第002話|トール編【俺には出来なかった……だから、この少年だけは……】
“祝福”
血筋ではない。
それは、神の気まぐれなのか……
ひとりひとり、違う形を持つ力。
パックの能力は
“人ではない声を聞く力”
パックは水面を見つめた。
「……トール、魔族達は……悪く無かったって事なのかな」
トールも水面を見つめていた。
「……少なくとも、嘘をついている様には、見えなかった」
「……召喚の話も、辻褄は合う」
パックはトールを見た。
「……じゃあ、本当に教団が……?」
「……断言はできん」
「……だが、誰かが魔族を呼び、勇者と戦わせているのは事実だ」
「……それが教団である可能性は、高い」
パックの瞳が揺れた。
「……教会にいる人達は、悪い人なの?」
トールはしばらく水面を見つめた。
「……違う」
「……祈っている者たちは、悪くない」
「だが——その祈りを、利用する者がいる」
「……難しいね」
「……そうだな」
トールは釣竿を握り直した。
糸が揺れ、波紋が広がり、太陽を反射して、光が揺らいだ。
「……」
トールはパックを見た。
「……さっきはびっくりしたぞ」
「それにしても、すごいなパックは……他にはどんな者と話せるんだ?」
パックはあっけらかんと答えた。
「……えっと、風でしょ、あとは水とか……火とか……あと、土も」
自然を司る精霊——
トールは言葉を失った。
(……恐らくは、精霊の類だろう……計り知れんな……)
同時にトールは思った。
パックは“人間と魔族を結ぶ架け橋”となれる。
——教団に、奪われてはならない。
(……もし、本当に魔族と分かり合えるなら……)
「……」
(……俺は魔族を倒す事で守ってきた……)
(だが、パックは違う)
自分が何を成すべきか、見えた気がした。
トールは、訓練された規則的な足音が、こちらに近付いてくるのを察知した。
「……パック、人が来る」
「……約束、守れるよな?」
パックは親指を立てた。
「うん!」
「俺は、よくここで釣りをしている」
「……家が嫌になったら、ここにおいで」
パックの顔が明るくなった。
「良いの?やった!」
教団兵士はトールに敬礼した。
「……勇者様、こちらにいらっしゃいましたか」
「……そろそろ食事のお時間です」
「お戻りください」
トールは溜め息混じりで答えた。
「……ああ、戻るよ」
「……パック、またな」
パックが手を振った。
「うん、またね。バイバイ」
トールもパックに手を振った。
(……これからは、少し気をつけねばならないな)
教団兵士は少年に一度視線を移し、踵を返した。
「……では勇者様、参りましょう」
トールはパックを見ないようにした。
「……ああ」
——トールの屋敷
トールが家に戻ると、使用人達が並んで待っていた。
「おかえりなさいませ」
すぐさま、上着を受け取る者。
釣竿を受け取る者。
剣を受け取る者が、それぞれ素早く動いた。
肩が軽くなったトールは、いつもの様に感謝の言葉を掛けた。
「ありがとう、休んでて良いよ」
「かしこまりました」
使用人達の声が揃った。
トールは玄関前に立つ護衛の兵士に視線を移した。
教団から派遣されている護衛兵士は、勇者の監視が裏の任務だった。
トールはその兵士にも声を掛けた。
「……おつかれ様、この街は安全だ。君も、適度に休んでね。」
「ハッ!」
兵士は背筋を伸ばし、敬礼した。
使用人が、気まずそうに耳打ちした。
「……トール様、エイル様がいらっしゃって、ずっとお待ちです」
トールは眉間をつまんだ。
「……そうか、今日は診察の日か……忘れてた」
「……マズイな」
「トール!」
エイルが現れ、少し不満そうに声を上げた。
「……今日は診察の日でしょ?また釣り?」
「……私、ずっと待ってたんだけど?」
トールの笑顔が引きつった。
「……すまないエイル……ハハ」
エイルは少しムッとした。
「ハハ、じゃ無いわよもう……昔から無理し過ぎなんだから」
「……あんまり心配させないで?早く、始めるわよ」
トールが肩をすくめた。
「……どこも悪く無いんだが」
エイルは前屈みになり、人差し指を立てた。
「そう言う時はいつも無理してるじゃない……言う事聞きなさいよもう」
