第063話|ココ編【……トール様は、どこまで知っていたの?】
——亀の魔族が現れた村
避難していた村人たちが、徐々に戻り始めていた。
——だが、その表情に安堵の色はなかった。
ココは村人たちに話を聞いた。
だが、出てくるのは愚痴ばかりだった。
結局、有力な情報は何ひとつ得られなかった。
——何かを見落としているのか。
ココの中には、疑念だけが残った。
——王都、ココの屋敷
王都へ戻ったココは、まず執事長に相談した。
執事長の動きが止まった。
「……ココ様、魔族が村へ向かう理由は、私にも分かりかねます」
「……」
「……ですが」
執事長の声が低くなった。
「……ここからは、私の勘になりますが……」
「……この件は、教団には言わない方がよろしいかと存じます」
ココの空気が変わった。
「……私の方でも、古い友人に当たってみます」
「……ココ様におかれましては、くれぐれも慎重にお願いいたします」
「……分かったわ。ジィジ」
ココはあえて、家族同然だった頃の呼び名で返した。
執事長は一瞬目を丸くし、やがて目を細めた。
「……我々は、何があってもココ様の味方です」
ココは笑顔で返した。
「……ジィジも、無理しないでね」
執事長はココの成長を実感し、込み上げる感情に蓋をしようとした。
だが、涙だけは抑えることができなかった。
——王都、図書館
ココはまず、歴史に関する文献を漁った。
だが、どの本にも“魔族は人間を喰らう”としか書かれていなかった。
それが、世間の常識だった。
ココは改めて、パックの能力の“異質さ”に触れることとなった。
“魔族と対話できる”能力が、この世界の常識を覆すこと。
そして、その存在が危険視されるおそれがあること。
ココは本を開いたまま、動きを止めた。
その目はもう、文字を追っていなかった。
そして、パックの言葉を思い出した。
「トールは教団に殺された」
——ココの中にあった疑問が、線で結ばれていく。
欠けていたピースが少しずつ埋まり、全容が見え始める。
(……トール様は、ここまで辿り着いていた?)
本を持つココの手が、じっとりと汗ばんでいく。
(……本当に、教団がトール様を?)
震える手で、そっと本を閉じた。
図書館を出て、屋敷へ帰った。
本をきちんと元の場所へ戻したかどうかさえ、覚えていなかった。
すぐにでも“執事長”に相談したかった。
——だが、できなかった。
執事長を危険にさらし、パックにまで危険が及ぶおそれがあった。
ココは誰にも相談できないまま、考え込む日々を過ごした。
執事長は異変に気づき、何度も声をかけた。
だが、ココから返ってくるのは、
「……大丈夫。少し考えさせて」
という言葉だけだった。
そう答えるココの顔は、幼い頃から知っている“一人で抱え込み、悩んでいる時の顔”だった。
——教団本部
“亀の魔族”討伐の報告書を読んでいたサンデルの動きが止まった。
(……あの大きさの魔族を、小娘一人で倒した? ……大した被害も出さずに?)
サンデルは、側近を呼ぶ鈴を鳴らした。
すぐさま、側近が姿を現した。
「……お呼びでしょうか」
サンデルは、指先で報告書を叩いた。
「……村の被害が少なすぎる」
「……この世界は、被害者があってこそなのだよ」
「……分かるな?」
「魔族を増やしなさい」
両手を広げ、ステンドグラスを見上げた。
「……勇者の小娘には、もっと試練を」
一瞬の沈黙。
側近は諫言を諦め、その言葉を飲み込んだ。
「……承知いたしました」
側近は視線を伏せたまま、退室した。
——ココはまだ知らない。
多くの人命が、誰の手のひらの上にあるのかを。




