第138話|ココ編【……私が……】
「……ココ様……」
執事長は上げかけた手を止めて、言葉を失った。
そこへ使用人が戻ってきた。
「——!」
使用人もココの姿を見て足を止めた。
手に持ったトレイには、蜂蜜を溶かした温かいミルクの入ったカップと、蜂蜜の瓶が乗っていた。
ココはトレイを見て小さく微笑んだ。
「……ありがとう、いただくわ」
両手でそっとカップを持ち上げた。
ココは、ふぅ……と吐息で湯気を飛ばし、蜂蜜入りのミルクを口にした。
優しい甘みと温かさが喉を通り、胸が暖かくなった。
ココは静かに目をつむった。
温かなカップから手のひらに伝わる熱を感じた。
ココは目を開けた。
「……行ってくる」
使用人の瞳が揺らいだ。
「……どうかご無事で」
執事長は手を握りしめた。
「……選択を迫られた時は、どうかご自身のために……」
喉が詰まり、それ以上言葉に出来なかった。
「……ありがとう」
ココは、静かにカップをトレイに乗せ、二人に笑顔を向けた。
使用人は鼻をすすり、頬を濡らした。
ココは準備された馬に跨った。
(……魔族は多分、デズモンドが押収した魔族の骨へ向かっているのね……)
(……まずは骨を回収して、王都から出なければ……)
馬は首を後ろに引き、前に出すと同時に駆け出した。
ココの翠色の髪が、後ろに流れた。
「……」
胸を侵食する、怒りと憎しみ。
ココは手綱を握りしめた。
そして、ある考えが頭をよぎる。
(……今までは、権力も金も、王族からの信用もあるサンデルを、証拠も無く討つことは出来なかった……)
(……でも)
(……この混乱に乗じて……サンデルを討つことが出来れば……)
(——悲しみの連鎖を止められるかもしれない)
ココは手のひらにじっとりと汗をかいていた。
(……私に……人が殺せるの……)
手が震えた。
(……怖い)
背筋に冷たいものが流れた。
ココの脳裏に、トールやデズモンド、死んでいった人たちの顔が浮かんだ。
ココは顔を上げた。
(……でも、こんなチャンスは二度と……)
………………
…………
……
やがてデズモンド邸へ到着した。
静かに馬から降りた。
「……」
もう、手の震えは止まっていた。




