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ワールド「Cace1胎内」

 胎内は暗かった。

 無限とも夢幻ともつかぬ世界。

 生まれる前の記憶が忘却していく。

 転生とはそういうものだ。

 そして、僕は己の貌[カオ]を忘れた。

 悪夢は覚めない。

 瞳を開ければ、そこに広がるのは虚無。

 日常。

 人々はなにも知らず、なにも疑わず、この世界が永遠だと思っている。

「まるでシャボン玉のようだとは思わないかい?」

 尋ねた視線の先には白い仮面がいた。

 まるで鏡を見ているようだ――ファントム・ローズ。

 なぜ哀しげな貌をするのだろうか?

 なにも答えず、白い仮面は無機質に僕を見ている。

 無機質だ。

 そう思えば、その仮面はそう見える。

「幻実空間[ファントム・リアリティ・スペース]か……」

 僕は知ってる。

 ファントム・ローズが何者か。

 しかし、今は、仮面は白い。

 白く無機質な仮面。

 だから僕は呼ぶ。

「ファントム・ローズ」

 ――と。

 そして、僕はこう呼ばれる。

「ファントム・メア」

 男とも女ともつかない声。

 はじめて出会ったときもそうだった。

 僕は知っている。

 ファントム・ローズが何者か。

 しかし、今は、仮面は白くなくてはならない。

 〝弾かれた者〟と僕らは呼ばれる。自分の世界を持たず、行く当てもなく他人の世界を彷徨う。ひとたび気を抜けば無へ還る。

 ゆえに僕らは貌を持たず、声を持たず、白い仮面として存在している。

 しかし、特定の型を持っていない僕らは、夢幻の可能性を持っているとも言える。

 僕は創造主となる。

「君が止めても僕の気持ちは変わらない。自然の摂理も世界が1つになることを望んでる。なのになぜ君はそれに諍い、僕の邪魔をするんだ?」

「守りたい世界に住むひとがいる」

 声を響かせたファントム・ローズの周りに薔薇の花吹雪が舞った。

 匂い立つ世界を斬るように放たれた薔薇の鞭[ローズ・ウィップ]!

 すべては夢幻。

 しかし、夢も現実もそこにあることには変わらない。この世界はそうやって成り立っている。つまり、あの鞭は本物だ。

 そして、この夢も現実となる。

 僕の躰から黒い霧が噴き出した。

 この闇は混沌だ。

 僕が閉じ込められていたアノ闇も無ではなかった。

 闇色の混沌は、多くのモノが混ざった色だ。閉じ込められた闇には全てがあった。そして、僕がいた。

 世界とは自分なのだ。

 他人もまた世界なのだ。

 世界と世界のせめぎ合い。

 まさにこの瞬間、僕とファントム・ローズの世界が衝突する。

 僕が放出した黒い霧は無数の鉤爪となり、鷲が獲物を捕らえるようにファントム・ローズに襲い掛かる。

 世界を包む芳潤な薔薇の香り。

 しかし、勝つのは僕だ。


 時間とはなにか?

 果たして現実の時間は戻ることができるのか?

 僕にはやり直したいことがたくさんある。

 今置かれている現実をなかったことにしたい。

 そして、アスカを救いたい。

 現実の時間は戻せなくても、過去は語ることができる。

 ここまで僕は事件の発端から順番に語ってきた。生徒たちの失踪事件、〈クラブ・ダブルB〉や〈ミラーズ〉、そして、ファントムローズ。数多くの登場人物が世界を構築して、物事は急速に進み、弾かれた僕は最終的に闇に閉じ込められた。

 この闇の中で、無限とも思える世界で、僕は何度も過去を振り返った。主観こそあれど、過去は変えられない。

 変えることができないのなら、創ればいい。

 世界とは、ひとりひとりに与えられているモノだ。僕は自分自身の世界を失ってしまったけれど、それならはじめから創ればいいじゃないか。

 夢幻の世界。

 僕の世界を一から創造する。


 僕の名前は春日涼。僕が生まれた夏の日がやけに寒かったからそんな名前が付いたと聞かされている。

 僕は私立六道学園高等部に通う二年生で、クラスでは平凡に過ごしてきたと思う。髪は染めてないから黒で、身長は一七四センチ、自分ではどこにでもいるような男だと思っているけど、人から見たら僕はどう映るんだろう?

