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ワールド「Cace3延々」

 彼の名は影山彪斗[かげやまあやと]。おそらく〝弾かれたモノ〟だけど、少し違うような気がしないでもない。なにかこいつには違和感がある。

 再び彼は同じ言葉を口にする。今度はうつむきながら。

「残念だ」

「なにが?」

 会話をはじめると彼の姿は鮮明になった。僕が彼を認識できたということだ。

「君が世界を滅ぼす側になったこと」

「そんなつもりはない」

 これは本心だ。なぜなら僕の目的はアスカを取り戻すことで、世界を滅ぶす気はない。

 しかし、彼は僕に敵意を向けた。

 アスカを傷つけたなんて許さない!

 怒りの感情がふつふつを湧いてくるけど今は我慢した。あの闇の中で僕は忍耐強くなった。表面的には。

「君にそのつもりがなくても、この2人の世界はすでに壊れつつある」

「1人ではなくて、2人?」

「今僕らがいる世界は世界と世界が癒着している。恋人同士にはよくある話さ」

 二人の関係までもう知っているのか。

 彼は話を続ける。

「この事例は宗教にも多い。同じ理想、同じ思想のもとに世界を共有する。そして想いが強くなればなるほど具現化する。それを信仰者たちは奇跡と呼ぶね」

 この夢幻世界は想いが具現化したものだ。恋をすると世界が変わって見えるというのは、あながち真実だ。

 僕は静かに口を開く。

「世界は放っておいてもひとつになろうとする。それが自然な形なら、僕が世界を滅ぼすなんて言い方はしてほしくない」

「地球を含めた惑星は長いサイクルののちに寿命を迎える。最後は大爆発だ。それは自然の摂理ではあるけれど、その惑星に住む動植物は爆発なんて起きたら全滅だ。まあ実際は爆発する前に環境が悪化するわけだけれど。どちらにせよ、それが自然の摂理だろうと、滅びを簡単に受け入れることは難しい。しかも、君のやろうとしていることは、本来なら緩やかに滅びるものの死期を早めている」

「僕はただアスカを取り戻したいだけだ」

「それによって世界が滅びたら元も子もないだろ」

「滅びたら……創ればいい」

 彼の険しさが空気感に伝わってくる。

 ――消えた!?

 本当に突然だった、目の前からいきなり彼が消えた。

 僕はすぐさま彼がいた場所に駆け寄った。床に落ちている汗の染み。この世界に存在していたのはたしかだ。

 ローズの次は影山彪斗。

 僕のやろうとしていることには敵が多いらしい。

 いや、味方がひとりもいないと言ったほうがいいかもしれない。

 それでもかまわない。

 僕はアスカのいない世界を望まない。たとえ、それが元友人の世界であっても。この世界で得られるものがあると思ったけど、もう無理らしい。

 ここからミラーが去り、ローズが去り、影山彪斗も去った。

 残されたのは僕だけだ。

 ここにはなにもない。

 闇。

 一瞬にして僕の周りだけが暗闇に包まれた。僕だけが見えている。けれど、僕は世界を照らさない。

 手のひらを上に向けると、そこに闇が凝縮して小さな玉になった。と言っても、ここは闇で、僕以外はなにも見えないので、闇が凝縮したかなんてわからない。

 けれど僕は感じる。

 僕の思い出ではないけれど、僕も知っている世界と人々の記憶。

 この日、ふたつの世界が同時に消えた。


 人間の三大欲求のひとつに食があるけれど、ふと気づけば僕はなにも食べていない。肉体というものが、どんな意味を成し得ているのか、この世界においては難しい問いだ。

 腹が減るというのは肉体が欲するのか、それとも魂が欲するのか。

 肉体とはなにか?

 魂だけでは、人間は存在できないのだろうか?

 そう、少なくとも肉体だけでは、その人間とはいえない。それは〈ミラーズ〉が証明している。魂と肉体が合致していなければ、人間とはいえない。

「入れ物が先か、中身が先か、顔のない僕たちは不安定な存在といえる」

 僕が投げかけると、ローズは鞭で返してきた。

 僕に向けられた敵意。日に日に増しているように感じる。

 この場所に、どのくらいの時間いるのか、時間という存在はなかなか証明が難しい。夢幻世界において、忘却してしまうことはいくらでもあるし、個々の世界で時間の流れが違うというのが厄介だ。

 ここでこうして話しているのだって、お互いが同じ時間に存在しているとは限らない。

 そう、たとえば、奥が戦っている相手は過去の幻影かもしれない。

「ファントム・ローズ!」

 僕はその名を叫んだ。

 声だけが木霊する。

 この声も未来に届くのか、過去に届くのか。

 本当にローズは僕の目の前にいるのだろうか?

