ミラー「Cace6ミラー」
僕は渚のもとに急いだ。
鳴海愛は〈ミラーズ〉かもしれない。もしそうだったら渚が危ない。
その可能性は否定したいけど、藤宮彩が現れて、水鏡紫影が現れて、鳴海愛もいなかったはずなのに現れた。
藤宮彩は被害者だったんだから、前の世界の時に〈ミラーズ〉にされているはずだ。
いなかったことにされた人たちは、みんな〈ミラーズ〉に関係してたんだから、鳴海愛もいなくなったってことは……。
考えれば考えるほど鳴海愛は〈ミラーズ〉じゃないか!
鳴海愛はいつ〈ミラーズ〉になった?
前に最後に会ったのは……水鏡先生のマンションで別れたっきりだ。その後に……その前から〈ミラーズ〉だったって可能性もないわけじゃない。
とにかく急いで渚のもとへ!
鳴海の家に近付いてきたっていうのに風景がぼやけている。もしかしたら、もうここにはいないのか!?
いや、これはおかしい。
渚が馴染みの場所はハッキリとしているはずなんだ。なのに……どうして、風景がハッキリしない?
ん?
今一瞬だけ風景がハッキリしたような?
どうにか鳴海の家についた僕は焦って玄関のドアをすぐに開けようとした。鍵が掛かってる。鍵をかけるくらいは当然だ。
インターフォンを押すと、すぐに声が返ってくる。
《どなたですか?》
いつもよりも丁寧口調だけど鳴海の声だ。
「僕だよ、春日だ」
しばらくしてドアの向こうから気配がした。
それからまたしばらくして、チェーンを外す音がして、やっとドアが開いた。
目の前に鳴海がいる。けど焦っちゃダメだ。
鳴海が不思議そうな顔をしている。
「どうした?」
「なにが?」
もしかして僕が疑ってることが顔に出てるのか?
「荷物はどうした?」
「えっ……忘れた……けど別になくても平気だよ」
そう言えば荷物を取ってくるって帰ったんだった。
「なにをしに帰ったのだか」
「親に友達の家に泊まるっていうのは伝えてきたから」
こうでも言わないと本当になんで外に出たのかわからなくなる。
鳴海が自分の部屋に戻っていく。
家中はすでに鏡面になりそうな物は隠されている。正攻法で外から〈ミラーズ〉がやって来ることはあっても、突然現れるってことはないだろう。
鳴海の部屋に入ると僕は渚の姿を探した。
一瞬いないのかと焦ったけど、渚はベッドで寝ている様子だった。
安らかな顔をして寝ている。
鳴海もその顔を眺めながら言う。
「疲れていたのだな」
きっと精神的に。
こうやって安らかに寝てるってことは、鳴海のことを信頼してるって証拠なんだと思う。
とりあえず渚は無事みたいだ。
でも疑惑は晴れたわけじゃない。
「大事な話があるんだけど?」
僕は真剣な顔をして鳴海に言った。
「どのような話だ?」
やんわりと聞くべきか、それとも強く出るべきか。間違ってたらそれが1番だ。でも〈ミラーズ〉だったら、正体を現してからそうでしたじゃ取り返しが付かない。
よし。
「おまえ〈ミラーズ〉なんだろ?」
「突然なにを言う?」
鳴海は驚いた顔をした。でも簡単に正体を明かすわけがないし、演技ってことは十分考えられる。
「〈ミラーズ〉は本人そっくりに化けれるんだ」
「そうなのか?」
「とぼけるなよ、おまえは〈ミラーズ〉だ!」
「なぜそう思う?」
鳴海は態度を崩さない。いつもと同じ、焦っている様子もない。
さっきアスカを見たばかりで、どんなにそれが鳴海愛そのものに見えても信じられない。
ここにいるのは鳴海愛だ。でも鳴海愛の姿と記憶を持った〈ミラーズ〉である鳴海愛かもしれない。
「話すと長くなるけど、僕の記憶では鳴海は昨日までいなかったはずの存在なんだ。でも今日になって突然現れた」
「言っていることがわからないな。私は昨日もいたぞ、学校で会っただろう?」
「世界も人の記憶も改変されてしまって、普通に暮らしている人たちは何の疑問も持たない。でも僕はその外にいる存在になってしまったんだ。だから君が昨日までいなかったことを知っている」
「そんな馬鹿な話があるわけないだろう」
「でも〈ミラーズ〉は見ただろう?」
「それとこれは違う次元の話だろう?」
たしかにそうだけど、〈ミラーズ〉以外にも信じられないことが起きてるんだ。
とにかく話を続けよう。
「鳴海以外にも昨日までいなかった人物に今日会ったんだ。みんな〈ミラーズ〉に関係していた。だから当然思うだろ、鳴海も〈ミラーズ〉なんじゃないかって?」
「私が〈ミラーズ〉のはずないだろう。そんな言葉や存在も今日初めて知ったのだからな」
どうすれば〈ミラーズ〉だって証明できる?