 そんな僕にも彼女がいる。同じクラスの椎名アスカ。付き合いだしたのが中三の二学期だったから、付き合って二年になる。

 僕らはいつものように歩いて学校から帰宅していた。

「あのさ、また、誰かいなくなったんだって」

 横を歩くアスカを僕は不安な表情で見つめた。

「また、なんだ……怖いよね。わたしは涼がいなくなっちゃったらって考えると怖くて……」

 同じ気持ちだった。僕も彼女がいなくなるのが怖い。

 たとえ、今僕の目の前にいるアスカが、真っ白な仮面をつけたのっぺらぼうのような存在だったとしても。まやかしだろうと、もう失うことには耐えられない。

 世界にアスカはもういない。アスカの本体ともいうべき存在だ。けれど、それぞれの世界たちにはアスカの欠片がある。

 その欠片は世界の主人公の主観が混ざっているため、純粋とはいえないものだし、そもそもその世界にもアスカという存在はなかったことにされている。

 たとえ存在がなかったことにされていても、その痕跡を100パーセント消すことはできない。

 欠片を見つけ出し、多くの欠片を集めることで、平均化されたアスカを取り戻すことができる。

 ここは夢幻の世界ファントム。

 二人で学園に近くの曲がり角を曲がると、そこにカメラマンとリポーターが待ち構えていた。すべてのはじまり〈クラブ・ダブルB〉の事件だ。

 リポーターが僕らのほうへ近づいてきた。

「少し、お話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

「話したところで、あなたたちには理解できないことです」

 僕はそう言ってリポーターの頭から足下まで引っ掻いた。するとまるで霧を掴んだような感触がして、雲が消えるように掻き消えてしまった。

 人が消えた。

 しかし、だれも驚かない。

 なぜならそこにリポーターなどはじめから存在しなかったからだ。

 世界が修正された。

 けれど、その修正力は急激な変化にはついていけならしい。

 カメラマンが驚いた顔をして当たりを見回している。

「なんで俺ひとりなんだ?」

 こうやって世界に歪みが起きる。すると、中にはその事実に気づく者や、僕のように〝弾

かれたモノ〟が生まれるわけだ。

 ちなみに僕が消したリポーターはこの世界のホストじゃない。あくまでこの世界から消えたにすぎない。

「大丈夫?」

 アスカが僕の横顔に声をかけてきた。

「うん、ちょっと考え事」

「事件のこと?」

「まあ……ね」

 このあと前にもしたような会話が繰り広げられ、アスカが〈クラブ・ダブルB〉の話を持ち出す。そして、放課後に事件は起こる。

 学園につくと僕はアスカといっしょに教室には向かわず、体調がちょっと悪いと言い残してある場所に向かうことにした。

 保健室だ。

 足早に廊下を進み、保健室のドアを勢いよく開けた。

「探したぞ、ファントム・ミラー」

 僕の視線の先には白衣を着た女が丸椅子に腰掛けていた。

 元は水鏡紫影という保健室の先生だった。僕にとって彼女はおぼろげな存在だ。だから顔をはっきりと認識できない。おそらく笑っているのだろう。

「お帰りなさいというのは可笑しいかしらね。あなたには帰る場所などないのだから」

 男の声か、女の声か、かろうじて女だと認識できる。決してそれは中性的な声だからとか、声質の問題ではなく、認識の問題だ。

 目の前に立っているミラーはホストだ。この世界のホストではなく、元は僕と同じように〝弾かれたモノ〟だったに違いない。それがミラーとなり、ある力を手に入れた。

「アスカを返せ」

 僕は鋭く言った。

「私の目的は世界をひとつに、迷える魂をひとつに融合すること。もうアスカは個ではなく、全に取り込まれたのよ」

「おまえはアスカの姿になることができる。全になろうとも、全の中で個として存在しているはずだ。僕はアスカさえ元に戻ればいい」

「不可能よ」

「この世界は夢幻だ。なにも意味を持たない。時間さえ。意味がないからこそ、意味を持たせることができる。想像と創造の力」

 ミラーの目の色を変えた。僕の変化に気づいたのだろう。立ち籠める闇色の霧。それは僕の足下から重く床を這っている。

 今、はっきりと水鏡紫影の表情がわかった。この世界は想いが強ければ強いほど具現化することができる。こちらの認識レベルに関係なく、強制的に相手側からこちら側に認識させる。

