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第092話|ココ編【私を全力で甘やかしてくる貴族様に、いきなりお礼を言われたんだけど!?】

——デズモンド執務室


デズモンドが机の引き出しを開けた。

そこには、使い古されたトールの刻印入りペーパーナイフが見えた。


手に取った。

そしてドアに向けた。

「……」

——当然、“雷”は出ない。


ペーパーナイフを見た。


「……平和を、守る……か……」


「……並大抵ではない……」


「……」


「……私も、見習わねばな……」


デズモンドは窓の外を見た。


——数年前、トール邸


トールがベッドから起き上がった。


デズモンドが手で制した。

「……気遣いは無用です。今日は見舞いなので……」


デズモンドがフルーツの入ったバスケットをテーブルに置こうとしたが、思いとどまった。


失った左腕を見た。


「……後で、使用人に渡しておこう。

皮を剥いてもらえるように頼んでおきます……」


トールはベッドに座ったまま、窓の外を見た。

「……敵は倒した……ですが、守りきれなかった……」


「……」


デズモンドも窓の外を見た。

「……私はね、治安維持という仕事柄、常に結果だけが見られがちだ……」


「……いつも新聞に叩かれている……」


「……」


「……だが」


「……民衆がトール殿を見る目は、少し違う」


「……成すまでに、何をしたか……」


「……人々は、その“背中”を見ている」


「人々の声が、それを物語っている」


「……新聞記事は、あまり気にしない方がいい……」


トールが目を伏せた。

「……はい……」


デズモンドはトールを見た。

「……」


失った左腕に目を奪われがちだったが、全身が傷だらけで、包帯にはまだ血が滲んでいた。


「……」


言葉を失いかけた。

「支援者には、鼻息の荒い者もいてね……新聞社に抗議をしていたよ……ハハハ……」


「……あまり、過激なことはしないように、釘は刺しておいたがね」


「……」


「……私はね、勇者を……“トール殿”を尊敬している」


「……どうか、そういう人たちの声に耳を傾けて欲しい……」


「……」


——デズモンドは、静かに机の引き出しを閉じた。


(……私は……トール殿に……一人の人間として、お礼を言っていない……)


(……それだけが……)


デズモンドは拳を握りしめた。


居ても立っても居られなくなった。


秘書を呼んだ。


「……今週末、ココ嬢邸、激励だ」


秘書が眼鏡を掛け直した。

「……侯爵、またですか……」


——週末、ココ邸


デズモンドの馬車が到着した。


ココを“高い高い”してくるりと回った。


いつものルーティン。


そして、ココをゆっくりと降ろすと、デズモンドはココに深々と頭を下げた。


「——ココ嬢、いつも有り難うございます」


「……」


御者も庭師も、使用人も、その場の全員が動きを止めた。


デズモンドは“侯爵”。


位の高い貴族が頭を下げる光景は、誰も見たことがなかった。


——優しい風が通り抜けた。


ココが口に手を当てて、笑った。

「……なに?急に……変なデズモンド」

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