第129話|ココ編【私を全力で甘やかしてくる貴族様が……】
——翌日
デズモンドは殉職した捜査員の家族への挨拶を終え、帰りの馬車に揺られていた。
「……」
デズモンドは黙ったまま、馬車の窓から外を眺めていた。
「……」
秘書はその様子を見ていた。
手帳を開いては閉じ。
上を見て、そして俯いた。
「……」
眼鏡を掛け直し、咳払いをした。
「……次の休暇ですが……」
「……すまんが、後にしてくれ……」
「……はい」
秘書は手帳を閉じた。
すると突然、馬車が急停車した。
「——っ!?」
馬が大きく嘶いた。
「——何事です?」
秘書はズレた眼鏡を掛け直し御者側の小窓から外を見た。
「——っ!?」
音もなく現れた者たちに進路を塞がれていた。
「——侯爵っ!」
秘書が振り返ると、デズモンドはすでに剣を手にしていた。
「君も武器を」
そう言って秘書に予備の剣を差し出した。
「……は……はい」
秘書は剣を受け取ろうと手を伸ばした。
秘書の手は震えていた。
デズモンドは窓から外の様子を見た。
護衛の騎馬隊がすでに剣を交えていた。
「……無理に戦わなくて良い……生き延びることだけ考えろ……」
「……私もそうする……」
秘書は何度も頷いた。
デズモンドが再度外を見ると、一人の護衛が投げナイフを喉に受けて、落馬した。
「——!?」
デズモンドは秘書を見た。
秘書は剣を握りしめて震えていた。
「……巻き込んですまない……」
デズモンドは目を伏せた。
「——!」
秘書は首を横に振った。
デズモンドの口髭が少し上がった。
「……君はよくやってくれた……だから逃げろ」
秘書の下瞼が上がり、喉を鳴らした。
デズモンドが再度外を見ると、護衛が奮闘してくれていた。
刺客もまずは護衛を相手にせざるを得なかった。
「——よし、出るぞ!」
デズモンドは馬車の扉を開いた。
すると、腰を抜かしてへたり込む少女の姿が目に入った。
「——!?」
デズモンドは周りを見て、刺客が近くにいないことを確認した。
剣を抜き、鞘を投げ捨てすぐさま少女のところへ駆け寄った。
「——立てるか?」
少女は首を横に振った。
デズモンドは少女を背中で守った。
「……隙を見て、君を担いで逃げる」
「分かったな?」
少女からは返事が無かった。
秘書も剣を抜き、少女を背中で守った。
——その時だった。
……ズシュ……ズシュ……
デズモンドと秘書の背中に痛みが走った。
「——ぬ?」
「——え?」
「……」
二人が振り返ると、少女はナイフを持っていた。
「……な……君は……」
デズモンドと秘書は、同時に膝をついた。
デズモンドの白いズボンがたちまち赤く染まった。
少女は傷の位置を確認し、刺客たちの方へ走っていった。
「——デズモンド様っ!」
護衛がデズモンドに気を取られた隙に、刺客たちは護衛にとどめを刺した。
護衛はそのまま落馬した。
少女が刺客たちに向かって頷いた。
刺客たちは静かに姿を消した。
デズモンドは秘書を見た。
秘書の背中の傷は深く、デズモンドは目を伏せた。
「……すまない」
「巻き込んでしまって……すまない……」
秘書もデズモンドを見た。
「……私たちは、死ぬんでしょうか……」
「……分からん」
「……」
デズモンドが倒れ込み、仰向けになった。
目を瞑ると、瞼の裏にココの笑顔が浮かんだ。
「……私は勇者たちを守りたかった……もう、守れんのか……」
デズモンドの意識が揺らいだ。
秘書も倒れ込んだ。
「……守りましたよ……侯爵は、ずっと守ってきた……」
「……あなたも……勇者ですよ……」
秘書の視界がぼやけた。
デズモンドは薄れゆく意識の中、トールにかけた言葉を思い出した。
(……成すまでに、何をしたか……)
(……人々は、その“背中”を見ている)
デズモンドの口髭が少しだけ上がった。




