第022話|ココ編【名前をつけたら、背中に乗せてくれた】
———時は少し遡る
パックは翼の魔族と行動を共にしていた。
辺りを見回すパック。
「ここはどこ?」
翼の魔族
「……さぁな」
パック
「何にも分かんないの?」
翼の魔族はため息を吐く。
「黙れ」
「それよりも、何故人間同士で争っていた」
パックはトールの言葉を思い出し、向き直る。
「それは……断言はできないけど……教団が、君たち魔族を召喚している可能性が高いみたいなんだ」
「……」
「それで、勇者と戦わせて、寄付金を集めてる……」
「寄付金とは何だ」
「あ……お金だよ。食べ物とかと交換できるんだ」
「食べ物と交換だと?……人間はつくづく不思議なことをするな」
「そうなの?」
「食べ物なら森にいくらでもあるだろう」
「でも……魔族は人間を襲って、食べるんでしょ?」
パックは恐る恐る聞いた。
アーラは即答する。
「そんなものは食わん」
パックは不思議そうに尋ねた。
「じゃあ何を食べるの?」
アーラが森を見て言う。
「森の木になってる赤い実だ」
「アレはこの世界で一番美味い」
パックの警戒心が解ける音がする。
「リンゴのこと?」
「知らん」
「お前の拳より少し大きい赤い実だ」
「リンゴだよそれ」
「ならばそれだ」
パックは身を乗り出して再度確認する。
「リンゴ好きなの?人間は食べない?」
「食わんと言っている」
パックは肩をすくめて言う。
「みんな言うんだよ。魔族は人間を食べるって」
「私の知る限りでは、同胞も人間は食わんな」
(何なんだコイツは、調子が狂う)
右手を差し出す。
「僕はパック、君の名前は?」
翼の魔族には手が無い。
「名前とは何だ」
手を引っ込め誤魔化す。
「えっと、なんて呼ばれてるの?」
「……そんなものは無い」
「えっ、困るねそれは……」
パックは少し考える。
「……じゃあ、
———“アーラ”は?」
「何だそれは」
「だから名前……」
「好きにしろ」
パックの顔が明るくなる。
「よろしくね、アーラ」
「……」
翼の魔族の中に、奇妙な感覚だけが残る。
「小僧、移動するぞ」
パックが訂正する。
「小僧じゃないよ、パックだよ」
アーラはため息をついた。
「なんでも良い、早く乗れ」
そう言って背中を低くした。
パックが戸惑う。
「えっと、どこに掴まれば良いの?」
アーラが雑に答える。
「翼は掴むな。あとトサカも掴むな」
「……落ちるなよ?」
アーラが立ち上がる。
バランスを崩すパック。
「わぁっ、ちょっと待ってよ!まだ掴まってない」
アーラが振り向く。
「おいっ!皮を引っ張るな」
パックが慌てて言う。
「だって、掴まるところが無いんだよ」
アーラはパックをじっと見る。
「……お前の首に巻いてるやつ、それを俺の首に巻け」
パックは戸惑う。
「えっ、良いの?」
アーラは前を向いてしまう。
「早くしろ」
パックはマフラーをアーラに巻き付けて、それに掴まった。
アーラが体勢を低くする。
「行くぞ、落ちるなよ」
少しの沈黙。
向かい風を感じ、その直後、助走するアーラ。
パックの身体が後ろに引っ張られる。
翼が広がる。
一度縮んで。
———跳躍。
力強く何度か羽ばたく。
風に乗る。
翼を大きく広げた。
左旋回。
パックが下を見た。
あっという間に地表が遠くなる。
パックは顔面に風を受けて、瞳を輝かせた。
「うわぁ……すごい……」
「……咥えられてるのと全然違う」
アーラは背中に感じる小さな重りを、“意外と悪くない”と思っていた。
「……」
(小僧の情報だと、雷が戦っていた相手が黒幕の可能性か……)
(確かに、強制的に“召喚”された時にいた人間と同じ服を着ていたな……)
(すると、あの弛んだ肉を付けた人間が頭か)
「……ラ」
「アーラ!」
「アーラってば!」
パックが何度も呼んでいた。
「……何だ?」
パックが指をさす。
「あそこ!リンゴの木!」
———急旋回。
「わぁっ!」
「急に向きを変えるのやめてよー」
「しっかり掴まってろ」
下降スピードに声が漏れるパック。
「ひっ、ひぃぃっ」
地表ギリギリで翼を広げて減速。
ふわりと着地する。
背中のパックは顔面蒼白で息を切らしていた。
「……ちょっと……タンマ」
よろよろと降りて下を向き“えづいた”
「はーっ、はーっ……これ、キツイ」
気を遣って飛んだつもりだったアーラはため息を吐いた。
「……早く、慣れろ」
そして、さっさとリンゴを食べ始める。
「オェ……僕、いらない……」
——上空
パックは何度か嘔吐を繰り返し、ようやくアーラの飛行に慣れてきていた。
「ねえ、アーラ」
アーラは前を向いたまま答える。
「何だ」
パックは少し考えながら言う。
「……トールを探しに行きたい」
アーラは知っていた。
トールの輪郭が消え去るのを音で感じていた。
「……」
「あの辺りは人間のテリトリーだ」
「余計な争いは避けたい」
勇気を出して言ってみたパックだったが、それを聞いて複雑な表情を浮かべる。
「……そっか」
アーラはため息をつく。
「……上空から見るだけなら良いぞ」
パックの顔が明るくなる。
「本当?ありがとう、アーラ」
そう言って首に抱きついた。
「バランスが崩れる。やめろ」
パックは、ぱっと離れた。
「あっ、ごめん」
———戦場跡、上空
アーラはトサカから超音波を出して、辺りをスキャンする。
(……武器を持った人間の輪郭は無いな)
パックが顔をしかめて言う。
「なんか耳鳴りがする」
アーラがため息をつく。
「少し我慢しろ」
「この辺りがお前らがいた場所だ」
「雷のやつは見当たらん」
パックが不思議そうに尋ねる。
「アーラって目が良いんだね。こんなに高いところから人が見えるの?」
アーラが答える。
「目でも見るが、俺は基本、音で見る」
パックが目を丸くする。
「えっ?音?」
「どうやって?」
アーラは得意そうに答えた。
「トサカから音を出して、反響音で見る」
パックは理解できていない。
「なんか、難しいね」
アーラは失笑した。
「まあ、そうだろうな」
「……この辺りには、“雷”はいない。戻るぞ」
パックは残念そうに答えた。
「……うん」
アーラは前を向いたまま黙っていた。
今はまだ、言うべきではない気がした。




