第112話|ココ編【無事か】
猪型魔族の後ろ足が、地面を蹴った。
——その瞬間。
地面が泥濘んだ。
蹄が滑り、突進出来ない。
猪型魔族はバランスを崩し、膝をついた。
「——くっ!」
パックは倒れた捜査員の前に立ち塞がり、ナイフを構えた。
「……水さん、土さん……ありがとう……」
「——うわあああっ!」
——ザシュッ!
突然、捜査員が背後から斬りかかった。
ブヒィィィィ!
猪型魔族は振り向きざまに、長い牙を振り回した。
——ドッ!
捜査員の腕に当たり、そのまま体ごと吹き飛んだ。
「——ぐふぅっ!」
捜査員の持っていた剣が木に突き刺さり、捜査員は地面に叩きつけられた。
「——かはっ!」
だが、捜査員の一振りは、猪型魔族の後ろ足の太ももを大きく切り裂いていた。
「……」
パックは奥歯を噛み締めた。
「……どうすれば……良いんだ……」
猪型魔族はパックの方を向いた。
「——!?」
体勢が沈んだ。
「——くっ!」
パックは腰を落とし、ナイフを構えた。
「待たせたな」
猪型魔族の目の前を蜂の群れが横切った。
猪型魔族が蜂たちに気を取られ、目で追った。
蜂たちは猪型魔族の目の前を付かず離れず牽制した。
猪型魔族は、闇雲に牙を振るうが、蜂たちには当たらない。
——その時だった。
ブヒィィィィ!
猪型魔族が雄叫びを上げた。
「——っ!?」
猪型魔族の足元の、長い影が動いた。
「……え」
体長二メートルほどの蛇が、猪型魔族の足に噛みついていた。
その蛇は、すぐに茂みの中へと消えた。
「……今のは……」
パックはナイフを構えたまま、蛇が消えた方を見て、すぐに猪型魔族へ視線を戻した。
蜂たちに牙を振るう勢いが、次第に弱まってきた。
「……」
猪型魔族が噛まれた足を庇うように動いていた。
「怪我人を運ぶから、もう少し引きつけられる?」
パックは蜂たちに向かって叫んだ。
「こっちは空中だ、任せろ」
「頼んだ」
「……」
捜査員は目の前で盾になってくれた少年を、朦朧とした意識の中で見ていた。
(……誰と話しているんだ……)
そして、少年が脇に頭を入れて来た。
「……痛っ……すまん……」
「立てる?」
「……ああ……痛っ……死ぬよりマシだ……」
「出来るだけ急いで」
「……痛っ……」
捜査員は離れた場所で膝をついた。
そのままゆっくりと倒れ込んだ。
パックはもう一人の捜査員が倒れた場所へ駆け出した。
「……」
捜査員は少年の背中を見守った。
頭を地面に預けた。
「……はぁ……痛っ……くそっ……あんな少年に助けられるとはな……」
「……何者なんだ……」
パックは走りながら猪型魔族を見た。
蜂たちに向かって、夢中で牙を振るっていた。
「……よし」
パックは猪型魔族の死角から回り込んで、捜査員の元へと向かった。
「……うぅ……」
捜査員は呻き声を漏らしていた。
「……良かった……生きてる……」
パックは倒れている捜査員の肩に触れた。
「立てる?」
捜査員は虚ろな目でパックを見た。
「……あ……君は……無事か……」
「……うん……もう一人も無事だよ」
「歩ける?ここから離れるから」
「……痛っ……腕が……折れてるかもしれん……肋もやられてるな……」
捜査員は猪型魔族を見た。
「……あれは……」
猪型魔族は虫の大群のようなものに向かって牙を振るっていた。
「向こうに気を取られているうちに、早く」
「……ああ……痛っ……くそっ……死んでたまるか……」
パックは折れていない方の腕に肩を入れた。
「あっちにもう一人がいるから」
「……痛っ……ごめんな……情けない……」
蜂たちの撹乱に苛立った猪型魔族が牙を大きく振るい、向きを変えた。
そして、捜査員に肩を貸すパックたちを視界に捉えた。
ブヒィィィィ!
——ドッ!
猪型魔族が駆け出した。
風が砂塵を舞い上げる。
砂塵が顔に直撃するが、猪型魔族は目を細めて突っ込んでくる。
地面が泥濘みに変わる。
蹄を滑らせながら、構わず突進してきた。
「——っ!?」
パックは捜査員を突き飛ばした。
——猪型魔族の牙が迫る。




