第069話|ココ編【……やるしか、ないっ】
隊長は奥歯を噛み締めた。
「……突破するぞ。無理に戦うな」
「振り絞れっ!」
ココ隊の方角へ目を向けた。
蟻の魔族は見当たらない。
ここを突破すれば、合流できる可能性がある。
隊長は、足元に落ちていた布切れをあさっての方向へ投げた。
蟻の魔族たちが、それを目で追った。
隊長が、正面にいる蟻の魔族の複眼を槍で突いた。
「行くぞっ!!」
兵士たちが呼応した。
兵士の一人がすれ違いざまに、傷ついた複眼側の脚の関節を狙い、剣を突き立てた。
蟻の魔族の動きが鈍った。
全員が、そちら側をすり抜ける。
——はずだった。
蟻の魔族が、当てずっぽうに顎を振るった。
その先で、兵士の一人がたたらを踏んだ。
左脚に異変を感じ、目を向けた。
太ももが裂けていた。
不思議と、痛みはなかった。
だが、傷は深かった。
じわりと、裂けた布が赤く染まっていく。
踏ん張れない。
膝が震えた。
次第に、理解が追いついてきた。
前を向いた。
隊長が、こちらへ走ってきていた。
走りながら、槍を構えている。
隊長の視線は右方向へ向いていた。
兵士も、同じ方を見た。
別の蟻の魔族の顎が、目の前まで迫っていた。
——それは、同時だった。
隊長の槍が、蟻の魔族の複眼を突いた。
蟻の魔族の顎が、兵士の胴体に噛みついた。
隊長は、兵士を見た。
兵士は手を差し伸べていた。
その兵士の表情は、避難民の表情だった。
音が戻った。
ガキン、という顎が閉じる音。
兵士は地面へ落ちた。
地面と、自分の脚が見えた。
怖くなり、目を閉じた。
家族の映像が浮かんだ。
みんなで楽しく、食事をしていた。
そのまま、兵士の意識は遠のいていった。
隊長は槍を抜き、翻った。
奥歯が軋んだ。
そして、倒れた兵士を背にして走った。
別の蟻の魔族が、隊長を追ってきた。
あっという間に、距離が縮まった。
他の兵士たちが我に返った。
全員が槍を構えた。
——応戦するしかない。
隊長は走りながら、ナイフを投げた。
ナイフが複眼へ刺さった。
追う速度が落ちた。
別の蟻の魔族が、迂回して追ってくる。
正面へ目を向けると、全員が槍を構えているのが見えた。
隊長はそこまで走り、翻って槍を構えた。
「向こうは負傷三、無傷二」
「こちらは……負傷五」
「……いけるな」
兵士たちは思わず、乾いた笑いを漏らした。
「……やれますね」
隊長が尋ねた。
「……どのくらいやった?」
兵士の一人が答えた。
「……けっこう倒しましたよ。十以上」
「……まぁ、どれも十人がかりでしたけど……」
隊長が小さく笑った。
「……フッ」
「来るぞ」
——ココ隊
ココがいるからといって、犠牲が出ないわけではなかった。
かなりの数を減らしたつもりでも、次々と湧いて出た。
兵士たちの数も徐々に削られ、精神までもがすり減っていった。
そこへ、子どもを背負った負傷兵が到着した。
負傷兵の報告によると、別働隊はほぼ壊滅状態。
残った兵士たちは、合流するためにこちらへ向かっているという。
報告を聞いたココが、号令を出した。
「こちらも移動するわ!」
「別働隊と合流して、仲間を救出する!」
それを聞いた兵士たちの士気が上がった。
だが、ココも無傷ではなかった。
不意に振るわれた爪や、兵士を庇った際に受けた傷までは、どうしても避けられなかった。




