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第007話|トール編【あなたはいつだって……】

朝日を浴びた葉の露が、キラリと光って土に落ちた。


パックは伸びをした。

「んー、背中が痛い……」


トールが肩をすくめた。

「ハハ……枯葉のクッションが無かったからな」


そして視線を空に向けた。

「……だが、精霊達のおかげで深く眠れる」

「感謝しなければな」


"お節介な風"が優しく葉を揺らし、"優しい光"がキラキラと露に反射した。


焚き火がパチッと爆ぜて、"誇り高い火"も主張した。


パックが焚き火を見た。

「あはは、火も頑張ってくれたよね。みんなありがとう」


トールが腰に手をかけた。

「この辺りは果物が多い、朝食は進みながらにするか」


パックの顔がパァッと明るくなった。

「果物大好き!」


———


トールがしゃがんだ。

「パック、この辺りは薬草が多い。ちょっとこっちに来てみろ」


「うん、ちょっと待ってー」

苺を食べるのに一生懸命なパック。


トールは風上から生き物の気配を感じた。

一度体勢を低くした。


目を凝らした。


「あれは……人か」


教団の追っ手では無さそうだった。


「この辺りは、村が近いのか」


しゃがんで山菜でも採っているように見えた。


だが、その後ろ姿には見覚えがあった。


優しく、全てを包み込んでくれる様な、そんな雰囲気を持っていた。


「あれは……まさか……」


無意識に歩を進めた———。


手が震えた———。


「……エイル?」


呼吸が止まった。


そして——


「エイル!」


その声を"お節介な風"が優しく届けた。


その人影はピクリと肩を揺らした。


ゆっくりと立ち上がった。


振り返った———。


パサリと薬草を落とした。


喉が詰まった。


「トール?」


呼吸が荒くなった。


「トールッ!!」


エイルは少し躓きながら駆け寄った。


———そのままぶつかり、お互いの腕に力が入った。


「トール……無事だったのね……トール……」


その声は震えていた。


「………」


ポカンとするパック。


「トール、その人だれ?」


バッと離れる2人。


「ああ、パック……ハハ……いたのか……」


トールは軽く咳払いをした。


「この人は……エイル。前に話しただろう、治癒の祝福を持つ———」


パックがポンと手を打った。

「素晴らしい女性の人!」


トールの肩が跳ねた。

「———っ!!」

「パック……それはな……言ったらダメなやつだ……」


恐る恐るエイルを見た。


顔を真っ赤にするエイル。

「あんた……子どもに何話してるの……?」


キョロキョロと顔を見合わせるパック。


「ダメなの?」


「ダメじゃ無いけど………」

二人の声が揃った。


「……変なの」


顔を見合わせる2人。


「ぷっ……あはははは」


笑いが漏れた。


パックもつられて笑った。


トールが笑ったまま言った。

「エイル、彼が祝福持ちの少年だ」


エイルも笑ったままパックの前にしゃがんだ。

「はじめまして、パック君よろしくね」


「パックスだよ」


「パックス君、良い名前ね。私もパックって呼んでも良い?」


「うん!良いよ!」


トールは両手を広げた。

「エイル、どうしてこんな所に?」


「近くの村に巡回に来てるの。薬草が足りなくて、採りに来てたのよ」


「なるほどな」

「……その村に教団は?」


「私たちだけよ」

「ただね、あなたが家を出た後からすぐに、新しい看護官が配属されたの……」


「まさか……」


「監視だと思う……でもね、その人……患者に誠実で、真っ直ぐで、すごくひたむきで……良い人なの……」


「そうか……怪しまれる前に戻った方が良さそうだな……」


「うん、そうする……」

「あなた達は?すぐここを出るの?……」


「エイルはまたここに来れそうか?情報が欲しい。」

「ダメそうならこのまま北上する。」


エイルは辺りを見回した。

「この辺りは薬草がたくさんあるから、来れると思う」

「北ね……じゃあ私も次は北の村に向かうわ……」


パックはエイルを見た。

