12話 師弟
「カヤマも来たのか」
「あぁ、やっぱり自分が触れる器具をどんな奴が手配してるのか知りたくてな」
自分の仕事のすべてに責任を持ってる。ただの職人一徹だけじゃない。これが伝説、か。
シルベルトカンパニー本社。商会というより城だ。とにかくでかい。
白い石造りの外壁は空に突き刺さるように高く伸び、正面だけで俺の店が何十軒入るかわからない。
その最上階にある社長室へ4人で向かう。
昨日は軽く打ち合わせした後に、一人で鉱山に潜っていた。
圧縮の後の吸収は、予想通り上手くいった。魔素保有時間を伸ばす検証は成功していた。
明日のことが頭から離れなくて、昨日はずっと死んだ魚のような顔をしていたのは誰にも言えない。
おかげで最終的な保有時間を確認するのを忘れてしまった。くそぉ。
扉の前に立つ。
一度……いや、二度、三度と深呼吸をする。
珍しくルビィ、そしてミントも緊張の面持ちだ。無理もない。
腹をくくるんだ、行くぞ!
扉を開ける。———次の瞬間。
「モルちゃ~~~~~ん!!」
何かが俺の腹に突っ込んだ。
「会いたかった!!ずっと会いたかった!!来てくれてありがとう~~!!」
飛び込んだ張本人の声が室内に響く。
……この小さくて可愛らしい女性が、シルベルトカンパニーのボス―――シルヴィア・シルベルトだ。
俺の師匠でもある。
初対面の人間に言っても、まず信じてもらえない。
……にしても、いつまで頭ぐりぐりやってるんですか!
みんなが見てる。恥ずかしい!
「師匠、離れてください」
「嫌」
「みんなが見てます」
「だから?」
「話ができません」
「何の話?」
「……今日はリアンナの件で来ました」
「モルちゃんが、私のものになるって話だよね?」
「違います!」
「違くないよ?」
「違うよ!?」
「違くないよ!?」
だめだ、全然会話にならない!普段仕事できるのに、こうなるのなんで??
「これが、お前さんの師匠か……」
「ちがっ!違うんです!普段はちゃんとしてるんですこの人!」
無言で見つめるカヤマ。もう、何も言うな。
「シル姐さん、せんぱいがリアンナの件の進捗を聞きたいそうっす!」
「……あぁ、リアンナ」
そう小さく言い、渋々俺から離れる。一瞬で目つき、声が変わった。仕事モードだ。
「みなさん、席にお座りください。あ、モルちゃんは私の隣ね」
―—————————
「ミントさんから伺った通り、リアンナの母体の生成はうちで手配します」
「そのリアンナに組み込む魔鉱石は、カヤマさんが製造をしてくれるということで間違いないでしょうか?」
「あぁ、どれくらいの母体なのか良かったら工場を見学させてほしい」
「承知いたしました。予め軽く説明しますと、今回は国を覆う広範囲規模の魔素循環を予定しています」
「本来のリアンナの形では、魔素を取り入れる入り口と魔素の浸食を食い止める魔鉱石の質によって精度が変わりますが、どの魔鉱石を扱っても永久に機能する物質などというものは存在し得ません」
「ですので今回の発案は、魔素を取り込みクリーンな浄化を果たす一方で、新たな魔素として魔鉱石の再生を行える半永久機関、完全自立型の魔鉱石が必要不可欠です」
「具体的には、天然魔鉱石の結晶……不純物の少ないものではなく、魔素密度が高すぎないものが理想です。あまり高すぎると循環中に内部負荷が増え、破損します」
一瞬、部屋が静まり返る。
「……つまり、自分で回復できる魔鉱石を作るってことだ」
「はい、その代物を作成できるのは、カヤマさんに他なりません」
「……面白れぇじゃねぇか」
目の色を変えて、盛り上がる二人。
辛うじて話についていく俺と、ジュースを飲んで誤魔化すルビィ&ミント。
お前らがこんな案件持ってこれたのは何でなのか、本当に知りたい。
「さて」
師匠が一言置く。
嫌な予感しかしない。
「ある程度の概要は今お伝えした通りです」
とても嫌な予感がする。
「この件を引き合わせていただいたことに、まずは感謝を。皆様、ありがとうございます」
「私シルヴィア・シルベルトは今回の報酬として、モルガ・セラントとの結婚を正式に承諾いたします」
は?
え?
なんて?
