第009話|トール編【もっと、時間があれば……】
“偽りの魔族討伐”を掲げ、聖騎士団が整列し、進軍した。
人々はその勇姿に賛美の声を上げた。
サンデルはその様子を教会最上階から見下ろした。
「金が掛かるが……まぁ良い……」
大規模過ぎた派兵は、教団がトールに怯えていることを物語っていた。
——エイルの滞在する村
エイルが、比較的自由に行動出来るのには理由があった。
各地の村などを巡回し、負傷者などを癒す行為は、教団に多額の寄付金をもたらした。
だが、この事実はエイル本人には伏せられていた。
エイルはただ、与えられた能力の使い道に信念を持ち、
純粋に行動へと移しているだけだった。
看護官は伝令文書を畳んだ。
「エイル様、この辺り一帯に避難勧告が出ています。」
「大規模な魔族掃討作戦だそうです」
「急いで支度を」
エイルが顔を上げた。
「えっ?……魔族の掃討作戦?」
「この辺りに?」
看護官はその作戦の裏を知っていた。
だが、あえて黙っていた。
エイルが死地へ飛び出さぬように……
エイルは白衣に袖を通した。
「分かった」
「負傷者リストは?」
「逃げ遅れる人が無いようにしないと」
看護官の胸が詰まった。
(エイル様……どうか、知らないままで)
(あなたは死んではいけない人……)
この作戦はあまりにも大規模過ぎた。
だからエイルは気付けなかった。
エイルは窓の外を見た。
(トールが下級魔族に遅れを取る訳がない……)
だが、妙な胸騒ぎを抑えることができなかった。
———上空
風に乗り、翼の魔族が滑空した。
(人間たちが良からぬ動きを見せている。)
(人間め……今度は何を企んでいる……)
翼の魔族が持つ頭部の"トサカ"が、鎧の出す金属音を無数に捉えた。
(この音は不快だ……しかし数が多いな)
(人間は弱いが、群れで力を発揮するからな……)
そのトサカから発せられた超音波が、無数の群れと、離れた位置にある2人の人間の輪郭を捉えた。
1つは小さい輪郭で、鼓動が早かった。
そして、もうひとつ。
人間の輪郭に似合わない、大きく、重い鼓動を持つ輪郭。
見覚えのある、記憶に刻み込まれた輪郭。
(……雷のあいつか)
(どうやら衰えてはいない様だな……)
(だとすると、小さい方は私と会話出来るあの個体か)
(奴は使える……友好的であり、人間の内情を知っている)
(群れの向かう先はあの2人か……群れの方が恐れているのが滑稽だがな……)
(……もう少し、様子を見るか)
翼の魔族は上空を旋回しながら、静観を決めた。
———地上
鳥の語らい。
獣の気配。
木々のざわめき。
全てが消えていた。
その日の森は沈黙していた。
トールは辺りを見回した。
(……おかしい……静か過ぎる)
パックがあたふたしてトールに駆け寄った。
「トール!!風が……」
「どうした?」
パックが喉を鳴らした。
「風が言うんだ。逃げてって……」
「銀色の人間たちがたくさん……こっちに向かってるって……」
それを聞いたトールは、自分の反応をパックに悟られないようにした。
「……そうか」
「急ぐぞ」
「怖いよ……」
トールの手に力が入った。
「大丈夫、私がいる」
トールが思ったこと。
それは"強く生きる"をパックに半分も教えていないということだった。
危険を察知すること。
それを回避すること。
食べ物の知識。
休息の知識。
毒の知識。
そして——奪われない知識。
時間がなさ過ぎた。
だが悔いている時間はなかった。
トールがまず考えたのは地形だった。
風の情報では、聖騎士団は大軍ということだった。
ならば、あえて狭い地形で囲まれるリスクを回避し、少数を相手に戦う。
川や崖、谷の組み合わせで、最も効果的な場所に誘い込む。
そして、聖騎士団を壊滅に追い込む切り札。
それは教団の実質的な支配者、
——指揮官サンデルの首を取ること。
これ以外に、数の不利を覆す方法はなかった。
トールの胸に覚悟が沈み、時間は刻々と迫っていた。
しかし、それが容易ではないことは分かっていた。
サンデルの軍勢が、確実にトールたちを追い詰めつつあった。