逆にどうすれば〈ミラーズ〉じゃないって証明できる?
今日から現れたんだから昨日のことを聞けば……いや、記憶が改変されたり、そういうことが起きてたら〈ミラーズ〉の鳴海にも昨日記憶があるわけで、そもそも昨日の話なんてされても改変された記憶が僕にはない。
本物の鳴海愛だったら、昨日の記憶は絶対にあるけだから、一か八か聞いてみるしかないか?
「昨日学校で小テストあったけど、あれの問1の内容覚えてる?」
「もう覚えてないな」
小テスト自体がなかった。いくら世界が改変されても、なかったテストがあるようになるなんてことが起きるか?
いなくなってたのは教師じゃないんだ、生徒なんだ。
「昨日は小テストなんかなかったよ」
「だから覚えてないと言ったのだ」
「は!?」
あまりの苦しい返しに僕は驚いてしまった。ただの言い訳にしか聞こえない。
鳴海愛は〈ミラーズ〉なのか?
どんどんと黒くなる一方だ。でも確証には至らない。もっと確実な方法はないのか?
「じゃあさ、昨日学校であったこと話してみてよ」
「1時限目は数学、2時限目は英語」
「そんなこと聞いてるんじゃないよ。起きた出来事とかを話して欲しいんだ」
「…………」
ついに鳴海が押し黙った。
〈ミラーズ〉は記憶の改変の影響を受けないってことなのか?
そもそも本当の鳴海愛じゃないから、記憶の改変なんて関係ないのか?
どちらにしても答えられないってことは、本当の鳴海愛じゃないってことなんだ。
「やっぱり〈ミラーズ〉なんでしょ?」
「私は〈ミラーズ〉ではない」
「だって昨日のことを答えられないのは変じゃないか!」
「それでも私は〈ミラーズ〉ではない」
「だったらそれを証明できるの?」
「魔女裁判で魔女ではないと証明するのはとても難しい。そうであることを自ら証明するのは簡単でも、そうでないことを証明するのは容易ではないことだ」
その言い分はわかる。
その逆の鳴海が〈ミラーズ〉だってことを僕は完璧には証明できてない。それでも今までのことを総合して考えると限りなく黒なんだ。
自白してもらうしかない。
でも魔女裁判は自白によるえん罪をつくったんだ。自白が必ずしも正しいとは限らない。でも今の場合は自白が必要なんだ。
「昨日のことは言えないんでしょ?」
「それは認める」
「そこまで認めたなら〈ミラーズ〉だって認めればいいじゃないか?」
「私は〈ミラーズ〉ではない。それは真実だ」
真実……なんて言葉が今の世界、今の僕にどれほど確実なモノなのだろうか?
「そうじゃないとか、真実だとか言われても、そんなの証明にはならないよ」
「春日と私には共通の記憶がある。それは単なる記憶というわけではない。春日と私は〈クラブ・ダブルB〉の事件を追っていた」
「ちょっと待って……それは……」
追っていたって?
僕は〈クラブ・ダブルB〉って単語は出しても、その詳細を話した覚えはない。
そして、鳴海は静かに言う。
「〈ミラーズ〉には欠けているモノがある。それは体験だ」
「え?」
今の鳴海の発言は……〈ミラーズ〉を知ってる発言だ。
さらに鳴海は話を続けた。
「姿も記憶も同じなら、なにが違うのか……それを私は体験だと思っている。春日と私は同じ体験をしている」
「前の世界の記憶が……あるの?」
それこそ〈ミラーズ〉だって証拠……じゃないかもしれない。
「前の世界という言い方は適切ではない。あれは春日涼の世界だ」
僕にも改変された昨日までの記憶はない。そして、本人は〈ミラーズ〉ではないと言っている。だとしたら――。
「もしかして、鳴海も“弾かれたモノ”なの?」
それならつじつまが合う。
あれ……僕の世界の記憶も持っていて、“弾かれたモノ”だとしたら――。
「僕の世界で会っていた時点で“弾かれたモノ”だった!?」
“弾かれたモノ”が存在するには、それを映すモノが必要。僕は鳴海にたいして強い想いを持っていなかった。なのになんで鳴海は僕の世界にいた?
もしかして影山彪斗の仲間なのか?
だったら明かしても問題ないはずじゃないか?
余計に頭が混乱してきた。
僕が悩んでいるとベッドのほうで音がした。
目を擦りながら起き上がる渚。
「あれ……いつの間にかあたし寝ちゃってた?」
すぐに鳴海は渚のベッドに腰掛けて近付いた。
「きっと疲れていたのだ。もう大丈夫か?」
「うん、頭がぼーっとしてるけど、ぜんぜん元気元気♪」
渚が起きてしまった。この状態じゃ鳴海との話は続けられない。別の場所に鳴海と行って渚をひとりにするのも心配だ。
まるで子供にするように、鳴海が渚の髪をなでている。
鳴海は〈ミラーズ〉なのか?
