第067話|ココ編【トール様、私に、力を……】
兵士たちは、どこか楽観していた。
小柄な少女にしか見えないココが先に戦闘へ入り、無傷だったこと。
さらに、敵が“蟻”だと聞かされていたこと。
(……大群っていっても、所詮は“蟻”だろ?)
誰も口には出さなかったが、隊の空気はわずかに緩んでいた。
ギギギギ……
顎を擦り合わせる威嚇音が、家屋の裏から聞こえてきた。
兵士たちは顔を見合わせた。
「……なんだ、この音」
建物の影から、黒く太い枝のようなものが姿を現した。
それは、小刻みに動いていた。
「……ん?」
兵士の一人が気づいた。
その直後——
一瞬にして、全身が現れた。
「——っ!!」
あまりに唐突で、声を出すことすらできなかった。
蟻本来の俊敏さを保ったまま、大型犬ほどの歩幅で迫る速さを、兵士たちは想像できていなかった。
赤く光る複眼に気を取られた。
足がすくんだ。
次の瞬間——
赤い複眼が、目の前まで迫った。
鋭い顎が大きく開いた。
かろうじて、盾で防いだ。
——ガキン!
金属音。
そして、ガシャンと音を立て、兵士の上半身が大地へ転がった。
盾ごと、真っ二つにされていた。
近くにいた兵士が悲鳴を上げた。
「ぅ……うわぁぁぁぁっ!!」
兵士たちにとって不運だったのは、ココから離れた隊が最初に会敵したことだった。
少し離れた場所にいたココの耳に、金属音と叫び声が届いた。
「——っ!!」
向かおうとした、次の瞬間。
ギギギギ……
目の前の家屋の影から、威嚇音が聞こえた。
ギギギギ……
さらに、複数の威嚇音が重なった。
「……複数よ! 気をつけて!」
兵士たちはどう対処すべきか分からず、頭が真っ白になっていた。
「……え? ……複数? ……え?」
その時、屋根が軋んだ。
ココが上を向いた。
「っ!? 上っ! 屋根から来るっ!!」
オーブが翠に光った。
蟻の魔族が、屋根から飛び降りた。
一人の兵士が、影に覆われた。
兵士は頭上を見た。
蟻の魔族が降ってくる。
足がすくみ、動けない。
ココのオーブが光った。
頭上の蟻の魔族が、突風で吹き飛ばされた。
救われた兵士は尻餅をついた。
ココが一喝した。
「すぐ立って! 来るわよ!」
建物の影から、別の蟻の魔族が姿を現した。
吹き飛ばされた蟻の魔族は、仰向けになってもがいていた。
ココが指示を出した。
「仰向けの方を、槍で突いて!」
「私はこっちを足止めするからっ!」
周りの兵士たちが、ハッとした。
槍を握り直し、複数人で突撃した。
数本の槍は甲羅に弾かれた。
だが、その隙間に一本の槍が刺さった。
兵士は思わず、槍から手を離した。
蟻の魔族がもがいた。
刺さった槍が引っ掛かり、うつ伏せへ戻った。
蟻の魔族は数歩進んだが、そのまま息絶えた。
ココが叫んだ。
「次っ!!」
オーブが青く輝いた。
もう一匹の蟻の魔族の脚を、凍らせた。
「槍っ! お願いっ!」
一匹を倒した兵士たちは、少しだけ士気を取り戻した。
「ウォォォォォッ!!」
数人が雄叫びを上げ、凍った蟻の魔族へ槍を突き立てた。
兵士たちに、言葉を交わす余裕などなかった。
だが、一人の小柄な少女が戦況を変えつつあることを、誰もが感じていた。
ココの周囲にいる兵士たちだけ、士気を取り戻し始めた。
(勇者様がいれば……)
誰もが、心の中で呟いた。
同時に、ココを守る陣形が自然と組まれていく。
勇者が倒れれば、隊が総崩れになる。
兵士たちは、それを理解していた。
だが、腐っても聖騎士団だった。
近くの兵士たちへ、次々に声をかけた。
その輪が広がっていく。
そして、勇者の周囲に少しずつ陣形が組まれ始めた。
結果、ココに余裕が生まれた。
ココは思った。
(試すなら、今)
オーブが光を吸い、漆黒へ変わった。
ココの身体が、漆黒の薄い膜に包まれた。
次いで、オーブが青白く輝いた。
オーブに稲妻が走る。
ココは、その稲妻を身体に纏った。
全身に稲妻が奔り、青白く輝いた。
ココは確信した。
「いける! 感電しない!」
その時、ココの右手側にいた兵士たちから、叫び声が上がった。
「来たぞ! 二匹! 奥に三匹!」
ココの目が、蟻の魔族を捉えた。
次の瞬間——
ココの残像だけが、その場に残った。
高速で移動しながら、詠唱した。
オーブが青く輝く。
右側の蟻の魔族を蹴りつけた。
蹴られた蟻の魔族の全身に、稲妻が走った。
オーブが光る。
左側の蟻の魔族の脚を凍らせた。
その姿を見て、かつてトールと共に戦ったことのある兵士たちが震えた。
青白く輝き、戦場を駆けるココ。
その姿が、雷神トールと重なった。
熟練の兵士たちが、次々に呟いた。
「……雷神」
「トール様……」
「雷神の再来だ」
ココの姿を目の当たりにし、兵士たちの士気が反転した。
「ウォォォォォッ!!」
雄叫びを上げ、蟻の魔族へ槍を突き立てた。
兵士たちは、前方の二体を串刺しにした。
蟻の魔族が動かなくなった。
その時には、後方から迫っていた三体も、すでにココが無力化していた。
第二陣が、後方の三体へ槍を突き立てた。
(……十、十一)
ココの身体から、光が消えた。
「時間切れ」
「……十秒が限界かな……」
(……私の弱い雷に、こんな使い方があったなんて……)
ただ、魔法を連続して使用するには、“理”の再構築時間が必要だった。
(次に使えるのは、約三十秒後……)
ココの戦闘スタイルにとって、三十秒の再構築時間は長すぎる。
だが、持続時間のある魔法を重ね掛けする戦い方は、ココにとって大きな発見だった。




