第020話|トール編【エイルも守れたんだな……俺は】
パックは一瞬、風の温度が変わるのを感じ取った。
“お節介な風”は何も言わなかった。
翼の魔族がバランスを崩した。
「おい、動くなと言っただろう」
——次の瞬間、トールの輪郭が消えるのを感じ取る。
(……雷のやつ……逝ったか)
(コイツも何かを感じ取った様だな)
(……黙っておいた方が良いか)
翼の魔族は山を超えた先の中腹に一旦降りることにした。
パックは飛んできた方角を見た。
「トール大丈夫かな……」
翼の魔族は前を向いたまま言った。
「さぁな……まあ、アイツは強いからな……何とかなるだろう……」
パックは俯いた。
「でも……あの時、雷が消えてた……」
翼の魔族
「……俺には分からん」
パックは胸の奥のざわつきと向き合うのが怖くなる。
その得体の知れない感情から目を背けた。
———
エイルは急に立ち上がった。
使用人が驚く。
「エイル様、どうかなさいましたか?」
窓の外を見る。
胸の前で握った手に力が入る。
「ごめん、大丈夫……何でもない……」
エイルは胸の奥の違和感に蓋をしようとした。
———数日後。
トールの家の執事長から一通の知らせが届いた。
エイルは宛名を見て動きが止まる。
便箋は一度濡れた跡があり、皺が寄っていた。
手が震える。
封印を解く手が何度も止まる。
呼吸が苦しくなる。
喉が詰まる。
エイルはゆっくりと便箋から手紙を取り出した。
所々、インクの滲む跡が残るその手紙には、
———トールの訃報が記されていた。
立ち尽くす。
永い時間。
身体の芯から震えが来る。
手紙を持つ手に感覚が無くなる。
目の前が暗転する。
膝から屈折れる。
エイルは声も無く震えて泣いた。
脱力した身体。
力が入らない。
涙を搾り出す筋肉だけが、全身を支配した。
その様子を見つけた使用人と看護官が飛んできた。
エイルの肩を支え、ベッドへ運ぶ。
エイルはそのまま体調を崩すことになる。
不安と焦燥感。
悲しみ。
微熱が続き。
めまい、吐き気。
眠ることが多くなった。
ある日、看護官がエイルの容体を診ていて思った。
看護学校での授業を思い出す。
エイルの容体と重なる。
看護官が尋ねた。
「エイル様、月経は来ていますか?」
エイルは怠そうに答えた。
「そういえばまだかも……体調を崩しているからね……そのせいよ」
「……」
看護官が続けた。
「……妊娠の初期症状に似ています」
エイルの動きが止まる。
心臓が高鳴り、頭が真っ白になる……
手が震える。
下腹部に手を添える。
そこにあるかもしれない、小さな生命の温もりに、涙が溢れ出した。
そして穏やかに、優しく呟いた。
「……トール……」
看護官は黙ったまま頭を下げて部屋を出た。
ドアの外で声を殺して泣いた。
トールが遺した温もりが、エイルの中に宿っていた。
だが、トールを否定した世界は、止まることをしなかった。
トール編……完