 疑わしいものだ。

 疑うというのもナンセンスだ。この世界は想いによって成り立っているのだから、なにもかもが現実で、なにもかも幻。

「ファントム・ローズ!」

 再び叫ぶが、やはり返事はなかった。

 我思うが故に我ありというのなら、僕が思えばローズはそこに存在するということか?

 僕はいったい……だれと戦ってるんだ?


 僕の名前は春日涼。僕が生まれた夏の日がやけに寒かったからそんな名前が付いたと聞かされている。

 僕は私立六道学園高等部に通う二年生で、クラスでは平凡に過ごしてきたと思う。髪は染めてないから黒で、身長は一七四センチ、自分ではどこにでもいるような男だと思っているけど、人から見たら僕はどう映るんだろう?

 そんな僕にも彼女がいる。同じクラスの椎名アスカ。付き合いだしたのが中三の二学期だったから、付き合って二年になる。

 僕らはいつものように歩いて学校から帰宅していた。

「〈ミラーズ〉の集会には行くな。事件の主犯は保健室の先生だから関わらないように」

 あの話が切り出される前に僕は唐突に言った。

 きょとんとするアスカ……だと思う。

 今日のアスカはいつもよりぼやけて見える。そう、きっと僕が疲れてるからだ。

 角を曲がりとレポーターとカメラマンが現われた。

 だから僕はふたりを消した。

 今日の僕は疲れている。

 切りが無い。

 この世界は切りが無い。

 目的すら忘れてしまいそうだ。

 そして、自分自身すら忘れてしまう。

 僕の名前は春日涼。僕が生まれた夏の日がやけに寒かったからそんな名前が付いたと聞かされている。

 僕は私立六道学園高等部に通う二年生で、クラスでは平凡に過ごしてきたと思う。髪は染めてないから黒で、身長は一七四センチ、自分ではどこにでもいるような男だと思っているけど、人から見たら僕はどう映るんだろう?

 そんな僕にも彼女がいる。同じクラスの椎名アスカ。付き合いだしたのが中三の二学期だったから、付き合って二年になる。

 しいな……?

 しいなぎ……?

 椎凪渚!

 そう、椎凪渚は僕の彼女だ。

 間違いない。それはひとつの事実だ。けれど違う。

 いつから僕らは付き合っていた?

 いつから僕は世界を繰り返している?

 いつから僕は〝弾かれた〟?

 椎凪渚がアスカの代役であるなら、椎凪渚の代役はアスカなのか?

 もしふたりがいなくなったら、次の代役はだれなんだろう?

 その輪はどこまで続くのか?

 この輪はどこまで続くのか?


 ――気づけば暗闇だった。


 今日も暗い。

 なにも見えない……真っ暗だ。

 今日っていうのは間違ってるかもしれない。

 あれからどれくらい経ったんだろう?

 時間が長く感じられるだけで、まだ1日も経っていないかもしれない。

 それとも3日くらい過ぎたのか……それとも1週間が過ぎてしまっているかもしれない。

 暗闇の中じゃなにもわからない。

 そう言えばお腹が空いてないな……。

 ということはまだ1日も経っていないかもしれない。

 ずっと暗闇のままだ。

 手足は動く。それで自分の身体があることも確認できる。

 僕はしっかりとここに存在している。

 でも、やっぱりなにも見えない。

 足が地面に着いている感覚もない。

 宙に浮いていたとしても、なにかに流されて動いている感覚もない。

 ずっとこの場所で停滞しているような気がする。

 気がするだけで、なにも見えなきゃ確認もできない。

 これで終わりだとしたら最悪だ。

 なにもかも解決してない。

 渚やファントム・ローズたちが、あの後どうなったのかもわからない。

 もしかして一生このままなのだろうか?

 ……一生?

 こんな場所に一生なんてあるのだろうか?

 ここにあるのは永遠かもしれない――。


 ――そして、僕は目を開ける。


「思い出すんだ。思い出せなければ、君は世界から消える」

 目の前の君は頭を抱えて取り乱す。

 目まぐるしく移りゆく景色。

 真っ赤な夕焼けが黒に染まっていく。

 夜の静寂が僕の声を響き渡らせる。

「君の名前は椎凪渚。椎名アスカの代わりだよ」

 この場にはもうひとり、鏡を見るような存在がいた。

「ファントム・メア」

 ローズのつぶやきに合わせ僕はうなずいた。

「そう、ファントム・メア……それが世界から弾かれた僕の仮初の名。自分自身だけは自分が証明できないだなんて、ばかげてると思わないかい?」

 ローズの顔は無機質だ。

「だから、私たちはファントムなのだ。世界は全ての者に平等に与えられている。個人の持つ世界が己を証明してくれる。しかし、自己の世界から弾かれてしまっては、他に自己を証明してもらわなければ、消えてしまう。自分自身がここにいると感じるだけでは、想いが弱すぎる」