ミントを見る。目を合わせない。
ルビィ!ジュースを飲むな、それはもう空だ!
カヤマさん……だめだ、職人魂が疼いたのか、目もくれない。
「…………」
だめだ、いつもより頭が追い付かない。
「モルちゃん、これからはずっと一緒だよ」
太陽にも負けない飛び切りの笑顔。いつもよりも狂気を感じる。
「モルちゃんがあの日飛び出してから、私はずっと心配だった」
……ん?
「戦争にも行っちゃうし、帰ってきてからもすごく怖かった」
…………。
戦争……。その言葉だけで少し心が重くなる。
「心の傷は簡単に癒えないよね。傍で見守るって決めてたんだけど、元気になってるモルちゃんを見て思ったの」
一瞬、今までとは違う笑顔が垣間見えた。
師匠は昔からそうだ。俺の気づかないところまで、勝手に見てる。
「この人の笑顔を守りたいって。だから私が守っていくの。もう、モルちゃんに悲しい思いは絶対させない」
さっきまで騒がしかったはずの部屋が嘘みたいに静まり返ってる。
ルビィも、ミントも、カヤマも珍しく口を挟まなかった。
相変わらず、熱量の向け方が尋常ではないぞ、師匠。
けど、師匠の言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと熱くなる。
―——そりゃ、心配もするか。そう、だよなぁ。
戦争から帰ってきて、何も言わずに、師匠は隣にいてくれた。
きっと俺が気づいていないだけで、俺が思っている以上に、ずっと心配をかけていたんだと今なら思える。
こんなにも自分を見てくれて、こんなにも大切に思ってくれて。
俺は、幸せ者だ。
ただ、今の俺はこの気持ちに対してどう応えたらいいのかわからない。
感謝なのか、安心なのか、愛情なのか。
弟子としてなのか、一人の男としてなのか。
でも今の師匠を見て、師匠の言葉を聞いて、曖昧なまま頷くのは違う。
師匠の気持ちが本気だからこそ、今の俺の半端な覚悟で受け止めちゃいけない気がした。
「師匠、心配してくれてありがとうございます。師匠が俺を思ってくれているのはよく伝わりました」
「これからは師匠じゃなくて、俺の妻って呼んでいいからね」
「今のは置いといて、俺は、……本当に今の俺は、師匠のおかげで何とかやってこれたと思います。まだまだ手のかかる弟子で心配だと思いますが、大丈夫です」
「……モルちゃん」
「商売でみんなを笑顔にしていく、そのためにはまずは自分からって師匠が言ってたのずっと覚えてます。まだまだ半人前で笑顔じゃない日もあるかもしれませんが、師匠の名に恥じないように精進し続けていきたいですよ、俺」
「…………」
「それに、今はあの頃と違って、まぁ……仲間みたいな奴らもいるので大丈夫です!」
うぅ、言ってて恥ずかしいな。
「だけど、まだ俺は一人じゃ何にもできません。今の俺じゃあ、師匠みたいな尊敬する人の隣に胸を張って立てませんから」
「なので、今回の結婚は不肖モルガ・セラント謹んでお断りさせていただきます!」
「———————」
あれ。
言い方間違った?
下を向き、師匠が黙り込む。
「うわあああああああああん!!!!!!!」
途端に大きな声で泣き叫ぶ。すごい声!
「モルちゃんが自立しちゃったーーー!うれじいいい、かなじいいいい。いやだうれしいいいうわああああんっ!!」
嬉しいの悲しいの、どっちなんだい!
大粒の涙を流す師匠を、俺が介抱する。
小さな体が、さらに小さく見えた気がした。
ふと、今までのことを思い出す。
いつも師匠が見守って、俺を助けてくれていた。
どんな時でも気丈に、笑顔で、真摯に向き合ってくれていた。
今度は弟子が支えてやらないとな。
今日は泣き止むまで、俺がついていますよ。師匠。
【和冬のどうでもいい人生知識】
師弟関係って、教える側と教わる側の関係だけじゃない気がしています。
技術や知識だけなら、本や言葉でも伝えられるものです。
でも、生き方や考え方は、一緒に歩んだ時間の中で少しずつ受け継がれていくものなんじゃないかな、って。
気づけば支えられる側だった人が、今度は支える側になっていたりします。
そういう繋がり、素敵だなと感じています。
この師弟関係に見合う表現ができるよう邁進していきたいと思います。
なので今後も御指導ご鞭撻のほど、皆様どうぞよろしくお願い致します。




