第061話|ココ編【……正しいことって、何?】
精霊たちがざわめいた。
アーラが振り返った。
一頭の馬を駆る、小柄な輪郭を捉えた。
「……やっと来たか」
……ドドドッ、ドドドッ
馬の蹄のリズムが、辺りに響いた。
「……どうどう」
手綱を引く、少女の声。
馬が一度、いなないた。
亀の魔族から少し距離を取った場所で、ココは馬から降りた。
「……安全な場所まで、離れていなさい」
そう言って、馬の首を撫でた。
馬は理解したように、何度か振り返りながら静かに離れていった。
ココは馬を見送ると、静かに振り返った。
そして、亀の魔族を見上げた。
「……大きいだけじゃ、なさそうね」
そう呟いた瞬間、上空に翼の影を捉えた。
「——っ!!」
その翼には、見覚えがあった。
その背に乗る人影も、知っている。
胸の前で握った手に、力が入った。
「……」
「……無事で、よかった……」
(……今度は私に、守らせて)
上空を飛ぶ翼が、降下してくる。
ココは涙を見られぬよう、静かに拭った。
風が、翠の長い髪を揺らした。
翼が砂埃を巻き上げ、舞い降りた。
その背に乗っていた人影が、飛び降りる。
駆け寄ってくる。
「———っ」
「……あ」
ココは両手を広げそうになり、思いとどまった。
パックが目の前で止まり、笑顔になった。
「来てくれたんだね」
「あの大きいやつ、村に向かってるんだ」
「……でも、止められなくて」
ココは、込み上げた感情を振り払った。
「“来てくれた”は、私のセリフよ」
「……アイツを止めるのは……私の使命」
「……」
「でも、あなたがいると心強いわ」
「二人で、倒しましょう」
そう言って、手を差し出した。
パックは頷き、ココの手を握った。
二人の心臓が、同じ鼓動を打った。
呼吸が溶け合う。
二人の身体が、共鳴する。
二人は亀の魔族を見上げた。
ココのオーブへ、何かが吸い込まれていく。
オーブが光り輝いた。
———色が変化する。
“金色に輝く土”
“紅に燃え盛る炎”
“光を吸い込む闇”
三つの色が混じり合い、渦を巻いた。
亀の魔族の足元に、古代文字が浮かび上がる。
それは魔法陣へと変化していった。
魔法陣へ、光が吸い込まれていく。
そして、大地が暗くなった。
亀の魔族の足が、地面にめり込んだ。
重力場が狂い始め、巨大な身体が重く沈んだ。
やがて、土は灼熱のマグマへと変化した。
亀の魔族の足が、飲み込まれていく。
マグマが、亀の魔族の鱗を焼いた。
亀の魔族はもがいた。
だが、身体が重く、思うように抜け出せない。
苦痛の叫びが、森に響いた。
その振動は、三人の心をえぐった。
“お節介な風”と“冷静な水”、“優しい光”は、まだ迷っていた。
ほんとうに、亀の魔族に救いの手はないのか……
その答えを、出せずにいた。
二度目の叫びには力がなかった。
必死に足掻く魔族の姿を、精霊たちはこれ以上見ていられなかった。
アーラは黙って、亀の魔族の冥福を祈った。
ココは、与えられた使命の重さをただ受け入れた。
だが、耐えられなかったのはパックだった。
「……」
「……こんなの、酷いよ……」
「……魔族たちは、悪くないのに」
———その言葉が、精霊たちを動かした。
せめて、苦しませぬように……
その直後——
ココのオーブが震えた。




