第015話|トール編【上手くいった】
背後の茂みがわずかに揺れた。
索敵班の一人が肩を跳ねさせる。
槍を構える。
その槍の先は震えていた。
喉を鳴らす。
「……」
「て……抵抗しなければ、手荒なことはしない……」
静寂——。
だが、現れたのは、小さなリスだった。
大きく溜め息をついた。
「……紛らわしい」
誰も笑わなかった。
「……」
索敵班の一人が呟いた。
「……部隊の火が、一斉に消えるのを見た……」
別の兵士が答えた。
「……火を操る祝福持ちらしいな」
「……」
「……この人数で、太刀打ち出来るのか?」
「……」
兵士たちは顔を見合わせた。
「……臆するな、相手は子どもだ」
その声はわずかに強張っていた。
別の兵士が誰にともなく呟いた。
「……子どもなんですよね?……」
「……逆上して襲ってきたら……」
「雷であの強さですよ?……」
「火って……」
「……」
全員黙ってしまった。
——前線
兵士たちには逃げ場がなかった。
前方には雷神、後方からは火矢が飛んでくる。
何度も槍を握りなおす。
まだ何もしていないのに、肩で息をしていた。
トールが視界に入ると、後ずさる者が増えていた。
雷神の肩から背中へほとばしる稲妻は、歩を進めるたびに弾け、そして爆ぜた。
初めて目にする兵士は、相手が人間だとは思えなかった。
「……なんだよ……あれ」
「ひ……光ってる」
兵士は無意識に後ずさった。
「き……来たぞ……」
膝が震える。
雷神の背後には、おびただしい数の兵士が地を這い、呻き声をあげていた。
「む……無理だろ……これ」
トールが悠然と歩を進める。
「……君たちには未来がある、どいてくれるかな」
「——っ!!」
その言葉を聞いた兵士たちの喉が大きく動く。
兵士が呟いた。
「……ど……どけば見逃してくれるのか?……」
思考が混乱する。
「そ……それって、逃亡罪にならないのか?」
隣の兵士が答えた。
「に……逃げてないだろ……」
やけくそになって答えた。
確かに誰も逃げていなかった。
ただ、槍を構えたまま動けなかった。
——教団軍本陣
兵士が跪いた。
「元勇者が単騎でこちらに向かって来ています」
「——っ」
サンデルがいつもより早口になる。
「何をしているのです、相手は一人、どれだけの兵を投入していると思っているのですか」
(……足りなかったというのか)
(この作戦にいくらかかったと思っている……相手は片腕だぞ)
(か……片腕の分際で……)
側近が恐る恐る聞いた。
「……いかがなさいますか」
「——っ」
サンデルが立ち上がり、珍しく感情的になる。
「潰せっ、全兵力で潰しなさい」
側近が焦った。
「はっ」
慌てて伝令を出す。
「た……待機の者は戦闘準備!!」
どかりと椅子に座る。
サンデルは爪を噛んだ。
そして、膝を小刻みに揺らした。
余分な腹の肉が、情けなく揺れた。




