第084話|ココ編【……無力だ……】
———馬車の中
貴族の秘書が、手帳を開いた。
「デズモンド侯爵。エイル様への訪問が予定より早く終わりましたので、次の予定まで少し時間が取れます」
「ゆっくりお食事をなさっては?」
デズモンドは、顎に手を当てた。
「……そうか」
「ならば、支援団体の本部へ顔を出そう。鼻息の荒い者もいるからな……」
「エイル様に、迷惑をかけてはならん」
「……あの方には、安心して子を産んでいただきたい」
「……それに」
「……私も、トール殿の忘れ形見を、ぜひとも拝みたい」
秘書が時計を見た。
「……では、十五分ほどなら時間が取れます」
「……十分だ」
「……私はな、トール殿を慕っていた……」
「何度も会ったことがあるが……あのような最期を迎えるとは……」
「未だに、信じられん……」
「……はい」
秘書も頷いた。
デズモンドは両手を組んだ。
「……サンデルを追っていた記者が数名、行方不明になっている……」
「……」
「……だが、証拠を掴めていない……」
「……今の法では、サンデルを追い詰められん……」
秘書が時計を見た。
「……そろそろ到着いたします」
デズモンドは干し肉をかじり、乾いた喉を水筒の水で潤した。
———教団本部
サンデルは、銀製の聖杯に注がれた果実酒を飲み干した。
「……ふむ。良い出来ですね……」
静かに、聖杯を置いた。
酒蔵のオーナーが、自慢げにラベルを見せた。
「……ありがとうございます」
「最高級品種の葡萄に、希少なスパイスを加えております」
「昨年の葡萄は質が良く、市場でもまれに見る出来でございます……」
サンデルが満足げに笑った。
「……ふふ……今日持ってきている分は、すべて買おう……」
「……努力している者は、報われないとね……」
酒蔵のオーナーが、深々と頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「よく合うチーズも持参しております……」
「そちらのお代は結構ですので……今後とも、よしなに……」
サンデルの目が細くなった。
「……ふむ。分かった……」
「……兵士たちに振る舞う分も、お前の酒蔵から仕入れさせよう……」
「……そちらにも、それなりの物を用意してもらわないとね……」
「……兵士たちには、頑張ってもらわなければならないから……」
酒蔵のオーナーが揉み手をした。
「……もちろんでございます……」
「……お好みは、存じ上げておりますゆえ……」
サンデルは満足げに笑い、脂の乗った肉へナイフを入れた。