エイルがトールの手を引いた。
「ほら、こっちに来て」
——トール自室。
エイルは腕まくりをすると、トールと向き合った。
「……じゃあ始めるわよ」
そう言って目を閉じた。
彼女の柔らかな髪がふわりと浮くと、掌がエメラルドの様な優しい光を放ちはじめた。
エイルの能力。
——治癒——
彼女は主に、被害を受けた村などを問診し、傷ついた人々を癒す。
失った命を引き戻すことまでは出来なかったが、傷を癒やし、痛みを和らげ、寄り添う事はできた。
特に、トールの問診には普段より優しく、丁寧だった。
それは治癒術師としての責任か、
それとも——別の感情か。
トールがエイルの耳元で囁いた。
「……祝福を持つ少年と出会った」
「……能力はまだ、教団には知られていない」
「———っ!!」
エイルが一瞬強張り、光が揺らいだ。
「戦闘系の貴方には監視が……」
トールはエイルの言葉を遮った。
「……分かっている、上手くやるさ」
「その少年には、誰かの助けが必要なんだ」
「……放ってはおけない」
エイルの手が震えた。
「お願いだから、危険な事はしないで。貴方に何かあったら……私は——」
エイルは胸の前で両手を強く握り締めた。
トールはそっと肩に手を添えた。
「……大丈夫、心配ないさ」
「……執事長のことだ、エイルの分の食事も準備している筈だから、一緒にどうだ」
「……今日はもう遅いから、泊まっていけ」
エイルは目尻を少し拭った。
「……ありがとう、そうするわ」
エイルは、トールの失った左腕を見つめた。
その視線には、後悔と憤りの色が混じっていた。
——数日後、湖畔
トールは毎日、釣りを口実にパックに会いに行った。
(……彼はまだ少年……祝福を背負うには早すぎる……)
(……そして、あの能力……)
(……誰かが守ってやらねばならん……)
その日はすでに、パックが先に釣り糸を垂らしていた。
「よう!パック、早いな」
「うん、もう1匹釣ったよ!」
パックが得意気に言った。
トールは釣りの準備を急いだ。
「何だって?これは負けてられないな。ハハハ」
だが、パックの顔が次第に曇っていった。
「……」
「……でもねトール、風が何かを心配してるみたいなんだ」
トールは笑顔を崩さなかった。
ただ、その奥で一瞬だけ、何かが揺れた。
「……」
「……どうしたんだ?」
パックが不安気に言った。
「……分からない」
「……でも、なんだか嫌な感じがするんだ」
トールは辺りを見渡した。
「……」
「……確かに、今日は静かすぎる」
——トールの屋敷
使用人達が出迎えた。
「おかえりなさいませ」
執事長がトールに耳打ちした。
「2人いた護衛が、1人見当たりません」
「先日の新人の方です。」
「……そうか、わかった」
胸の奥が、わずかにざわついた。
トールは窓の外を見た。
(……今動けば、余計に怪しまれる)
(……あの新人、"殺気が無かった"のではなく、"消していた"のか?)
護衛に気取られない様に平静を装った。
その日の夜、風は一度も窓を鳴らさなかった。
——早朝
使用人はトールの前に数本の釣竿を並べた。
「おはようございますトール様」
「今日はお早いですね」
トールは釣竿を選んだ。
「この時期は、早朝がよく釣れるからね。行ってくる」
トールは視界の端に護衛を2人確認した。
「……じゃあ行ってくるよ」
護衛はトールに敬礼した。
「お気をつけて」
「……今日もお一人で?」
トールは肩をすくめた。
「……すまないけど、君達が来ると釣れなくてね……魚が怯えるんだろう」
トールは、はやる足を抑えながら湖へ向かった。
——湖畔に着くと、水面も風も、全てが凪いでいた。
「———っ」
胸がざわついた。
いつもの場所に向かうと、パックが既に釣り糸を垂らしていた。
トールの肩から力が抜けた。
パックはトールを見て小声になった。
「トール!あのね、昨日ね、いつもトールを迎えに来る人たちがね、僕の家に来たんだよ。」
「——っ!!」
トールの体に、再び緊張が走った。
そして、パックの目が不安の色に変わった。
「……でね、トール、"しゅくふく"ってなに?」
——ザワッ!!
