第012話|トール編【いいさ、俺は俺で】
指揮官は、トールの雷撃を目の当たりにして、これ以上の一斉射撃は無意味と判断した。
「第四隊前進!!」
———ザッ
兵士たちは、震える足で前進した。
訓練の甲斐あってか、足並みは綺麗に整っていた。
兵士の大多数は、一部の熱狂的な信者を除き、教団に対する忠誠は無いに等しかった。
そして、熱狂的であればあるほど寄付金を多く納め、出世していく。
兵士たちの俸禄は高額だったが、そのほとんどが寄付金に消えていた。
それともう一つ、兵士達には後退出来ない理由があった。
家族構成、住所などの情報が教団に把握されていた。
そのため、“逃亡罪”が家族に及んでしまう。
まさに、進むも地獄、引くも地獄だった。
兵士達の心理は狂気に蝕まれていった。
(……元勇者を討伐すれば……家族は助かる)
悲鳴に似た声が漏れ始めた。
トールの雷撃は確かに圧倒的だった。
しかし、前進する第四隊の影が少しずつ戦場を覆い始めた。
彼らの足並みは完璧ではない。
だが、数の波は止められない。
戦場の空気は徐々に変化していった。
燃え尽きた矢を踏みつけて進む兵士。
最前列の兵士は、すでにトールの間合いへと足を踏み入れていた。
勘のいい兵士は膝が震え、前進もままならなかった。
そこに指揮官からの号令が響いた。
「第一波っ、突撃ィィッ!!」
最前列の兵士が一斉に一拍遅れた。
次いで出たのは、雄叫びではない。
悲鳴だった。
「ひぃぃぃぃっ」
「勇者様ァァァッ、お許しくださいぃぃぃぃっ」
兵士達は死に物狂いで襲い掛かった。
トールは眉間に皺を寄せ、音も無く、ゆっくりと剣を抜いた。
既に稲妻を帯びた刀身が、蒼白く輝きながら姿を現した。
それを目の当たりにした兵士の喉が、ひくりと鳴った。
トールの全身に稲妻が走ったその刹那。
トールの残像だけがそこに残された。
兵士は目を疑った。
——音が消える。
そして次に起こった出来事に思考が追いついてこなかった。
隣にいた同僚の兵士が、前触れもなく崩れ落ちた。
「———え?」
目の前を光が通り過ぎた。
次の瞬間、槍が指の間から滑り落ちた。
力が入らない。
じわじわと痛みが昇ってくる。
利き手の骨が砕かれていた。
倒れた同僚は膝を抱え、声にならない呻きを漏らしていた。
兵士は、ようやく思考が追いついた。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
———激痛。
もう槍は握れない。
そして、ひとり、またひとりと倒れていった。
だが、その戦場にはまだ、血の匂いがしていなかった。
トールは、戦場で肩を並べた仲間たちが散っていくのを何度も見てきた。
そして、その者たちは愛する者のために剣を振るっていたことも知っている。
彼の剣は片手用に調整されている。
先端のみが両刃。
それ以外は片刃の、細身の刀身。
トールは剣の峰側で兵士達の“骨だけ”を砕いていた。
それは——“奪わないための戦い”だった。




