第078話|ココ編【これって、チャンスじゃねぇか?】
パックは、少し大きめの街を選んだ。
幾つもの街道が交差する宿場町。
人の出入りが多く、すれ違うのは知らない顔ばかりだった。
街の住人たちも、旅人の一人一人を気に留めてはいなかった。
二人は、街から少し離れた場所へ降りた。
アーラは心配そうにしていたが、パックは大胆にも、マントで身を隠すことなく街へ向かった。
「大丈夫。心配ないから」
そう言ったパックの目に、迷いはなかった。
アーラは、パックの姿が小さくなるまで見送った。
パックは街で、手紙を書くための紙と封筒を買った。
だが、ココへ直接送るわけにはいかない。
ココの屋敷へ疑いの目が向けられる危険を考えてのことだった。
そこで考えたのが、“ヘル”宛ての手紙だった。
一商人であるヘルのもとへ、差出人不明の手紙が届いたところで、誰も気にしない。
そして、ヘルには家族がいないことも聞いていた。
家族を巻き込む心配もなかった。
ココの屋敷には、多くの商人が出入りしていた。
パックは、その光景を覚えていた。
そこに賭けた。
———数日後
ヘルの自宅へ、一通の手紙が届いた。
差出人の名は、書かれていなかった。
「……なんだ、これ?」
不審に思いながらも、封を開けた。
中から聖金貨が転がり落ち、金属音が部屋へ響いた。
金貨が床の上で回転する。
「…………」
ヘルは、その金貨が止まるまで目を離せなかった。
ハッと我に返り、金貨を拾い上げた。
焦って、同封されていた便箋へ目を通した。
——パックからだった。
盛大なため息が漏れた。
「……あんのバカ、何考えてやがる」
ヘルは、手紙を最後まで読んだ。
そして、もう一度ため息をついた。
「……この金は報酬か」
「金額に見合う仕事ってことだな?」
手紙へ向かって話しかけた。
「良いぜ……受けてやるよ」
———王都、礼拝堂
毎朝の礼拝を終えたココが、使用人を伴って帰路についていた。
そこへ、一人の商人が声をかけた。
「おはようございます……ココ様」
ヘルの笑顔は、引きつっていた。
使用人が、慣れた動作で二人の間へ入った。
「……ご用件は何でしょうか?」
ヘルの喉が鳴った。
「……あの……“翼の魔族”についての情報でして……」
後ろにいたココの肩が動いた。
だが、平静を装った。
使用人が、わずかに肩をすくめた。
「……その情報を、買い取ってほしいと?」
ヘルは両手を前へ出し、慌てて振った。
「いえ! ……お代は要りません」
「……家族の仇でして……」
使用人の警戒がわずかに緩み、ココの方を見た。
ココが頷いた。
ヘルは使用人をちらりと見た。
「……できれば、人払いを」
ココは笑顔になった。
だが、目は笑っていなかった。
「……良いわ。聞かせて」
ヘルは、また喉を鳴らした。
ココは使用人を遠ざけた。
「……今、“翼の魔族”って言ったわね?」
「どういうことかしら?」
ヘルの声が低くなった。
「……申し訳ございません。嘘です」
「パックの件です」
ココの肩が跳ねた。
動揺を、精いっぱい隠した。
だが、警戒は解かなかった。
「……」
ヘルの額に、脂汗が浮かんだ。
「リンゴ林で待つと、伝えてほしいとだけ……」
ココの警戒が、わずかに緩んだ。
「……あなたは何者?」
ヘルは、まだ緊張していた。
「……彼から手紙が届きました」
「共に旅をした友人です」
ココは、すべてを理解した。
パックが自分へ直接連絡せず、この男を間に挟んだ理由も。
そして、この男もまた、パックの存在を守ろうとしていることも。
ココの目が優しくなった。
「……分かったわ。信じる」
「ありがとう」
ココの返答を聞き、ヘルの身体から力が抜けた。
だが、ココの纏う空気が再び変わった。
声が低くなる。
「……分かっていると思うけど、この件は他言無用よ?」
ヘルの喉が、大きく動いた。
ココは、ヘルを完全に信用したわけではなかった。
だが、今後も礼拝堂で接触される方が危険だった。
そのため、屋敷へ出入りしやすいよう、予備の通行証を一枚渡した。
「……商人なのよね?」
「屋敷へ来る時は、商品を持ってきてちょうだい」
「その方が自然だし」
「門番には、その通行証を見せれば大丈夫だから」
ヘルは震える手で、通行証を受け取った。
そこには、ココの刻印が入っていた。
「……」
(……マジか……)
(パックの野郎、マジで勇者様の関係者だったのか)
(……とんでもねえことになったな……だが……)
商人としては、またとない機会でもあった。
ヘルは、“勇者様御用達”の肩書きに震えた。




