第064話|ココ編【……絶対に、来てはだめ】
——王都、聖騎士団詰所
伝令が駆け込んできた。
その手には、握り潰された伝令文書があった。
息を切らしていた。
疲れからではない。
興奮と緊張からだった。
休憩していた兵士までもが、叩き起こされた。
「おいっ! 起きろっ!」
「出動だ! 勇者様との合同討伐命令だっ!」
「かっ、数がヤバいっ! 急げっ!」
「いつもの雑魚だと思うなっ!」
隊長が、その場を制した。
「……落ち着け。伝令文書を見せてみろ」
伝令は深呼吸し、くしゃくしゃになった文書を差し出した。
その手は震えていた。
隊長が文書を広げ、目を通した。
「……」
次第に、顔から血の気が引いていく。
「……間違いないのか?」
隊長は伝令を見た。
伝令は声にできず、喉を鳴らして頷いた。
隊長が勢いよく立ち上がった。
机に膝を打ちつけ、文書が床へ落ちた。
慌てて、それを拾い上げた。
近くにいた兵士は、隊長の手が震えているのを見逃さなかった。
隊長は、家族からの手紙を入れた御守りを握りしめた。
「……出撃準備を、急げ」
——ココの屋敷
教団の早馬が到着した。
使用人たちが慌ただしく動き始めた。
執事長が、ココの部屋をノックした。
中から返事が聞こえた。
すぐに扉が開いた。
ココは着替えを済ませ、あとは装備を身につけるだけの状態だった。
無言で頷いた。
執事長は、伝令文書をココへ渡した。
ココが文書を広げた。
——そして、そのまま動きを止めた。
いつもとは様子が違った。
執事長が、落ち着いた口調で尋ねた。
「……私も、内容を確認してよろしいでしょうか?」
声をかけられ、ココはハッとして執事長を見た。
そして静かに、文書を差し出した。
執事長は文書を受け取り、目を通した。
細い目が、見開かれた。
そして、ココを見た。
ココの目には、決意と緊張、不安が入り混じっていた。
だが、目は逸らさなかった。
ココが口を開いた。
その声に、震えはなかった。
「……かつて、トール様が相手にした大群よりは少ないわ」
「……私が知っているのは、公表された数字だけど……」
だが、ココが動揺したのは、敵の数ではなかった。
伝令文書に記された、たった一行。
“聖騎士団との合同討伐”
ココの頭に浮かんだのは、ただ一人。
パックだった。
聖騎士団に、パックの存在を知られるわけにはいかない。
ココは自分の手のひらを見つめた。
パックの温もりを思い出す。
そして、手を閉じた。
そのまま強く握りしめ、祈った。
(……この戦場に、来てはだめ)
その様子を見ていた執事長が、声をかけた。
「……ココ様。私に何か、お手伝いできることはございますか?」
ココは顔を上げ、執事長を見た。
執事長は察した。
ココの顔に浮かんでいるのは、“恐怖”ではない。
誰かを心配している時の表情だった。
執事長は、口にすべきか迷った。
「……」
だが、誰よりもココが大切だった。
「……パック様、ですか?」
言い当てられ、ココはハッとした。
「……」
「……うん」
「……彼が、来てしまうかもしれない」
「……でも、彼の存在が聖騎士団に知られるのは……」
そこまで言いかけて、言葉が止まった。
執事長は目を細めた。
「……彼は優しい」
「……ココ様も」
「ですが、パック様は“愚か”ではありません」
「……信じましょう。彼を」
「そして、私はココ様を信じます」
「……どうか、ご自分の身を第一にお考えくださいますよう、お願いいたします」
ココの表情が、ゆっくりと柔らかくなった。
「……ありがとう、ジィジ」
そして、いつもの表情に戻った。
「……行ってくるわ」
「……どうか、お気をつけて」
執事長は、オーブの入った鞄を両手で差し出した。
ココはそれを受け取り、出発の準備へ向かった。
執事長は、その背中を見送った。
——その背中に、迷いはなかった。




