第010話|トール編【嬉しいことを、言ってくれる……】
トールはしゃがみ、パックの肩を掴んだ。
「良いかパック、これから大切な事を言う、よく聞くんだ」
パックはトールの目を見て、こくりと頷いた。
「お前の持つ祝福、能力の事だ」
「精霊や魔族と対話できる事は、教団に知られてはならない」
「特に、"魔族と対話できる"これは教団にとって都合が悪い」
「これがどういうことか分かるか?」
パックが恐る恐る答えた。
「……教団が……魔族を召喚して……勇者と戦わせてるから?」
トールは続けた。
「……断言は出来ない」
「だが、そうだった場合、パックは教団にとって邪魔になるかもしれないんだ」
トールはパックが怯えない様に配慮しようとしたが、自信は無かった。
だが、パックは真っ直ぐにトールを見つめて、深く一度だけ頷いた。
それを見たトールは、パックの成長を噛み締めた。
「私はこの場所を知っている、あの崖に亀裂があるだろう」
パックはトールが指さす先を見た。
トールは続けた。
「子ども1人なら通れる。あそこから逃げられる」
「そこから先は獣道が続いている。エイルの所まで精霊に導いてもらうんだ。良いな」
「……パックを、頼んだぞ」
サァァと風が吹き、"お節介な風"が答えた。
パックは震えていた。
それは、教団軍に対しての恐怖では無かった。
子どもながらに感じていたのだ。
トールの覚悟と決意に。
パックは、トールを失うかもしれない恐怖に震えていた。
トールはパックの肩の震えを感じ取った。
「……大丈夫、パックの顔はほんの一部の人間しか知らない筈だ」
「ここを逃げ切れば何とかなる」
「お前には精霊達がついているからな」
「——嫌だ」
トールは声のトーンを落とした。
「……パック……大丈夫だ」
「エイルの所で落ち合おう」
「……嫌だ」
パックの震えが止まった。
「……僕は」
「トールみたいになるんだ!!」
「———っ!!」
その言葉がトールの胸に響き渡った。
パックのその目には、もう恐怖は無かった。
トールが感じたもの。
——それは。
パックの姿が、あの日の自分と重なったのだ。
肩を掴んでいたトールの手が緩んだ。
「……ならば」
「お前は、声を聞け」
パックの頭をくしゃっと撫でた。
「……生きて、声を聞き続けろ」
「……声を……聞く」
パックの拳に力が入った。
パックは真っ直ぐトールを見た。
「……僕ね、さっきからずっと、精霊達と話してたんだ。」
パックは続けた。
「……精霊達が言うんだ。逃げないと死ぬかもしれないって」
「僕ね、何故か死ぬのは怖く無かった」
「……それよりも」
「トールがいなくなっちゃう方が怖かった」
「……決めたんだ」
「トールみたいになるって」
「僕もここに残る」
「きっと、トールの助けになれる」
「そう思うんだ」
トールはパックの瞳の奥に、揺るがない決意を感じ取った。
「……パック、これはな……お前には黙っているつもりだった」
「……お前に背負わせるには余りにも重い」
「お前の能力、魔族と対話できる能力は、教団の仕組みを元から断てる可能性を秘めている」
「……どう言うことか分かるか?」
パックは首を振った。
「魔族と人間が共存出来る可能性を秘めている」
「——つまり」
「争いの無い世界が作れるんだ」
パックの目が見開かれた。
そして、自分の手の平を見つめた。
トールはその様子を見守った。
パックの瞳に“何かを成し遂げる決意”を感じ取った。
「———っ!!」
トールが立ち上がった。
「……来たか」
トールが背を向けたまま言った。
「パック、お前は生きなければならない」
「……だが、自分で決めろ」
「私は、お前を守るために戦う」
トールは振り返った。
その目はいつもの優しいトールの目だった。
「分かったな」
「……」
パックは黙ってトールに拳を突き出した。
トールが一瞬止まった。
胸に熱いものが込み上げた。
そして拳を合わせた。
パックは亀裂に向かって走り出した。
トールはその後ろ姿を見て呟いた。
「……それで良い」
パックは亀裂の前で立ち止まった。
振り返ると既にトールは背を向けていた。
パックが叫んだ。
「トール!!生きて落ち合おう!!」
トールの肩が揺れた。
トールは振り向かず、拳の親指を立てた。