僕はまだ疑うのか?
目の前の鳴海を見ていると〈ミラーズ〉だとは思いたくない。
穏やかだった部屋に突然張り詰めた空気が充満した。それを発したのは怖い顔をした鳴海だ。
――音?
外から叫び声が聞こえた。
次にしたのは気配!?
階段をだれかが上がってくる音だ!
部屋のドアノブがガチャガチャと音を立てた。ドアにはカギが掛けてある。ここまで来たんだ、それも気休めだろう。
鳴海が自分の背に渚を隠した。
「私が守るから心配するな」
渚は無言のまま震えながらうなずいた。
豪快な音を立てながらドアがぶち破られた。
外れたドアがまたも音を立てながら床に倒れる。
僕は息を呑んだ。
ドアの向こうに立っていたのは〈ミラーズ〉を引き連れたアスカだった。
「涼ちゃん会いに来たよ。でもヒドイ……たくさん罠が仕掛けてあって、たくさん〈ミラーズ〉が壊れちゃった」
罠?
アスカが僕に近付いてくる。
「ねぇ涼ちゃん。そこにいる女が涼ちゃんのこと取ったんだよね?」
アスカの視線が向けられたのは渚。
「え?」
渚は驚いた顔をした。
さらにアスカが近付いてくる。
もう騙されない。目の前にいるのはファントム・ミラーなんだ。わかってる、わかってるけど……動けない。
だってそこにいるのは椎名アスカなんだ。
薔薇の香りが部屋に充満した。
まさかファントム・ローズ!?
どこにいる!?
急いで僕は部屋中を見回した。
驚いた顔をしている渚。
「愛……ちゃん?」
渚を守るように前に立っていたファントム・ローズ。
そして、この部屋から消えた鳴海愛。
「君はそこを退け春日涼」
そうファントム・ローズに言われても僕は動けなかった。
驚いてしまった。
でも、それは驚くことじゃなかった。
なんで今まで同じ存在だって認識できなかったんだろう?
今ならこうやって同じだってわかるのに……。
声だって鳴海愛じゃないか。
それなのに、今まではどうして男だか女だかわからない声だと思ってたんだろう。
理由はわからないけど、僕はファントム・ローズを鳴海愛だって認識できないようになっていた。
それが今ならわかる。
はっきりと認識できるんだ。
その白い仮面でさえ、僕には鳴海愛の顔に見える。
アスカが僕の背中にしがみついた。
「怖いよ涼ちゃん。涼ちゃんならあたしのこと守ってくれるよね?」
僕とアスカの様子を見ていた渚の様子が変だ。
「どういうこと……涼とその人って……?」
世界が揺れた。
いや違う、僕が見ている世界だけが揺れたんだ。
大変だ、渚の感情が乱れてる!
「渚、大丈夫だよ、なんにも心配いらないから!」
苦しい言い訳みたいじゃないか。
アスカが笑った。
「わたしと涼ちゃんは恋人同士なの。あなたがそれを取ろうとした」
そう言ってアスカは僕と腕を組んで……僕と唇を重ねた。
渚の瞳から涙が零れた。
「ウソだよね……だってあたし……知らない……」
世界がぼやけていく。
目が回る。
頭が割れそうだ。
アスカが僕の身体から離れた感覚があるけど、もう周りでなにが起きてるのかわからない。
薔薇の香りだ。
悲鳴が聞こえる。
世界が廻る。
真っ白だ。
なにもかも真っ白だ。
そして……僕は世界から追放された。
今日も暗い。
なにも見えない……真っ暗だ。
今日っていうのは間違ってるかもしれない。
あれからどれくらい経ったんだろう?
時間が長く感じられるだけで、まだ1日も経っていないかもしれない。
それとも3日くらい過ぎたのか……それとも1週間が過ぎてしまっているかもしれない。
暗闇の中じゃなにもわからない。
そう言えばお腹が空いてないな……。
ということはまだ1日も経っていないかもしれない。
ずっと暗闇のままだ。
手足は動く。それで自分の身体があることも確認できる。
僕はしっかりとここに存在している。
でも、やっぱりなにも見えない。
足が地面に着いている感覚もない。
宙に浮いていたとしても、なにかに流されて動いている感覚もない。
ずっとこの場所で停滞しているような気がする。
気がするだけで、なにも見えなきゃ確認もできない。
これで終わりだとしたら最悪だ。
なにもかも解決してない。
渚やファントム・ローズたちが、あの後どうなったのかもわからない。
もしかして一生このままなのだろうか?
……一生?
こんな場所に一生なんてあるのだろうか?
ここにあるのは永遠かもしれない――。