第011話|トール編【まだ、やれるな】
——教団陣営
金色の"教会の鐘"が装飾された銀のグラスをクイと煽り、側近の持つトレイにコトリと置いた。
口角から弛んだ顎へ芳醇な果実酒が滴った。
側近はスッとそれを拭き取った。
兵士は跪いた。
「報告します、元勇者を確認。崖際に追い詰めました。」
サンデルは兵士を見ずに指輪を眺めていた。
「ふん、"追い詰めた"ねぇ……」
指輪の宝石を光にかざした。
「まぁ良い、数で制圧せよ」
「はっ」
兵士はそう返事をすると持ち場へ戻っていった。
兵士達の士気は高くなかった。
魔族が相手ならば、違ったかもしれない。
相手が“雷神”の異名を持つ元勇者であり、戦場でその強さを目の当たりにした者も少なくない。
兵士たちの視線が揺れた。
「……雷神……あの元勇者が目の前に」
口々に小さく呟く者もいた。
数は勝っているはずなのに、誰もが心の奥で戦慄していた。
指揮官が号令を飛ばした。
「弓隊、前へ!」
ザッという音と共に、足並みの揃った弓隊が構えの体勢に入った。
指揮官が右手を上げた。
「構えーぃ!」
キリリ……と弦が張り詰めた。
「前方!標的確認!」
———静寂
「てぇーい!!」
ザァァッ!という音と共に、矢尻のついた黒い雨が、トールの頭上目掛けて降り注いだ。
トールは一歩も動くことなく右手を天にかざした。
同時に上空に黒い雷雲が渦を巻いた。
その瞬間、稲妻が迸った。
無数の稲妻が轟音と共に空間を裂いた。
兵士達の目が眩んだ。
視界が戻ると、全ての矢が燃え尽きていた。
ザワ……
兵士達の動揺が広がった。
黒い雷雲が渦巻く中、トールの瞳が鋭く光った。
稲妻の余韻が残る空気に、兵士たちは息を呑んだ。
「……こ、これが……雷神……」
弓隊は動けずにその場に立ち尽くした。
恐怖と混乱が交差し、統率は乱れ始めた。
雷鳴が再び辺りに響き渡った。
燃え尽きた矢の残骸が風に舞い、兵士たちの足元を不安定に揺らした。
「前進しろ!」
指揮官の声も震えていた。
しかし、兵士たちの目はすでに戦場ではなく、天を仰ぐ雷神に釘付けだった。
その隙に、パックは崖際の影から慎重に身を動かした。
精霊たちも動いた。
“慎重な闇”がパックの影を溶かした。
“冷静な土”が足場を固めた。
パックは囁いた。
「みんな、ありがとう」
心の奥に震える恐怖よりも、トールへの信頼が勝った瞬間。
子どもながらの勇気が、決定的な逃走の一歩を踏み出させた。
その小さな歩みに、兵士たちは気付かなかった。
互いの牽制射は、圧倒的なトール優勢で戦闘が始まった。