 彼女はひどく驚いている。

「ファントムの……覚醒[めざ]め……」

 おそらくそうなのだろう。僕も本能的にそう感じていた。

 〝弾かれたモノ〟のすべてがファントムではない。ファントムは〝弾かれたモノ〟の中でも特異な存在なんだ。はじめて僕が出会ったファントムは、ローズ。次に出会ったファントムは、ミラー。

 そして……。

 すべての世界にファントムが何人いるのかは知らない。けれど、ファントムは他人の世界に大きく影響を及ぼすことができる存在だ。そんなのがたくさんいたら、世界はもっと荒れているに違いない。

「まずはアスカを返せ。次におまえの能力を具体的に説明しろ」

 低い声で威嚇した。その威嚇は黒い靄となって具現化する。僕の躰を覆う黒い闇。まさにそれは僕が閉じ込められていた空間と同じモノ。

 どうやって僕があの閉ざされた闇から抜け出すことができたのか?

 いや、抜け出したというのは正しい表現ではない。

 黒はすべての色が交じり合った色。それは混沌ともいうべき存在。そこにはすべての要素が揃っている。

 それが僕の手に入れた力。

 おそらくミラーの力も似た力に違いない。

「彼女は返せない」

「それは返したくないのか、それとも返す方法がないのか?」

「もうひとつに溶け合ってしまったから無理よ」

「嘘つきめ」

 絵の具は一度混ぜたら元に戻せない。それが彼女の言い分なのだろう。

「嘘つきめッ!」

 繰り返し、2度目は怒鳴った。

 その瞬間に僕の足下から黒い靄が大量に噴き出しミラーの足下を呑み込んだ。

「こ、これは……」

 驚くミラー。彼女は理解しただろうか?

「なにが……消える……私が……いえ……これは……」

 言葉を途切れ途切れに紡ぐミラーの脚は黒い靄に包まれた部分が、まるで霞んだように半透明になっている。

「僕の力を理解したか?」

「私をこのワールドから消す……無に還す……ということ?」

「無じゃない、混沌に還す。おまえの能力は融合……と見せかけて、コピー。レコーダーのようなものだろう? みんながひとつに溶け合うなんてウソだ、おまえはただのミラーだ、自分自身を持たないミラー」

 ミラーの顔が変化していく。水鏡紫影の顔はぼやけ、またあの顔になる。そう、アスカの姿だ。

「涼ちゃんやめて、今の涼ちゃんは涼ちゃんじゃない!」

 声も同じ。

 けれど、ミラーはミラー、本物じゃない。

 僕は知っている。僕のやろうとしていることも、本物のアスカを取り戻せるわけじゃないってことを。けど、本物とはいったいなにか?

 夢も現実も曖昧なこの世界で、本物とはいったいなんなんだろう?

