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第086話|ココ編【……なん……だと?……】

———リンゴ林


アーラは辺りを見渡した。


「……小僧。この辺りのリンゴが少なくなってきたな。場所を移動するか?」


パックの視線が落ちた。


「……そのことなんだけどね、アーラ……」


「実は、リンゴの季節がそろそろ終わるんだ……」


「……」


アーラの動きが止まった。


「……終わる……とは、どういうことだ……」


アーラの顔が、めちゃくちゃ不安げになった。


「……まさか……もう……食えんのか……」


声が震えた。


パックはアーラの反応を見て、手で口を押さえた。


「……うん……“今年”は、もう終わるんだ……」


アーラの顔から、血の気が引いた。


パックは肩を震わせた。

「……もう、無理……」


「ぶはっ!」


パックが笑い出した。


「……おい、小僧!」


「リンゴがなくなるから、おかしくなったか!」


パックは笑い転げた。


「……違うよ……来年、また食べられるから……」


アーラは、まだ理解できていなかった。


「……来年とは、何だ……」


パックは膝に手をつき、肩で息をした。


「……はぁ、笑った……」


「大丈夫だから。この世界の木はね、時間が経つと、また実がなるんだよ」


アーラがぽかんとした。


「……小僧。性格が悪くなっていないか?」


パックは目尻を拭った。


「……ごめんって……だって、さっきのアーラの顔が……」


再び、笑いが込み上げた。


アーラが呆れたように言った。


「……ったく。これから、どうする?」


「別の果物が実る場所まで移動かなぁ……」


「これからは、みかんの季節になるね」


アーラが不審そうな顔をした。


「……みかんとは、何だ……」


パックは、また口元を押さえた。


「……大丈夫。みかんも美味しいよ」


「きっと、気に入るから……」


そして、南の空を見た。


「……ココに連絡しておかないとね……」


パックは、再びヘル宛てに手紙を出した。


———ヘルの自宅


差出人不明の手紙が届いた。


「……今度は何だ? パックのやつ……」


ヘルは封を開けた。


“みかんの産地へ移動します”


それだけが書かれていた。


「……はぁ? んだよ、それ……」


「いつも説明が足りねぇんだよ……ったく」


今回は、銀貨が入っていた。


「……んの野郎。支払い渋りやがって……小賢しい」


ヘルは親指で銀貨を弾き上げ、落ちてきた銀貨を横から素早く掴み取った。


「……相場、ちゃんと分かってるじゃねぇか」

ヘルは口元が緩んだことに気づいていかなかった。


———ココの屋敷


ヘルは門番に、ココから渡された通行証を見せた。


手には、じっとりと汗をかいていた。


門番は、ヘルの頭から爪先までを見回した。


そして、馬車の荷を検めた。


ヘルは、生きた心地がしなかった。


「……よし。通れ」


ヘルの肩から力が抜けた。


「……ありがとうございます。今後とも、よしなに……」


作り笑顔を浮かべ、門番へ菓子を渡した。


門番は、無表情のまま受け取った。


ヘルは屋敷へ通された。


口を開けたまま、部屋をぐるりと見回した。


そして、喉を鳴らした。


ソファへ腰掛けると、程よい弾力がヘルを支えた。

ヘルは上等な生地の表皮を撫で、ため息をついた。


使用人は気にすることなく、茶の準備を進めた。


ヘルがソファの上で固まっていると、ココが一人で現れた。


ヘルは慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。


ココはそれを見て、笑顔になった。


初めて会った時よりも、はるかに柔らかい表情だった。


ココは使用人に、しばらく誰も部屋へ入れないよう告げた。


そして、ヘルへ着座を勧めた。


ココの声が低くなった。


「……パックの件ね?」


ヘルはココの笑顔で一度緊張が解けたが、低い声を聞いて、再び喉を鳴らした。


「……はい」


「“みかんの産地へ移動する”とだけ……」


「——!」


ココは、その言葉の意味を即座に理解した。


「……なるほど。分かったわ」


「ありがとう」


「……」


「……それで、どこまで知ってるの?」


ヘルには、質問の意図が分からなかった。


「……は? ……えっ?」


「……いえ……みかんの産地へ移動するんだなって……」


ココはヘルの反応を見て、アーラの存在までは知らないと判断した。


「……そう」


「……それで、今日は何を持ってきてくれたの?」


ヘルは一瞬止まり、すぐさま荷物を広げた。


その中に、歯磨きの枝があった。


ココは枝に反応し、手を伸ばした。


「……あ……これ……」


パックが歯を磨いていた枝だった。


ヘルはハッとして、枝の説明を始めた。


「……そうです。歯磨きの枝です」


「売り上げから手数料を引いた残りは、発案者である“パック”に全額入ります」


元をたどれば、トールがパックへ教えたものだったが、文句を言う者はいなかった。


ココは枝を両手ですくい上げ、しばらく眺めた。


そして、言った。


「……全部買い取るわ」


ヘルは一瞬止まり、慌てた。


「……は? え? 全部ですか?」


「……あ……ありがとうございます」


「……」


その後、ココの屋敷では、枝で歯を磨く習慣が広まっていった。


初めて見る者は、最初こそ顔を引きつらせた。


だが、先端をひとかじりすると、表情が変わった。


ミントのような爽やかな香りと、ほのかな甘み。


効能は、“歯茎が腫れにくくなる”。


ココの屋敷では、執事長から使用人まで、皆が枝で歯を磨くようになった。

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