「エイルも一緒に来ればいいのに」


一瞬、空気が止まった。


トールとエイルが目を合わせた。


エイルが笑った。

「それが出来たら楽なんだけどね」


トールがくしゃっとパックの髪を撫でた。


パックは何となく、それ以上は口にしなかった。


風が吹いた。


エイルの髪が柔らかく揺れた。

「……トール。無理しないで」


「エイルもな」


二人は手を伸ばした。


一瞬だけ指が触れた。


辺り一面の薬草が、静かに風に揺れた。


——エイル駐屯地の宿屋


看護官

「———以上が負傷者の現状です。」


エイルは眉間に手を添えた。

「わかった、ありがとう……」


「……フゥ」

小さく溜め息を吐いた。


看護官は手を止めた。

「エイル様、少しお疲れの様ですが……大丈夫ですか?」


「えっ、あぁ……うん、大丈夫。」

「ありがとう」


「……」

看護官は悩んでいた。


上司からの任務と、エイルへの尊敬の気持ちに。


……故郷を救われた英雄に。


看護官は、白紙の報告書に向き合ったままペンが止まっていた。


(……エイル様……最近、村の外へ出て薬草を採りに行くことが多い気がする)


(でも……)


看護官は今日も"異常なし"の報告書を完成させた。


配属されてからすぐは、ただ真っ直ぐに裏の任務をこなしていた。


だが、エイルの元で働くうちに、エイルの背中を見ているうちに、次第に尊敬の念を大きくしていった。


———この人は守らなければ。


いつしかそう思う様になっていた。


——エイルの部屋


使用人が耳打ちした。

「エイル様、あの看護官ですが、やっぱり監視任務があるのでは?」


「ああ、うん。分かってる……」

「多分だけど……教団に家族を囲われてるんだと思う……」

「だってあんなに良い人が……」

「いえ、憶測の話しはやめましょう……」


エイルが窓の外を見た。


遠く、北の森の方向。


「……無事でいて」


———夜。


使用人がエイルの部屋のドアをノックした。

「エイル様、怪しいマント姿の男が、子どもの病気を診てほしいと訪ねて来ているのですが、追い返しますか?」


エイルは手を止めた。

「———え?」

(マント?……まさか……)


「いいえ、診ます。容体は?」


「熱が下がらない、とだけ……」


エイルは白衣に袖を通しながら言った。

「わかった、通してちょうだい」


マントの男は俯いたまま言った。

「すみませんエイル様、子どもが急に熱を出してしまいまして……」


トールの声だった。


「……分かりました、こちらへ」


トール達を通すと、エイルは静かに鍵をかけた。


エイルが小声になった。

「パックが?」


トールも小声で言った。

「すまないエイル、パックの奴、熱が下がらないんだ」


「みせて」

そう言うと、パックをベッドに寝かせた。


———。


「大した事無さそうね。ただの風邪。一晩寝れば治るわよ」

「念の為、ヒールはかけておいたから……」


「そうか……良かった……」


「……」


二人はお互いを見た。


「……」


「隣、私の部屋なの。入ってて」


「わかった」


エイルは使用人を呼んだ。

「ただの風邪ね。あとはお願いしていい?」


使用人は軽く頭を下げた。

「かしこまりました」


エイルは部屋に鍵をかけた。


「トール、びっくりさせないでよもう……」


「……すまない、病気の事はサッパリで」


「あなた、全然病気しないもんね。ふふ……」


少しの沈黙。


エイルの手がそっとトールの指に触れた……


「本当に、無事で良かった……」


トールはエイルの手を見つめた。

「……すまない」


部屋の灯りがエイルの瞳を揺らした。

「謝らないで……トールらしいわ」


2人の指が確かめ合った。


「………トール」


離れないように、指を絡めた。


「………エイル」


———


——



朝の光がカーテンの隙間から差し込んだ。


服を着るエイル。


トールはまだ寝ていた。


エイルはしばらく視線を外せずにいた。


今、このかけがえのない時間が、永遠に続く事を、ただ願った。

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