第073話|ココ編【……あなたなの?……】
蟻の魔族が、周囲から姿を消した。
あっという間に敵を制圧したことで、ココ隊にはわずかな余裕が生まれた。
ココの身体から雷が消えた。
自分の手を見つめる。
「……」
ハッと我に返った。
すぐさま号令を出す。
「休憩を終えた者は、索敵と避難民の捜索に当たって」
「戦闘を終えた者は、休憩ね」
ココは長期戦を見越し、部隊を二交代で戦わせていた。
だが、完全な休憩などできなかった。
休憩に入った兵士たちは、負傷兵の応急処置や、武器の交換を行った。
それでも、戦い続けるよりは気力を保つことができた。
そして、ここに来て隊の空気は反転していた。
装備を確認する兵士の手が震えた。
恐怖からではない。
先ほどのココの戦いが、脳裏に焼きついていた。
兵士たちの誰もが思い始めていた。
(……やれる)
(……勝てるかもしれない)
ココも、ひと息ついた。
水を飲み、もう一度、自分の手を見つめた。
「……」
ハッとした。
(——まさか、パックが来ている?)
辺りを見回した。
だが、見つかるはずもなかった。
(……さっきのは、何だったの)
(でも、それ以外に説明がつかない)
ココの中には、確かな感覚が残っていた。
パックと手をつないだ時に近い、あの感覚が。
ココは空を見上げた。
(……この感覚は、きっとパック)
(この戦場のどこかに……)
ココの中で、何かが変わり始めた。
違和感が、希望へと変わっていく。
そして、ココは自分を信じた。
(……きっと、やれる)
わずかではあるが、戦場にも変化が起きていた。
兵士たちが槍を構えて踏ん張る時、足元の土は滑らなかった。
戦場を吹く風も、砂埃を巻き上げなかった。
それは、誰も気づかないほどの、大きな支援だった。
索敵班の声が響いた。
「新たな蟻の魔族! 十一時の方向!」
「多数、こちらへ向かっています!」
兵士たちが、武器を手に立ち上がった。
兵士たちは気づいていなかった。
“帰りたい”ではなく、“帰ったらやりたいこと”を考え始めていた。
槍を握る手に、力が入った。
迷いはなかった。
一歩目を踏み出した。
その足取りは、軽かった。
———森の中
アーラが、反響音を捉えた。
(……人間たちの音が変わった)
(小娘のさっきの動きも……あれは、まるで……雷)
(……雷のあいつとは、まるでタイプが違うが……)
(……やるな)
パックが、アーラをじっと見ていた。
アーラが、その視線に気づいた。
そして、ため息をついた。
「……人間たちが持ち直した」
「小娘も、動きが変わった」
「おそらくは、精霊とやらの力だろう」
「……大したもんだな」
「あの同胞は、数で押すタイプだ。個々の戦闘力は高くない」
「……小僧が行くまでもないな」
パックが肩をすくめた。
「最後のは、アーラの優しさ?」
アーラが鼻で笑った。
「バカを言うな……事実を言っただけだ」
「……どうだかね」
パックも、村の方角を見た。
「……こんなにもどかしいのは、初めてだよ」
アーラが翼をすくめた。
「……お前は考えなしに飛び出すからな。このくらいがちょうど良い」
二人は黙って、村を見守った。