「アスカは返してもらう」

 黒い靄がアスカの身体を足下から頭まですっぽりと呑み込んだ。

「キィィィィィ!」

 靄の中から歯ぎしりが聞こえ、女の手だ飛び出してきた。

 逃がしはしない。

 靄の密度が高くなる。その中に浮かぶミラーの顔。次から次へと別人の顔に変わっていく。男や女、老人から子供まで、中には見覚えのある同級生の顔もあった。

「私の夢は……ついえ……ない……こんなところ……で!」

 男と女の合成音のような声を発しながら、ミラーが靄から抜け出そうとする。

 肩が出て、ゆっくりと上半身も見えてきた。その身体が全裸で、顔は女、右半身が男、左半身が女、各部位で別人の身体が混じりあっていた。

 闇色の靄はミラーの身体にヒビが這入ったような模様を描きながら絡みつく。

 まるでチーズのように伸びる靄。ミラーと靄の本体の間で細い靄が糸を引く。

「アスカは返してもらう」

 ミラーの身体に巻き付いていた靄がゴムのようにして、暗い暗い靄の本体に引きずり込む。

 僕はハッとした。

 芳しい花の香り。

 忘れもしない薔薇の香り。

 輝線が目の前できらめいたかと思うと、ミラーを繋ぎ止めていた靄の糸が断ち切られ、反動でミラーが大きく前に倒れ込んだ。

 僕は振り向いた。

「なぜ邪魔をするんだ?」

 ローブを纏った白い仮面の君。

「ファントム・ローズ!」

 その名を叫んだ。

 白い仮面は答えない。表情を隠し、その素顔を僕に決して見せないようにしている。

「君が僕の邪魔する理由がわからない。ミラーと対立していたんじゃないのか?」

「敵の敵が味方とは限らない」

 声質が認識できない。ローズは僕を拒否している。僕はローズがだれなのか知っているはずなのに、今はおぼろげにしか思い出せない。

「なら君は僕の敵なのか?」

「君が世界を壊すならば……」

「僕はアスカを取り戻したいだけだ。君こそなにが目的なんだ」

「だれひとりとして世界に疑問をもたず、その世界が平穏に流れゆくこと」

「僕らのような〝弾かれたモノ〟を出さないためか?」

「それもひとつだ」

 ローズの守りたいものはなにか。言葉どおりの世界を守る英雄に気取りだろうか。いや……違うね。

「渚はどうなった?」

 僕の思惑は当たった。白い仮面が一瞬揺らいだのだ。

 ローズは答えない。だから代わりに僕がそれを口にした。

「〝弾かれた〟んだろ。もう彼女の世界の均衡は崩れすぎた。彼女が彼女の世界である限り避けられなかった運命だと思うよ。彼女の周りには外の世界に関わる人物が多すぎた」

 僕がローズに話しかけている視線の端で、ミラーが床を這って逃げようとしていた。

「まだアスカを返してもらってない」

 僕の足下から噴き出した闇色の靄が床を這いミラーの足首に巻き付こうとする。

 輝線が視界を横切る。

 まただ。

「どうして邪魔をするんだ!」

 ファントム・ローズ!

「それはキミが世界を破滅に導くモノになってしまったからだ」

「破滅させようとしてるのは、そこにいるミラーだろ! こいつが勝手に他人の世界に入り込んでるせいで、この世界だってもう歪んでるじゃないか!」

 いずれこの世界の主人公も弾かれる。

 それは僕のせいじゃない。

「僕はアスカを取り戻したいだけなんだ!」

 叫びながらミラーに飛びかかった。

 悲しそうなアスカの顔が僕を見る。

「くっ!」

 僕は動揺してしまった。本物じゃないってわかっていてもダメだ。

 その一瞬にローズが眼前に迫っていた。

 薔薇の鞭が僕の手足を拘束した。

 逃げるミラー。鏡が光るように瞬き消えた。

 残された僕とローズは対峙する。

 無機質な白い仮面だ。なのに、どうして、そんなに可哀想な顔をする?

 ローズはおそらく僕に出会ったときから感じていたのだろう。

 僕は近い将来〝弾かれたモノ〟になることを――。

「どうして僕に関わる?」

 ローズは僕が〝弾かれる〟ことを阻止できなかった。むしろ、鳴海愛は僕と共に事件を追っていた。ローズのせいで僕は〝弾かれた〟ともいえる。

「世界を壊して回ってるのはおまえのほうだろ!」

 ――涙っ!?

 白い仮面が一筋の光りの粒を流した。

 飛び退いたローズの周りに薔薇の花びらが舞う。頭が眩むほどの芳香がした。

 そして、大量の花びらに包まれながら消えるファントム。

 残り香。

 逃げられた。

 ミラーにも、ローズにも。

 また無限にあるこの世界でミラーの本体を見つけるのは骨が折れそうだ。

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