「すでに僕たちは顔を持たない」

「だから私たちはファントム」

「けどさ、僕には君の真の顔が見えるよ」

 強く思い出せば、その顔がぼんやりと見えてくる。

「――鳴海愛」

 彼女の名を呼ぶと、彼女も僕の名を呼んだ。

「私には君が春日涼に見える」

 渚は僕とローズを交互に見て驚いた顔をした。きっと彼女にも見えたのだろう。

「涼、愛ちゃん!」

 自然と僕の顔から笑みがこぼれた。認識される悦び。

 だが、そんなひとときをローズがぶち壊す。

 薔薇の鞭が強烈な香りを撒き散らす。僕に対する威嚇だ。

 僕が渚に伸そうとした手を薔薇の鞭が弾いた。

 幻影を散らすほどの痛みだ。夢すらも覚めそうになるんじゃないかって思う。

 渚はさらに驚いているようだ。

「どうして?」

 すでに渚はローズの胸に抱き寄せられ守られている。

 気づいたな……ファントム・ローズ。

「ファントム・メア……なぜ君は渚を狙う?」

「推測はできるだろ?」

「椎名アスカに関係があるのか?」

「アスカの復活には渚が鍵を握ってるからね」

 そう僕は確信している。

 なぜ椎凪渚は椎名アスカの代わりになり得たのか。

 世界ははじめ、ひとつの塊だった。ひとつの世界が個々の世界へと枝分かれして、幾星霜もの夢幻の世界を生み出し続けている。けれど、もともと1つだった世界は引力のようなものによって、またひとつに戻ろうとしている。

 世界が分裂して、多くの人間が分裂して、すべての存在が分裂していく。分裂を繰り返すうちに個性が生まれてくる。元を辿れば同じものでも、末端を見ればまったく想像もつかないほど別物。

 椎凪渚と椎名アスカは分裂元が近いんじゃないかって僕は推測した。

 たしかこういうのを類魂[るいこん]って言ったかな?

 僕は椎凪渚の魂が欲しい。

 そう、椎名アスカを生み出すために。

 ローズは渚を自分の背中に隠した。そして、僕に向かって襲い掛かってきた。

 本当にファントム・ローズは僕の邪魔が好きだ。

 けれど、今はローズと遊んでる場合じゃない。

 この手に渚を――ん?

 襲い来るローズの肩越しに見える渚の背後に、ぼんやりと人影が見えた。

「ひゃっ!?」

 急に渚が小さな悲鳴をあげ体を後ろに引きずられた。

 迫っていたローズが僕から眼を離し振り返る。

 僕も見た。

 今度は影山彪斗か……。

 渚の姿が空間から消えた。

「どうしてみんな僕の邪魔をする!」

 叫びながらローズの背中に僕の手から噴き出す闇色の鉤爪を振り下ろした。

「くっああああああっ!」

 苦痛に満ちた少女の叫び。

 かわいそうな鳴海愛。

 僕の脳内に流れ混んでくるビジョン。

 黒髪の幼女が泣いている。顔は見えない。大人たちの足が見える。みな足早に歩き去って行く。

 突然、強烈なノイズが頭に響いて僕は狼狽えた。

 今のは鳴海愛の記憶に違いない。僕に呑まれることを拒んで強制排除されたようだ。

 それにしてもひどいノイズだ。まだ頭の中を響いて頭痛を引き起こす。

「やってくれたね……ファントム・ローズ」

 顔をあげてローズを見ると、肩から反対側の腰まで斜めの亀裂が体に走っていた。闇に喰らわれた部分が消失して、黒い霧を噴きだしている。僕の一撃は致命傷となったハズだ。

 なのに、白い仮面は無機質なまま僕を見ている。

「そんな眼で僕を見るな!

 どんな眼だろう?

 僕はその眼で見られていると感じた。

 それは僕が見せた夢幻か?

 もう目の前にファントム・ローズはいなかった。


 ――気づけば暗闇だった。


 今日も暗い。

 なにも見えない……真っ暗だ。

 今日っていうのは間違ってるかもしれない。

 あれからどれくらい経ったんだろう?

 時間が長く感じられるだけで、まだ1日も経っていないかもしれない。

 それとも3日くらい過ぎたのか……それとも1週間が過ぎてしまっているかもしれない。

 暗闇の中じゃなにもわからない。

 思考だけが巡り廻る。

 この思考を止めてはいけない。

 僕がここに存在するという証明は思考するほかにない。

 ここ闇だ。

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