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第055話|ヘル編【……俺は、結構本気で言ったんだぜ?】

———上空


大きな翼の影が、リンゴ林を走った。


その影は上空をゆっくりと旋回し——


ふわりと地上に舞い降りた。


そして、リンゴを選り好みした。


最も色艶が良く、赤みの強いものを選び、大きなクチバシでむしり取った。


翼の魔族にとって、リンゴ林は“約束の場所”だった。


もう一度、人間がいないか、トサカで周囲をスキャンした。


トサカが振動し、“人には聞こえない音”が周囲をなぞる。


だが、約束した者の輪郭は、今日も見当たらなかった。


リンゴを次々とむしり取った。


そして、腹が満たされると大きな翼を羽ばたかせ、飛び去っていった。


そのルーティンが、途切れた日は一度もなかった。


——北部地方のとある村


パックとヘルは店じまいを済ませ、次の村への出発準備を終えた。


この村で世話になった“隣の店の主人”にも、二人で挨拶をした。


そして、村を出発した。


——その日の夕方


“隣の店の主人”が片付けをしていると、教団兵士に声をかけられた。


聞かれたのは——


“一人旅をする少年の目撃情報”についてだった。


“隣の店の主人”は手を止め、顎に手を添えた。


「……さあ、心当たりはないな。すまんね」


——ヘルの馬車


「お前、計算、だいぶ慣れてきたじゃねぇか」


ヘルが珍しく、パックを褒めた。


パックは肩をすくめた。


「……毎日やらされてるからね」


そう言いながらも、どこか得意げだった。


ヘルも得意げに笑った。


「ハハッ、後で俺様に感謝する時が来るぞ?」


「……」


ヘルはパックと出会ってから、今日までのことを思い出した。


「どうだ。商人になるなら、弟子にしてやるぞ?」


パックは笑顔になり、視線を落とした。


「……それは多分、無理かな……」


ヘルの笑みが、わずかに引きつった。


「……ハハッ……本気にすんな」


「……」


やがて、二人の影が長くなってきた。


次の村が、遠くに見え始めた。


「……野宿は必要なさそうだね」


「……だな」


ヘルの折り返し地点となる村が、ゆっくりと近づいていた。


「……なぁ、パック。俺は、あの村から北には行かねぇんだ」


「……えっ」


パックはヘルの方を向いた。


ヘルは前を向いたまま続けた。


「だからよ、あの村でパァッと景気良くいかねぇか?」


「割り勘でよ」


ヘルがパックに向き直り、ニカッと笑った。


パックは吹き出した。


「……そこは、“俺の奢り”じゃないの?」


ヘルは指を横に振った。


「馬車の代金だよ。それでチャラにしてやる」


「……」


パックが真顔になった。


「……やっぱり、僕が出すよ!」


「……割り勘でいいって」


「……ヘルがいなかったら、ここまで来るの、大変だったし」


「……あと、計算教えてくれたし!」


「楽しかったし!」


パックの声が、ひときわ大きくなった。


ヘルの胸に、何かが込み上げてきた。


頬が引きつるのを止めるために、パックの言葉を遮った。


「わーったよ」


「……じゃあ、お前の“奢り”な」


「……だがな、金は大事に使えよ?」


パックが真顔で言った。


「だから“奢る”んだよ」


「えっと……先行投資? でしょ?」


「——!?」


ヘルは思わず、パックに向き直った。


「……」


「……言うじゃねぇか。投資なら、利益を返さねぇとな」


「……俺のこと、忘れんなよ?」


パックは拳を突き出した。


ヘルの目が丸くなる。


「……生意気だな」


——二人は拳を当てた。


「……すぐには出ねぇんだろ?」


「……店、手伝えよ」


「分かった」


——二人の旅の終着点は、もう目の前まで迫っていた。

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