理押し込めた。
「うん! ボクはリディ。この子はクレアだ」
「あたしはプリス! よろしくね!」
クレアが一歩前に出た。
「プリスちゃん、すごく上手だったよ! ギターも歌も!」
「本当に? 嬉しいなー! プリスって呼んで! あたし、音楽大好きなんだ!」
リディが真剣な目でこちらを見た。
「ねえ、プリス。突然なんだけど——ボクたちとバンドを組まない?」
――バンド。
その言葉に、心臓がドクンと跳ねた。
——誰かと組んで、「また」壊れるのが怖い。
「え? バンド?」
あたしはなんとか引きつった笑顔を作った。
「うん! 今、メンバーを集めてて。プリスのギターと歌声は人を惹きつける! 一緒にやろうよ!」
リディの目が、眩しいほどキラキラ輝いている。
あたしは思わずその瞳から目を逸らした。
――ダメだ。
もう、あんな思いはしたくない。
声を絞り出す。
「ごめん。あたしは……ひとりで頑張りたいの……」
自分でも信じられないくらい声が震えていた。
リディとクレアが驚いた顔をする。
「もう……仲間を作って壊れるのは、嫌なの」
そう呟いた瞬間——
涙が溢れそうになった。
あたしは慌てて顔を伏せた。
「ごめんね。せっかく誘ってくれたのに」
笑顔を作ろうとしたけど、うまくできなかった。
しばらく、沈黙が続いた。
夕闇の重い風が、あたしの髪を揺らした。
リディが、ゆっくりと口を開いた。
「……プリス、何があったかは分からないけど」
その声は、優しかった。
「ボクは、プリスの音楽が好きだよ」
「え……?」
顔を上げると、リディが真っ直ぐにあたしを見ていた。
「プリスの音楽は、楽しくて、温かくて——最高! ボクが言うんだから間違いない!」
クレアも頷いた。
「うん。私も、プリスの歌を聴いて、すごく元気が出たよ。でもね……」
クレアがためらいがちに続けた。
「今のプリスは、ちょっと寂しそうに見えたよ」
――え?
あたしは、胸がぎゅっとなって熱くなった。
「歌ってる時、笑顔だったけど……目が、笑ってなかった気がする」
クレアの言葉が、胸に刺さった。
「ボクは、プリスが本当に楽しそうに歌ってるところが見たい」
あたしは、言葉が出なかった。
――本当に、楽しかった時。
それは——
シャルムと一緒に歌っていた時だった。
声が震えた。
「あたし、幼なじみと一緒に音楽やってたんだ」
リディとクレアは、黙って聞いてくれた。
「でも、その子だけが他のバンドに誘われて……あたしは、嫉妬しちゃって」
涙が、ぽろぽろと落ちた。
「あたしがシャルムを誘ったのに。あたしじゃなくて、その子が選ばれて……」
「それは……すごく辛かったね」
クレアが、優しく言った。
「でもね、シャルムは誘いを断ったの。『プリスと一緒じゃなければ意味がない』って」
初対面の子たちの前なのに、涙が止まらない。
「それが、余計に辛くて……あたしのせいで、シャルムのチャンスを潰しちゃったって」
「それで悩んでたんだね……」
リディが静かに言った。
あたしは涙を拭いながら頷いた。
「誰かと組んで、また同じことになるのが怖いの」
しばらく、沈黙が続いた。
それから——リディが、小さく呟いた。
「プリス、ボクもね、色々事情があるんだ」
「え……?」
「ボクは、両親に音楽を反対されてる」
リディの声が、少し寂しそうだった。
「在学中に結果を出さなきゃ、音楽を諦めろって言われてるんだ」
「そんな……」
「だから、ボクも怖いよ。失敗するのが」
リディは空を見上げた。
「でも、一人じゃ何もできない。だから、仲間が欲しいんだ」
あたしは、リディを見た。
「ボクは、プリスみたいに音楽を楽しんでる人と一緒にやりたい」
リディも、あたしを真っ直ぐに見た。
「もし、プリスが一人で頑張りたいなら、それでもいい。でも——」
リディは手を差し伸べた。
「もし、また誰かと一緒に音楽がやりたくなったら……ボクたちのこと、思い出してほしいな!」
あたしは、その手をじっと見つめた。
――正直、また仲間を失うかもと思うと……嫌だ。
でも——
リディの目は真剣で、あたしを貫いた。
クレアも、優しく微笑んでいた。
——シャルムに、何て言えばいいんだろう。
やっぱりあたしはシャルムと一緒がいいよ。
心の中が、ぐちゃぐちゃだった。
「ごめんね……ちょっとだけ考えてもいい?」
あたしは、やっとそれだけ言った。
「うん。もちろん」
リディは優しく笑った。
「いつでも、待ってるから」
そして、二人は去っていった。
あたしは、一人時計台の下に残された。
ギターを抱きしめて、空を見上げた。
シャルムと……もう一度話したいな。




