第053話|ヘル編【計算……嫌い】
小さめの村では、四日目にもなると、徐々に客足が遠のいた。
「……ぼちぼちだな」
ヘルは北の方角を見た。
「明日、次の村へ出発するぞ」
パックの耳には、ヘルの声が入っていなかった。
指を折って数えている最中だった。
「おい、間違ってる。やり直し」
「ヘルが話しかけるからだよ……」
パックはぐったりしていた。
毎日、お金の計算をさせられていた。
だが、少しずつ理解しているようだった。
そして、自分の所持金の多さに驚いていた。
その額は、ヘルが売っている商品の値段を大きく上回っていた。
パックは南の方角を見た。
(ココ……ありがとう)
パックがハッとする。
ヘルに、恐る恐る聞いた。
「……計算、馬車でもやるの?」
ヘルはパックをジロリと見た。
そして、すぐに笑顔になった。
「馬車は、勘弁してやる」
パックからため息が漏れた。
そして、間違えた計算をやり直した。
——翌日
パックはいつもより早く目覚めた。
今日は“お勉強”が休みだからだ。
パックは荷物の積み込みを手伝った。
二人は、馬車を預けていた店の主人に挨拶し、出発した。
「……なあ、パック。北部方面のどの辺りに行くんだ?」
パックは少し考えた。
「……リンゴ林、だね」
ヘルはパックの方を向いた。
「……はぁ? んなとこ、何の用があんだよ?」
パックは苦笑いした。
「あはは……その近くに、お世話になった人がいるんだ……」
「……約束したから……」
ヘルは何気なく聞いたつもりだったが、“リンゴ林”という言葉が少し引っかかっていた。
パックはよく、何かを探すように空を見ていた。
地面に翼の影が走ると、すぐに見上げた。
——そして、“翼の魔族”への食いつき。
ヘルは、それが気になっていた。
商人をしていると、自然と洞察力が身につく。
客がどの言葉に反応するか。
そのわずかな挙動を読むことが、売り上げに直結するからだ。
ただ、そんな自分に疲れるときもあった。
鈍いまま生きられたら、さぞかし楽だろうと思うこともあった。
パックが何かを隠しているのは分かった。
だが、それが何かは分からない。
パックがのらりくらりと、話をはぐらかすからだ。
(……はぁ、分からないふりは疲れるぜ……ったくよ)
(……やっぱり、“翼の魔族”が関係してやがるのか……)
(……魔族のやろう、パックに何しやがったんだ)
(……人に会うって言ってたが、そいつは生きてるのか?)
(……分からん)
ヘルは、何度目かも分からない舌打ちをした。
小さな違和感が、頭の中に引っかかり続けていた。
それが、じわじわと形になっていく。
気づけば、そんな自分にいら立っていた。
そして、ヘルは考えるのをやめた。
「そういえばさ、魔族に寝返った人間の噂、知ってるか?」
「とんでもねぇ野郎だよな」
ヘルは話題を変えたつもりだった。
パックの動きが止まる。
「……うん、知ってる」
ヘルはパックの反応を見てしまった。
「……」
「……まぁ、ただの噂だしな」
「……」
馬車の音だけが、やけに大きく聞こえた。
———ヘルはまた、考えるのをやめた。




