第019話|トール編【大切なものを詰め込んだら、三人で釣りだった】
サンデルは頬の傷を気にしていた。
「なんだその目は、何故その様な顔をしている」
トールは顔を上げた。
「……何の話だ?」
サンデルが細い目を開いた。
「命乞いをしろ」
トールの顔は“何かを成し遂げた者”の顔をしていた。
「意味あるのか」
サンデルは目を細めた。
「……何故笑っている」
トールは目を逸らした。
「知らないのか?人は死を目の前にすると笑うんだ」
サンデルの眉が動く。
「そうではない、それは知っている」
「……お前の笑いは」
「まるで……」
「……」
「子どもは死んだ、お前もじきに死ぬ」
「悔しくないのか」
トールは肩をすくめた。
「さぁな……」
「……お前にひとつ、良い事を教えてやろう」
「聞きたいか?」
サンデルはトールを見下ろした。
「……許す、言ってみろ」
トールは静かに答えた。
「……お前は、自らの行いで滅びるだろう」
指輪を弄るサンデルの手が止まる。
「……」
「……ふん、負け犬の遠吠えですか……残念ですね」
トールは口角を上げた。
「……そうだな」
「話は終わりだ」
サンデルは鼻を鳴らした。
「終わらせるのは私ですよ」
“滅”に弛んだ顎で指示する。
肉が揺れる。
「……」
“滅”は静かに詠唱を開始した。
戦闘時よりも時間がかかる。
暗黒の球体は、静かにゆっくりと迫っていく。
側近が祈る。
サンデルは椅子に戻り、どかりと音を立てて座った。
トールの身体は、末端からゆっくりと塵になってゆく。
雷神の最後。
その場の誰もが勝利を確信した。
ほんの一瞬。
“静”の肩の力が緩む。
集中が途切れ、魔法陣が揺らぐ。
ピクリとトールの指が動く。
トールの目に、腰に着けていたナイフが入った。
サンデルを見る。
迷いは無い。
まだ手が動く。
指先が崩れ始める。
ナイフを抜く。
サンデル目掛け、投げた。
軌道は喉。
一直線に向かう。
はずだった。
ナイフが失速する。
トールは自分の手を見た。
すでに手は塵になっていた。
トールは奥歯を噛み締めた。
ナイフはそのまま、大地に刺さった。
金属音が響く。
静寂。
サンデルはナイフを見て、顔から血の気が引いていく。
誰もが言葉を発せずにいた。
トールはゆっくりとため息をついた。
そして、崩れゆく身体を、静かに受け入れた。
その塵が風に流される。
高く舞い上がり、どこまでも遠く飛ばされていく。
(……俺は、このまま塵になるのか)
(……だが、悪くない)
(風になれば、またパックと話せるな……)
(エイル、すまない……)
(先に逝くのを許してほしい……)
(愛してる……)
(……もう一度……三人で、釣りがしたかったな……)
……ひと筋の風が吹いた。
———トールは、静かに“風”になった……




