第106話|ココ編【私を全力で甘やかしてくる貴族様を頼ったら、お菓子ビュッフェで迎えられた】
———王都、デズモンド邸
デズモンドは浮かれていた。
今日は“勇者ココ”が来る日。
「……む、トール殿の肖像画が曲がっている」
秘書はメガネを掛け直す。
「……そうですか?」
デズモンドが肖像画を微妙に直した。
そして、少し離れて見直す。
「……よし。いつ見ても、素晴らしい」
秘書はもう一度メガネを掛け直して見たが、どこが直ったのか分からなかった。
秘書はデズモンドに向き直る。
「……侯爵、そろそろお時間です」
デズモンドは仁王立ちで窓の外を見た。
「……ココ嬢、今、迎えに行く」
秘書はもう、放っておいた。
そうしているうちに、ココを乗せた馬車が到着した。
デズモンドは勢いよく玄関の扉を開いた。
「——ココ嬢!」
御者がまだ馬車の扉を開ける前だった。
それでも、デズモンドは挫けなかった。
仕切り直し、御者が馬車の扉を開けるのを待った。
馬車の扉が開く。
デズモンドが両手を広げる。
「——ココ嬢!」
先に執事長が降りてきた。
執事長は整った動きで一礼した。
「本日は、貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
そして、ココが馬車を降りるのに合わせて、そっと手を差し出した。
「……うむ」
デズモンドは広げた手をゆっくりと下ろした。
馬車を降りたココが、貴族の挨拶をする。
すると、デズモンドの空気が一変した。
デズモンドも貴族の挨拶で返す。
先ほどまでの姿からは想像もつかないほどの優雅さだった。
穏やかな笑顔を浮かべていた使用人たちも、デズモンドの動きに呼応した。
デズモンドの屋敷全体が凛とした佇まいに変貌した。
ココはその変化を感じ取り、“やっぱりデズモンドを頼って正解”と思った。
優雅に歩を進め、視線を伏せた。
「……ご機嫌麗しゅうございます」
短く挨拶をして、デズモンドを見上げた。
「……相談に来たの……デズモンドしか頼れないの……」
「——!?」
デズモンドは今にも“高い高い”しそうになるのをこらえた。
そして、整った動きで、ココをエスコートした。
応接室の前で、使用人が扉を開けて待っていた。
中に通されたココは、気持ちが弾んだ。
「わぁぁ……」
胸の前で手を組んで、素直に喜んだ。
いくつものケーキスタンドが並び、色とりどりの菓子がビュッフェスタイルで用意されていた。
ココは、ずらりと並んだ菓子に小走りで近づいた。
覗き込んで、ため息を漏らしていた。
デズモンドは、ココの様子を見て、口髭を指でなぞった。
「好きなだけ選ぶといい」
「相談は、食べながらでもできるからな。ハハハ」
「今日は、紅茶と苺生乳、どっちにするんだ?」
ココは振り向いて、少し考える。
「……んー、どっちも?」
「ハハハ、準備させよう」
使用人はデズモンドを見て頷き、静かに扉を閉めた。
扉がノックされ、使用人が紅茶と苺生乳を運んできた。
使用人が紅茶の準備を始めると、品のいい香りが部屋中に広がった。
デズモンドが使用人に言う。
「……二杯目からは私がやろう。下がってよいぞ」
不用意に入ってこないよう、密談をする合図だった。
使用人は軽く頭を下げ、静かに部屋を出ていった。
デズモンドも一緒に菓子を選んだ。
酒は飲まず、甘いものを好むデズモンドは、菓子の選別に狂いはなかった。
二人は笑顔で菓子を頬張り、紅茶で菓子の余韻を溶かした。
「……」
デズモンドは紅茶で一息つくと、手を止めた。
「……今日は、急にどうしたんだ?」
ココの顔から笑顔がゆっくりと消えていく。
「……うん」
一度目を伏せ、デズモンドを見た。
「……あのね……魔族が村を襲う理由なんだけど……」
「……少しつかめたの……」
「——っ!?」
滅多に動揺を見せないデズモンドだったが、ココの話に驚きを隠せなかった。