凪いでいた風が、突然動き出した。
トールは神経を研ぎ澄ました。
感じ取れる範囲に気配は無かった。
パックを怖がらせぬ様に静かに説明した。
「……祝福は、秘密にしてる能力の事だよ」
パックは目を見開いた。
「やっぱりそうなんだ……でもね、僕、約束守ったよ!」
トールはパックの頭に優しく手を置いた。
「えらいぞ!パック、それで……他に何か聞かれたかい?」
パックの目が輝いた。
「トールのこと、勇者って言ってたけど、それホントなの?」
トールは短く息をついた。
「……昔の事だよ、今は違う……今はパックの友達さ」
パックの声が跳ねた。
「ホントに勇者なんだ!すごいね!僕の故郷も、助けてくれたよね!」
「僕、トールが戦うの見てたよ!光ってて、速くて、すごかった!」
「——っ」
トールの手が震えた。
トールは静かに、強く瞼を閉じた。
「……全然、すごく無いんだ、私は……救えなかったんだ——」
そう言って、パックを抱き締めた。
パックの手は、そのまま閉じることも、開くこともなかった。
そして、“お節介な風”が庇うように二人を包んだ。
“冷静な水”と“優しい光”が湖面を優しく揺らし、煌めいた。
パックはトールのかすかな震えを感じ取った。
何も言わず、そっとトールの肩に手を置いた。
——教団詰所
パックの家の主人は恐る恐る聞いた。
「あのぅ……約束の報酬は?」
教団兵士は視線を逸らし、報告書を見た。
「祝福を確認してからだ」
「本当に、あの少年が"祝福"の兆候があるのだな?」
パックの家の主人は小さく舌打ちした。
「は……はい、村の者が数人、パックスの独り言を聞いておりまして……」
教団兵士は顔を上げた。
「一度、調査してみる必要があるな」
「下がって良いぞ」
パックの家の主人は肩を落とした。
「は……はい」
———トールの屋敷
トールが自分の部屋に戻るとすぐに、風が窓を激しく揺らした。
「……今日はやけに風が強いな」
強風で一片の枝が飛来して、トールの部屋の窓を破った。
「———っ!!」
異変に気付いて使用人が駆け寄った。
「トール様お怪我はありませんか?」
トールは肩をすくめた。
「……大丈夫だ。すまないね」
「今片付けますので、少しお待ち下さい」
使用人は割れた窓ガラスを箒で集めた。
トールは枝を拾った。
(……風の、警告か?)
「……」
窓の外を見て、枝を握りしめた。
「……ちょっと出てくる」
支度を済ませ、屋敷を出ようとすると、護衛の兵士に止められた。
「……こんな時間にどちらへ?」
トールは肩をすくめた。
「風が強すぎる。近くの村が心配だから様子を見に行くだけさ」
護衛の眉が動いた。
「……」
「……我々にお任せ下さい」
「……」
トールは静かに、瞼を閉じた。
「……」
暗い森に一瞬、閃光が走った。
直後。
———ドサッ、ドサッ
何かが倒れるような大きな物音が2つ響いた。
トールは視線を落とした。
「……勇者、失格だな」
使用人が駆けつけると、護衛2人が倒れていた。
使用人は言葉を失った。
使用人がトールの方を見ると、右手に雷が迸っていた。
「——!?」
トールは倒れた二人を見ながら言った。
「……すまない。この2人をベッドに運んでやってくれ」
そして、使用人に微笑みかけた。
「心配いらない。気絶してるだけだから」
執事長が駆けつけて、手を震わせた。
「……」
「……理由は存じ上げませんが、これがどういう事かは分かります。」
「2人が目を覚ますまでは、教団に知られる心配は無いと思います。」
トールは視線を落とした。
「……すまない」
執事長は背筋を伸ばした。
「……トール様……お仕え出来て光栄でございました」
そして、二度手を叩いた。
「みなさん、急いで支度して差し上げなさい」
使用人たちは我に帰り、返事の声が揃った。
「はいっ!」
屋敷の中に駆け音が響いた。
使用人の中には、涙を拭う者もいた。
執事長も涙を流しながら、両手で剣を差し出した。
「……どうか……ご無事で」
トールは、今日まで共に暮らした日々を思い出した。
「……みんなすまない」
「……そして、今までありがとう」
「……後が少し大変だろうけど、頼んだよ……」
トールは振り返ることなく、夜の闇に歩を進めた。




